20世紀のタケムラ迷作撰

ドラえもんへの雑考(1993)

ドラえもんの最終話については、一時“のび太は植物人間で、ドラえもんはその夢の中での人物であった説”が流布され、巷間を騒がせた事があった。私はこの噂を聞き、本当に泣きそうになったものだが、実際には第6巻の「さようなら、ドラ […]

藝術ウンコ論(1998)

2008.6追記 10年前に大阪の友人とメールで対談した記録です。 この時代はまだネットなんてそれほど充実はしていなくて、 こーゆーのを友人と書いてはデザインして印刷して、あちこちのお店を回って配っていたわけです。 お金 […]

桜の頃(1999)

あれから11年。彼らがのった列車が上海で事故に遭ってからもう11年だ。 自分はあの列車にのっていたわけではないし、知っている人も失礼な言い方だがそんなにたくさん亡くなったわけではない。でも、未だに3月24日が近づくと突然 […]

京都って、なんだろう(2000)

text/フジガキアツ・タケムラナオヤメール対談 アツ:ああとうとうこの時がやって来てしまいました。満を持してのこのテーマですねえ竹村さん。いや今回ばかりはあの頃に戻って「リーダー」と呼ばせていただきたい。ねえリーダー、 […]

上海列車事故の記憶(1994)

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 その一週間前、私は高知学芸中を卒業した。その卒業式で、校長の佐野先生は学芸創立30周年の記念として、今高校の修学旅行団が中国に行っておりますと話をしていた。

病室の祖母には会えない理由(1999)

「長生きするばあやったら早う死にたい」 杖なんて使いたくない、そこらのおばあちゃんみたいに腰を曲げてまで生きたくない、白髪なんて絶対見せたくない。とにかく恰好をつける祖母だった。足腰は確かに弱っていたが、それでもどうみて […]

未だ見ぬ収穫の日、適切な距離、虫の克服(1999)

園芸は愛に始まり愛に終わる。しかし、その愛が足りないのか、愛の注ぎ方が中途半端なのか。なんぼ収穫の時期や開花の時期がこようとダメなものはダメなのだ。 今を遡ること一年前の春、とある友人に請われてアトリエの庭掃除と庭づくり […]

ニワカの世界(2001)

フリーペーパーというのは病なのだ。勝手に出して、勝手に置いて、勝手に誰かが読んでいる。だから、一度それに手を染めた者は、多くが何度も何度も手を変え品を変えて出し続ける(このペーパーだって私が係わったものとしては5つめだ) […]