東京小旅2010-2011+関西

2010年から2011年にかけては、やったら東京へ行くばかりで、

あんまり旅らしい旅はしなかったのだった。

まあわかったのが、

商売人でもない限り、東京は年に1-2回行けば充分なのだということなのであった

(3回目は本当に行きたい所も用事もなくて、それが幸いして東北へ行けた)。

小旅総覧09-10の続きです

 


2010.11.4-6 オールライト工房3兄妹ご案内による東京活版巡り

初日は昼便で東京入り。渋谷の宿入りしてすぐに嫁は世田谷美術館などへ行き、おいらは三鷹の山田文具店などを訪問。夜は表参道で土佐和紙プロダクツの設置で相談中のお店など訪問。夜は妹真奈の放送作家で婚約者の四駆郎さんと初会食。
翌日は8月のイチハラヒロコ展で初めてお会いしたオールライト工房の高田3兄妹のご案内で、東京の活版関連のスポットを一日中ご案内いただいた。
江戸川橋の佐々木活字店では古い鋳造機からテープを読み込んで一気に文字を鋳造する大きな機械などを見学。それからどんどん地下鉄と徒歩を継ぎながら、親子で活版印刷機を回している清澄白河の東海印刷、銀座の中村活字、千駄木のPAPIER LABO、そして最後に鵜の木のオールライト工房を見学。かなり足の痛い一日だったけど、東京でもその灯がいつまで続くか分からない活版印刷を、どうやって次へつないでいくかを考えさせられる一日なのだった。
3日目は銀座のアンテナショップへ。地下一階の土佐和紙商品はいまひとつでため息。1階も四万十ドラマと馬路の物がやたらと目立つ格好で、それがかえって隣の沖縄と比べた時になんとなく高知県全体の商品力の弱さが引き立つ感じがして、これもまたため息。まあ始まったばかりで商品の数も少なかったりするのでなんともいえないけど、こういうお店って開店直後のイメージが結構重要な気もするだけに気がかりなのだった。
ちなみにアンテナショップにはウチもその後置いて貰うことになるが、売上げは芳しくはない。なかなかやっぱり物を売るというのは難しいのだ、ということを思い知らされることになる。理想と現実・・・

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石巻、福島。

 

石巻は、少し市街地に入っただけで目を背けたくなる状況だった。
だいぶ片付けも進んだと聞いて行ったのだが、実際に石巻駅前付近から川沿いにかけて裏通りはほぼ被災直後のままのような風景で、表通りの店もほぼ全てが「深刻な」という言葉では言い表せないような被害を受けていた。また、少し低い場所にある路地は今も乾いた泥に覆われている状況で、信号も動いていない様子だった。この先はもうとても行けない。まともに降りることもできず、すぐに仙台へ引き返した。この道の先には街が消えた三陸がある。

仙台小旅


実感しないとわからない。
スマトラの映像ではいまいち映像を「日本へ置き換え」することができなかった(スマトラの低い堤防だから津波を防御できないんだ的な見立てをまず脳内でしてしまっている)。ここ数年時々やってきていた津波も川を遡上したり港沿いの街が静かに海にのまれるという程度の映像観であり、過去の須崎湾を遡上する津波映像や宝永町あたりの壊滅的な被害写真などを見ていても、やっぱり「戦後まもなくのことでしょ」的な、「現代日本での置き換え不能」な映像観で見てしまってきていた。
それが今回、これから来るであろう災害に対する想像力を「広げすぎる」ほど、膨大な映像量が流れてきた。そこへさらに原発という目に見えない災害が続き、もう自分たちの街にどの事象も置き換え可能な映像観がすっかりできあがってしまった(それはそれで過剰な防災対策も出てきそう)。
仙台を実際に訪れてみると、やっぱりテレビやネットで見ている印象とは全然違っていた。仙台の町はもう普段の日々を取り戻しているように見えた。だけど、松島に向かうために仙台東道路に入った途端、すぐ右手の車窓一面に荒野が広がった。左手は仙台の町並みが広がり、右手は荒野。あらゆるところが砂や泥に覆われ、車と瓦礫と砂防林の大木があちこちに流れ着いている。海岸沿いにあった集落も流されて、海岸まで見通せてしまう。瓦礫や車は撤去できても、この泥を除去して街や田んぼとして復活させられるのだろうかと思ってしまう。その後訪れた街でも然り。
遠く高知から働きながら支援できることなんて、やはりあまりにもなさすぎると感じるし、実際に家を失ったり仕事を失ったり家族を失ったりというのもテレビだけではイメージできなかったけど、実際にその風景を見てしまうと、どこから立て直していくべきなのかさっぱり見当もつかないし、また何かをしてあげられる術もないように感じてしまう。
実際に自分たちにその日がやってくるとして、支援される側になった時に必要なことってなんなんだろうか。少なくとも現段階では知人でも中嶋さんらの取り組んでいる薪風呂の支援や栗田さんのお茶の発送、畠中さんらのお米の発送などがあるが、そういう生活の根っこに近い部分の支援というのが一番うれしいような気がする。
しかしその先はどうしたらいいのだろう。本格的な生活再建、仕事再建はお金をかければ治るというものじゃない。またこればかりは他所の地域がどうしたところでなんとかなるものでもない。むしろ他所の地域や国外への産業移転が進んだり、想定以上の人口移転で計画がうまく進まない可能性がある。
いずれ高知の沿岸集落でもこうした風景が広がる日が来る。その時、高知の主力産業である農業や漁業の拠点はどうなるんだろう。高知県の主要政策である地産外商の根幹にも関わる大問題だ。そう思うと、ある意味で、一体何のための仕事をするんだろうとも思うし、また同時にだから仕事をするのだとも思うし、よくわからなくなる部分もある。
だけど、、、仙台の牛タンは本当に想像を絶する美味しさだった。松島の煎餅もうまい。津波で壊れた店の隣で、なんとか再開した店もあるのだ。

瀬戸内芸術祭

昨日はいつもお世話になってるK印刷さんとタケムラ家で瀬戸内芸術祭へ。

正直そんなに期待していたわけではない(北川フラムが嫌いなもので)けど、
下馬評で良いと聞いていた女木島よりも男木島がかなり面白かった。
女木島は、よくも悪くもお芸術な感じで、なんか疲れた。
いちばん面白かったのは鬼が島の洞窟。
キッチュな鬼像が洞窟内のあちこちにいて、
むしろこっちのほーがあーとなんじゃねーかとすら。
小学校は建物のつくりは面白かったけど、作品がなんか疲れる。
少し考えさせられるというか。
きっと美術館をゆっくり何時間も見ることができる人にはお勧め。
おいらはルーブルですら1時間で出てしまうよーな人間なので、
ちょっと無理でした。
んで、男木島。こちらは島の構造からして、うれしいかんじ。
だいぶ前に行った沖の島と似た感じの島で、
船からすぐ前の急斜面に小さな集落が張り付く。
で、その集落内の家や路地にたくさんの作品がならぶ。
なかでも44の大岩オスカール、47の音の風景、52のうちわの骨の家
54の雨の路地、55の海と空と石垣の街は印象的だった。
たぶん女木島の作品群は、周辺環境と無関係な作品がどっちかとゆーと多くて、
男木島は環境に寄り添うような作品が多かったってのもあるんだと思うけど、
島のランドスケープや、路地を曲がる度に飛び込んでくる海の眺めとか
そういうのもまた男木島が良かったなーと思わせる大きな理由のような気がする。
直島はどーにも大混雑らしいけど、
いいと今日Twitterで聞いたのは、豊島。
2002年頃に産廃処理の視察みたいなので行ったことがあるけど、
もしいけたらいってみたいと思うのであった。

小旅総覧09-10

旅好き。だけど最近は記録に滅法残さなくなってしまってることを悔やみ中。

なのでこの2年の間、どこへ行ったか備忘録。

今年はなぜか東京と京都がやたらと多い。

 

 

2010.7.23-25 松山~広島
松山でyummydanceの撮影、三津で美味しい丼を食べてからフェリーで広島へ移動し、夜は旧沢マンメンバーで広島飲み。翌日はあちょーの結婚式に出て、夜は小料亭。最終日は宮島へ。帰路、大豊~南国通行止で土佐町経由で帰宅

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パリ小旅[4日目]びくびく

一年遅れで旅日記を再開。やっぱドイツまで旅日記もたどり着きたい。いつになるかわからんけど。

さて旅も3日目。この3日で、ずいぶん荷物をためこんだ。なので朝一番で郵便局に出向き、日本へ荷物を諸々発送。無事届くのかよくわからんけど、届いてもらわないとヒジョーに困る。7kgの制限を超えないように、目の前で荷物を出し入れしたりしながら調整。嫁は郵便グッズを購入するべく窓口と奮闘。要は「なんでそんなもんがいるんだ?わからん」ということらしい。

さて、1日目は朝から晩まで自転車と徒歩で16キロ、2日目は朝から晩まで10キロを踏破。この夏ぐらいから急に体重増加の傾向にあるせいか、なんかだるい。それでも家訓は「旅はボロボロ」。行くしかない。というわけで今日もチャリを借りようと(パスポートは諦めて)再びBIKE TOURSへ向かうも、誰もいない。たぶん日中はツアーに出ているのでスタッフを置いていないんだろうと思うけど、残念。

まあしかたがないので、結局ホテルから歩いて1分のForum des Hallsにチャリ屋があることをいまさらながら旅本で発見し、同じ道を再び戻る・・・も、こちらも「冬期休業」の看板が。冬期ってまだ10月なんすけど。

もうこれはチャリを期待しても時間の無駄だってことで、メトロに乗り込んでモンマルトル方面へ向かう。メトロ乗車もかれこれ3日目、なんだ聞いていたより安心やんとか思いつつ、4号線からBarbes Rochecouartで乗り換え2号線へ。

が、どーもこの2号線はそれまで乗っていたラインとは雰囲気が違う。なんか、ちょっとだけ天王寺あたりのちょっとだけ不穏な空気感。これまでどこの路線でもいたアジア人の姿は消え、全体的に大きな黒人さん主体で、慣れない風景だけにちょっと怖い。しかも山手線並みにギューギューで身動きも取りづらいときてる。別に誰か周囲で悪企みをしてるようにも思わないけど、ちょっとこれまでと雰囲気が違いすぎて明らかに怖い。乗車していたのはたかだか3駅だけど、パリに来て以来ずっと前掛けにしてたカバンから手が離せない感じだった。

後から調べてみると、パリはこれまで訪ねて来た南~西よりも、北~東の方が治安が悪いらしく、所得格差もすごいらしい。確かに空港からLes Hallsに向かう間も北駅やその界隈を通過してきたんだけど、なんかちょっとだけ荒れた感じはしていた(ちなみに今晩から最後の2日は北駅周辺に泊まる)。なので、そのあたりを走るメトロはどれもちょっとアブないのだとか。

で、Blancheで降りたらそこはモンマルトルの麓だ。ちょっと上がるとアメリの舞台になったカフェがあるも超満員で、その他小さい道になんか結構鈴なりの人だかりが続く感じで、なんかだるい。鎌倉か清水坂あたりをウロウロしているとだるいのと同じで、下町的な店も多いけどそれ以上に土産モン屋が目立つ感じで、想像していたよりもあまり面白くない感じだ。なので、初めてまともに見たアールヌーボーなメトロの出入り口にもそれほど盛り上がらず、なんか今ひとつの気分のままサクレクール寺院のたもとのケーブルカーへ乗車。

ちなみにこのケーブルカーもメトロの回数券カルネを使うことができて便利だった。まあたった1-2分のために回数券一枚(1ユーロちょっと)ってのも勿体ないんだけど、いちいち小銭を用意したりするような手間が省けるのは動きやすいし使いやすい。高知とかでも参考になりそうな話だ。

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広島な夏。

もう一ヶ月くらい前になるけど、ほぼ10年ぶりに広島へ行った。
数年前まで同じ沢マンの屋根の下、暮らしていた友人元112号の結婚式。
高知からは大家さん一家のほか、タケムラ家(18号、17号)ほかsumica家(11号)、ukiki家などが参加。広島なのにちょっと高知くさい、結婚式なのだった。
112号は、7年くらいまえに沢マンにふらりとやってきた。

女子なのにめっぽう空手が強くて、当時沢マン住人が呼んだ肩書きは「あちょー」。
その後実際に広島から沢マンに移住してきて、ドMなおいらほか数人がよく「てごうて」は本気のケツキックをお見舞いされたりしていた。
だけどやさしい。
当時のログを見ると空手家なのにほんわか系で面白い、的な記述。いまもむかしも強くて弱くて、弱くて強い、なんかそんなフシギな人物なのだ。
当時の沢マン住人みんなの相談相手でもあり、その逆もまたしかり。沢マンを離れてからは特に定期連絡をしているわけではないけれど、それでもなんかいまもむかしも特別な人物のひとりなのだ。
とゆーわけで、おめでたう。
結婚式は昼すぎに終わったので、夕方から街に出直し。
もちろん広島焼。
さすがB級グルメの王様。うますぎ。
晩飯は笹木というお店へ。
広島の地酒をやりつつ小料理をいただく。
店員さんの心遣いがものすごく行き届いていて、
笑顔にいやされた。
また行きたいと思う店をみつけた、という感じ。

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パリ小旅[3日目]チュンチュン


今日は美術館めぐり。が、いちおーART NPOの理事を務めながら、実は正直それほどパリの美術館巡りにゃ興味が無かったりする。

たとえば誰かと一緒に美術館に行ったりすると、おいらはとにかくパーッと見てしまう。一点一点の前で立ち止まるだなんて、よほど好きな作家でないかぎりほとんどない。ましてやルーブルやオルセーなんていう規模になってしまうと、それはもう地獄とでもいうべきものだとすら思っていた。なにより、本屋でお腹が緩むように、美術館を歩いていると足のどっかの小骨がパキパキと鳴りだす。それが気になって仕方が無い。

まーでも「パリ行きました」「ほんとー!ルーブルは行った?」だなんてもし聞かれて「行ってません」だなんて言うと、まず誰もが顔をしかめるだろうから行っておく、というわけで。

・・・が、まーやっぱり行って良かった。だいたいヨーダイがタケムラは多いので、注意が必要なのだ。



 さて、ホテルで出発時に2日間有効のミュージアムパスをゲット。これがあればまー大抵のミュージアムは入り放題なのだ。あー、また自転車じゃないけど、なんでこの程度のことが高知でできんかなあ。文化財団系列だけででも、こういうわかりやすいことやったらえいのにとイラつく。一応四国のミュージアム88カードラリーみたいのもやってるけど、名前を聞いただけで既にちょっとわかりにくい。ホームページもこれまたわかりにくいし。

そう、こういうのはただ単に「ミュージアムパス」でいいのだ。システム系は簡単明解であることが何より重要ですよ。分かりにくい構造を表に出しちゃ絶対誰も使わない。まあこれまた高知はそういう意味で「分かりにくい」ことが多いわけですけど。

で、奥様の足の調子が悪いので、chatlet駅からメトロでLouvre Ruvoli駅へ。ちなみにこのLouvre駅、内装がなんか他の駅とは明らかに異なる美術館調だ。もちろん全部レプリカにしても、こういうのはなんか気分が盛り上がることは盛り上がるねえ。結構破損してたりするのはおいといて。 

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パリ小旅[2日目]チャリチャリ


まだ夜明け前の6時過ぎ、目が覚める。日が出るのは8時前だから、まだまだ暗い。しかし朝は朝。向かいのアパルトマンではおばさんがボーッと外を見ながらタバコを一服していたり、なんかよくわからん店が早くもシャッターを開けていたり。

というわけで、9時前には宿を出発。今日はレンタサイクルを借りて一日じゅうパリを走り回って土地勘を得る。メトロやバスでいきなり右も左も分からずに動くよりも、体で覚えた方がよっぽど早い。ましてや、パリ滞在はわずかに4日。ふだんの旅よりもさらに効率的に、さらに幅広く、さらにねっとりと動き回りたい。

世界に冠たる観光都市でもあるパリでは、2007年から市がレンタサイクルVélibを運営している。市内1500カ所以上にサイクルポートを設置し、2万台以上のチャリンコを24時間いつでも借りることができる恐るべしサービスだ。しかもこのVelibのスタートにあわせて自転車専用レーンの整備やセーヌ河岸道路の日曜日開放など、交通政策全体も改めているから、なかなかスピード感がある。

日本でこういうことをしようと思ったら、多分国交省に県警、県庁、市役所がそれぞれいろんなことを言いだして、絶対に前に進まない。いちど高知でベロタクシーができないかどうか思って問い合わせてみたときも、条例が云々とか、県警が許さない可能性高しとかで、3分で面倒になって諦めた。ましてや高知だと「公共交通政策」が皆無なので、やろうと思ったら100年はかかるだろう。利便性の最低条件でもあるバス路線のナンバリング程度でもできないわけですからねえ。

でも、帯屋街の東と西にこういうサイクルポートがあったら、結構便利だろうねえ。観光客にとってももちろんだけど、車やバス、電車とかで街まで出て、東から西へ買い物に歩く。またそのまま帰って来るのは面倒だから、チャリで戻ると。そのチャリは鏡川大橋の下に置いてるチャリとかを使って、サイクルポートの管理は高知女子大のエスコーターズに委託。それで片方のポートが空になったら移してもらうとかしたら、それはそれで面白い。

まあパリでやってるからといってVelibを日本でやる必要はないわけだけど、単純にこういう政策は分かりやすいので感心する。

高知でもエスコーターズVelibみたいなことをうまく電車やバス繋げば、その利用率アップにもつながるんではないか???(パークアンドライドは車⇆電車だけじゃない)。
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