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MEGA QUAKEがきたらば。

しばらく書いていなくて、久しぶりに文章を書き出すととまらない。書きたい欲が堰を切る。で、また欲が空っぽになったらしばらく書かなくなる。毎日ブログを書き続ける人々のその文章欲たるや、なんとすごいことかと思う。日々ネタを探していなければ書けなくなるのではないか、書かないと寝付けなくなるのではないか、はたまた書くために日々を生きなければならなくなるのではないかと少々余計な詮索をしてしまう。

今から5-6年前は、毎日のように書いていた。まだその頃は安穏とした会社員だったし、何を書いても別に良いような感じがしていた。ブラックな話ややや攻撃的な話でも、書きたいから書くというような姿勢で書いていた。守られてるのってすごいと。

だけど、自営業を始めるとそうもいかなくなった。なんとなく、書きづらい。かつてと違い、文章や写真、思ったことといったネタは、仕事と完全に表裏一体のモノになってしまったし、あまりこっちでそういうのを出し過ぎると仕事でやることがなくなってしまう、そんな問題が発生してしまった。また、日々思うことでオイオイと思うことは数あれど、それに関わる人を知っていたりすると当然書きにくい。大人はそんなこと書いたりしないもんだと言われることもあるけれど、そういう議論や討論がなくてなんでもかんでも伸介みたいに「ステキやん」で収めるからいろんなことがフニャポコンなんだとイライラしたりもする。

まあなんにせよ、婉曲して書くのもなんかつまらんし、文章を書いて余計なストレスを抱えるのなんてゴメンこうむりたい。ましてや、オイオイと思う先が取引先とかだったりすると当然さらに面倒。だからそういう文章はすっかり書けなくなってしまった。裏ログでもやりゃいいんだけど、文体で多分ばれるだろうし結局やることもできない。facebookあたりをそんな使い方にしようかなと思ったこともあったけど、それ以上に友達申請が多いのでそれも無理になっちまった。

さらに、たまに人からたまに書かれてますよね、たまに読んでますよ的な振りをされると、やっぱ人として悪い気はしないのでまた書こうと思うのだけど、そういう理由ではまた文章欲が高まっているわけではないので(単にその人にいい顔をしたいだけだ、しかもその人がまたすぐここに来るかといえばそうでもないし)、結局書きかけの文章だけが溜まっていくことになる。

だから、人のブログもすっかり見なくなった。なんか、自由に書けてる人が羨ましく思ってしまいそうで、また下手をすればオイオイとか思い出しちゃったりもしそうで、ほとんど読んでない。つくづく面倒な人間性だなんて思いつつ、我慢するためにBLOGOSあたりを読みに行くと、こっちはこっちで平気で誤字脱字だらけの文章があちこちに。1個2個の誤字脱字ならともかく、推敲してないからなのかいいまつがいのオンパレード。日本語って確実に崩れだしてるよななんてこっちでも思い出したら、これはこれで一エントリー書けそうだなんてことを思い出す。

で、自由に最近やってんなと思うのが(一部の)地震学者。関東直下M7クラスが4年以内に70%とか、東海〜南海〜日向灘大連動M9.0-9.2とか、三陸沖アウターライズ地震とか北海道沖〜青森沖M9が近いとか房総がやばいとか富士山がやばいとか、それはもう雨後の竹の子のごとくで、阪神大震災以来素人なりに地震のことを勉強してきた中で「聞いたことのなかった話」が次から次へと出てきている。

しかしなんというか、1年前まで「日本ではM9はない」としていたはずなのに、一回「想定外」で起きた途端に「日本全国太平洋岸ならどこでもM9がきますよ、しかもどこも逼迫度高いですよ」に変わるのは、なんというか、ちょっと信用ができなくなってしまう。こないだの東大地震研究所の関東直下M7-4年以内70%説も、その元PDFを見に行くと去年9月までの余震レベルが今後も続いた場合の話で、それから以後の4ヶ月間の余震の逓減は反映されていない。なんで今発表したのかなと素直に思ってしまうし、なんか田中宇的な見立てで裏があるんじゃないかと思ってしまう。だいたい「関東直下」でM7なら元々いつでもあり得る話で、それが曖昧な状態で発表に至るのもちょっとわかりにくい。なんにせよ、最近の「逼迫」学説はどれもこれも雑誌「ニュートン」みたいな話じゃねえかとついつい思ってしまうのだ。

なんかここまで「想定外」レベルの地震が「逼迫」してるよということになると、これはもうもしかしたらかつて「東海地震予知」じゃないと国の予算がつかなかったけど、今後は「連動」「M9」でないと予算がつかないようになったのではないか、なんていうことを思ってしまう。そして、そこには「想定外」が「標準」になることでもたらされる経済や社会の混乱ってものがあまり想定されていないようにも思える。

おそらく今年の春くらいに出るであろう超巨大型南海地震での津波想定は、高知県にとってかなり厳しいものになるんじゃないかと思う。津波は今の倍とか1.5倍とかになるだろうから、沿岸部はすべからく三陸の諸都市以上の被害を受ける想定になるだろうし、高知市も2mの沈降では済まない話になるだろうから、もしかすると紀貫之の時代のように浦戸湾が大きく市内にまで広がってしまうようなことになるかも知れない。

 

だいたい高知平野はもともと1000年たらずの歴史しかない。紀貫之がウダウダと言いながら土佐を後にした頃、浦戸湾は福井まで広がっていて愛宕山(中津)や小津のあたりは港だった。それからたった600年後の江戸時代にはほぼ今の浦戸湾の湾形ができているから、600年で浦戸湾7河川がこの平野を土砂で埋めたという話になる。たった600年で埋まるのか?というのもよくわからない(一方で少なくとも100年おきに高知平野あたりは1-2m沈降するはずなわけで)が、3m以上沈めばこんな感じに再び戻ってしまう可能性もなきにしもあらずだろう。そもそも、もしかするとこの地形もいずれかの南海地震で受けた爪痕のすがたかも知れない。

で、春に出る想定はこんな紀貫之時代ほどひどく無いかも知れないけれど、これまでの宝永安政級をベースにしていた想定よりは遙かにひどくなるだろう。これまではどちらかというと西部が大被害という感じだったのが、震源域が西に北へ南へと広がっていくことで安芸や奈半利などの東部諸都市の被害も大きく出るだろうし、土佐湾の扇のど真ん中の高知平野はちょうど仙台平野がそうだったようにこれまでの想定よりもずっと奥深くまで津波がやってくる羽目になる。震源域自体、四国全域という設定に変わるかも知れないから、高知平野や高岡、須崎あたりはこれまでの設定よりもさらに沈んでしまうだろうし、室戸や足摺はさらに上がって港が使い物にならなくなるという想定になるかも知れない。大阪や名古屋もしかり。

そうなったらどうなるか。「想定外」クラスを想定することは決して否定できるものではないけれど、それを基準にしはじめるともう日本の太平洋岸の都市部なんて使い物にならなくなるんじゃないか。事務所の物件探しをしていた時、高知市下知の物件が急激に値を下げていることがわかったけれど、高知なんて地震が来る前に亡所になるんじゃないか。

もう二度と想定外と言いたくない意地はあると思うし、実際大連動したと思しき証拠も次から次へと出てきているし、上の図のように高知がなる日のことも想定しないといけないのかも知れない。その時は、その日が来るまでの命と思って生きるしかないのかとも思ってしまう。でも、そんな切ない生き方は正直イヤだ。

最大級の想定は想定以上に社会を壊す可能性だってある。素直に考えれば、20-30年以内にこんなことに(確実に)なるのなら、高知や大阪、名古屋あたりではもう何もできない。投資なんてもってのほか、住むことなんて怖くてありえない。でも、その確率は○%と当然ながら曖昧だ。

というわけで、高知の未来がどうのこうのと考えるとき、一番目の前の、手前にある心配が、この新しく出されるであろう津波想定、というお話。高台に引っ越しした方がいいんかな。

 

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東西軸活性化プラン、まとめ時期に突入。

最近は図書館や歴史館の陰になり、あんまり目立たない東西軸活性化プランもいつのまにやらまとめ時期。おいらも東西軸のいろいろある委員会のうち、中心街活性化のプロジェクトチームに入っているんだけど、委員会での議論は毎回みごとに消化不良。おいらは病気や出張で2回連続で欠席中だけど、出席している方何人かにどーでしたー?って聞いても、おしなべて「うーん」というお答えばかり、という状況が続いているよーだ。



東西軸活性化プラン素案たたき台への意見

1.東西軸活性化プランたたき台について

それぞれの計画とも、なんとなくユルい感じがしています。どちらかというと観光客のために商店街を無理矢理観光地に仕立てようとしているというか、そんな感じがします。

観光客は、基本的には「知らない町」の「商店街」には用事がないと思います。夜の飲食の楽しみはもちろん期待されますが、昼の商店街にはそれほど用事がない。

日本の各地を旅行していても、商店街にいろいろ仕掛けがあるからといって訪ねることはごく稀です。いろいろやれば一時はくるでしょうが、観光客に逃げている限り商店街を構成する商店は極論すれば京都の新京極のようになるのではないでしょうか。

京都は高知県の何倍もの観光客が来ているから、新撰組グッズに溢れた新京極でも成立します。また、新京極の周辺にも(ここ10年で盛り上がり、あっという間に衰退した)三条通のレトロな町並みや錦市場、幕末の志士関係の碑など見所が多くあり、しかもその歴史的価値が高いものが多いから単なる碑でも「背景を聴く」だけで楽しいものがあります。ああ、ここで歴史が動いたのだと。

だけど、高知はそうではない。まちあるきもやりたいことは分かるんですが、冷静になって考えた時に東西軸の範囲内で世にいう「町歩き」の質/量があるのは高知城~山内神社付近だけなんじゃないかと。あとは、ギリギリで半平太切腹の地と、東洋暗殺地くらいなもんですが、これも未だに風情を残している京都の半平太寓居地跡や土佐藩邸跡/土佐稲荷などが残る京都に比べるとイマイチすぎる。

また、肝心の商店街の魅力という点で考えるとどうか。OBIBURA MAPで取材した店舗でも既に撤退店が出てきているのですが、飲食店や買い食い系の飲食店の割合が相当に減り、物販は全体的には高齢者系の服飾が多め(それはそれで素晴らしいです)。映画館やギャラリー、オープンカフェといった滞在型の店舗も少なく、大規模書店といった都市型の文化力、吸引力を感じる店舗もエリア内では少ない。B級グルメの話も出ていますが、現段階でB級グルメらしいものもエリア内ではほとんどない(夜のラーメン屋台ぐらい)。高知らしさを感じるエリアとしては大橋通があり、こんなところはヨソの地方都市の商店街にはないので非常な強みだと思いますが、それ以外のエリアは残念ながらここ数年で普通の感じになっているように思います。

要は、仮にも30万都市の中心商店街という割には、都市が持っていてほしい文化力ある商品構成の店が少なく、かといって愛宕などでみられるような「地元密着商店街」的な店も少ない(たとえば八百屋やパン屋さんがほとんどない)。

もちろん今あるお店もなかなかいい店があるのです。OBIBURA MAPの制作時も、へえ!こんな店が!という出会いはいろいろありました。まだまだ掘り出せばあるのは確実ですが、残念ながらMAPを例えば毎月出せるかというと、それをするには余りにも少ない。まあ毎月出す必要はないですけど。

つまり、観光客からしても、地元市民からしても、ちょっと「これだ!!!」っていえるような、みどころがいつの間にか街からずいぶんと少なくなってしまっていると思うのです。それだと、情報発信もしたところで意味がないですし、まちあるきしてもらったってつまらないもんです。

東西軸構想を読んでいてもなんか「フワフワ」した感じがするのは、構想全体に通じることとして、現在の東西軸エリアに関わる冷静な分析がないからなんじゃないかと思います。行政で揉んだとはいえ、委員会として分析したかというとその時間はとてもなかったし、毎回2時間の会では話すにもはなせない。また「強みを余すところなく活かす」というわりには、その強みの検証がいまいちよくわからない。

だから、なんとなく読んでいても「こんなんでいいのかなあ」と思ってしまうし、商店街の方たちもどっか冷めてこの計画をみている・・・そんな気がします。

商店街が真っ向勝負しなきゃいけない相手がなにかといえば、まあ普通に考えればイオンなどの超大規模SCやコンビニ、郊外型店舗だと思うのです。そして最近ではなんでも買えるネット。この10年で壊れた商店街の原因は単にその2つにあるわけで、それにギリギリの細い糸の上で対抗するのが東西軸構想であるわけです。

また、悪いことに龍馬伝バブル終了後の高知は観光客も2-3年以内に元通り+@程度になるのは確実だと思うなわけです。どんなに頑張ったって、地理的に高知県は難しい位置にあるので、観光客の実数を増やすのは根本的に難しい。高知を原点に考えたら、たとえば鳥取や石川、鹿児島あたりはめちゃ遠い。観光に行くことを検討しているうちに、それぞれ島根や京都、大分や福岡あたりになっていたりする。むろん取り込む努力はし続けなければいけないし悲観しているわけではないけど、商店街活性化の頼みの綱とするにはちょっと細すぎるような気がするのです。

私は、来た人の多くは基本的には高知を気に入ってくれると思っています。が、これは夜の高知の面白さと日曜市の面白さ、小さなお店や人の魅力の力がとても大きい。高知を気に入ってくれる客をしっかり離さず、さらに商店街にまで来てもらうようにするのなら、店の多様性やコダワリ店の豊富さ(夜の高知はこれが実現されてる)といった、商店街の本質部分こそ磨くべきだと思うのです。

そうだとすれば、それぞれのお店の価値を上げるよう誘導するための工夫や、飲食が減って業態が平板化している商店街一帯の雑多性をどのように復元するのか、そのことの方が先でしょう。

歴史館や図書館ができれば、人の流れが戻るという淡い期待はあります。彩り多様な東西軸構想の全事業が実現できれば、少しは人が戻ってくるのかも知れません。だから、委員会をやるよりも、やれることからさっさとやるのでもいいとは思います。

だけど、、、この東西軸の事業計画に、もう1ページ、商店街の「商い」をどう創るか、そこをもう少し入れないことには、結局10年後にはシャッターペインティングを学生にしてもらうのが「商店街活性化」なのである、なんていうことになってしまうのではないかとも思います。もうここまで商店街が沈滞してしまったのなら、ほんまなんでもいいから「商い」がうまれるチャンスをつくらないといけないと思うのです。

じゃあなにができんのか。とりあえず適当に思いつくだけでも、

1.固定資産税や相続等に関する免除や減免など時限特例の設定

2.改装店舗への超強力な融資制度

3.新規参入者や後継者への超強力な融資制度(時限)

4.エリア内での住宅開発や老健施設による買住接近型都市の構築(図書館とセット??)

5.アーケード内道路を私道化し、警察の指導不要の「自由に使えるアーケード」への転換(私道になったらそうなれるのかどうか、よくわからないのですが)

6.市役所等の一部部局の空きビル等への移転による人口移動

7.路面電車やバスの東西軸近辺の一部区間の無料化設定(ですか使用)

8.空き店舗を取り壊してフーッと休めるミニ公園の設置

9.商店街全体でのネットショッピング
10.駐車場の日曜限定の無料化実験(既存駐車場へ損金補填)
11.日曜市の空きコマの段階的な開放(業態は制限するが複数人での使用OKとし、春は魚、夏は加工品、秋は野菜など、旬ごとの店づくりができるようにする)
12.市役所・県庁職員の給与のほんの超一部でも商店街のチケット物納に転換
13.年間たったの10円の高知市の東西軸税の徴収(10円なら年間340万の財源。)
14.チャレンジショップ(ただし、前のよりもっと本気度高め)を再開
15.「ですか」と連携したOBIBURAクレジットカードの設定(ただし「ですか」はクレジットを始める資金がないのでその補填含む)、乗り物ポイントと買い物ポイントの組み合わせ

 

などなど、まーお金は必要だし法律との調整やら議会対策やら大変だけど、たぶんこんなかでもひとつやふたつはやれそうなことがあると思うのです。あとはずいぶん前にパブコメで描いたような内容。

 

 

2.基本的な考え方について(「まちぶら」というコンセプトにまつわる言葉について)

「まちぶら」という言葉には、なんというか、消費者として少し「イメージがわかない」感じがします。

まちの方や行政の方にとって「まち」とは商店街のことを指すのかもしれませんが、私のような北部エリアにずっと住んできた者からすれば「まち」は高知市そのもののことであり、まちぶらといわれても朝日新聞の連載を思い浮かべるくらい、商店街とは正直いって「つながらない」言葉です。

その点で、商店街をぶらぶらするということに焦点を定めるなら、また、この計画が「商店街の外から人を呼び込みたい」ものだとするならば、よっぽど銀ブラになぞらえた「帯ブラ」という言葉の方がしっくりきます。

おそらく、これだとはりまや橋や大橋通り、柳町といった商店街は除外されたような感じに受け取られるのでしょうが、これまた別に普通の東西軸以外に居住してきた普通の市民感覚としてはどっから帯屋街でどっから京町かなんていうことはほとんど意味がなくて、「街へ出かけること=帯屋町にでかける=帯ブラ」という感じです。

 

例えば、帯屋町1丁目と2丁目。この違いをしっかり分かっている人はそうそういないと思います。それに今日は帯屋町だけウロウロしようなんて決めてる人は当然いるはずもなく、行きたい店にいく、ただそれだけです。

「OBIBURA MAP」も、たとえば「MACHIBURA MAP」になったら、なんのこっちゃわかりません。きちんとメッセージを伝えたいのなら、できるだけ地名やその場所に多くの人が共通して持っている認識をまず優先して含めるべきでしょう。「まちぶら」になれば、一見どこの商店街にも害はないように見えるかも知れませんが、逆に普通すぎて何の足しにも毒にもならない、いかにも平均的でつまらない!というものになると思うのは私だけでしょうか。

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単純化

高知ってすぐに物事を単純化するよなー

最近つとにそー思うのだ。
某かの成功体験がそうさせるのか、たとえば龍馬、アンパンマン、四万十、はりまや橋への異様ともいえる寵愛は、その他の資源を悉くつぶしちゃいそーな一点集中思考だし、とにかく何かが受けだすと途端にそっちに流れて行く。龍馬はそーいう流されるタイプじゃなかっただろーにとか、純信お馬も周囲の動きなんぞ無視して駆け落ちしたタイプだろーに、なんか「流されて」たり一つの動きや人や事象、場所にグイーッと引き寄せられていく。
東西軸構想の商店街PTで配布される資料やパブコメとかを見ていてもその傾向は結構強くて、たとえば「お城への景観を整えたい」となると追手筋のクスノキを切ったらいいとか、城内の邪魔な高木を切ったらいいなんていう意見が平気であったりする。
また、中央公園とかでも浮浪者がたまりつつあるから木をちょっと切ったりしようなんていうのもあるんだけど、周囲のビルから公園を見ると結構「森」みたいに見えていい感じなわけだ。それが本来の行政として浮浪者が生まれる構造を変えるより「居場所」を減らすというだけのために、「森」がただの「林」やそれ以下のものになったりする可能性を孕んでいる。
なんか冷静じゃない。邪魔な木を切ればその逆からも邪魔なものが見えるかも知れない。たったひとつのことに傾注する前にヨソも見たら、いいものがあるかもしれない。その逆の立場や、そうでない立場、それ以外の立場、といった「周辺」への関心がないと、なんかいっぱいもったいないことにつながっていくよーな気がする。
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銀座で日曜市

銀座で日曜市。

土佐の日曜市はおばちゃんたちとの絶妙な掛け合いが面白い。
普通に居眠りしてたり、風が強ければさっさとたたんだり。
実際見ないと面白くないのが日曜市で、
実際見てしまうとその面白さにやられてしまうのが日曜市なのだ。
だけど、そんな日曜市がいつまでも「台無し」になっている。こたびの東西軸プランでも、日曜市が抱える後継者問題や空きコマ問題、店舗業種の均一化、距離が長過ぎること(昔より業種が均一化されたので、飽きてくる=長い)といった根本的な課題への抜本的対応がまだ不足している。そして広報PRも、たぶんどっかの代理店が受けてどっかのデザイナーがポスターを作って終わるんだと思う。
が、日曜市はデザインじゃ伝わらないんだよね、どうにも。数年前にあった日曜市のポスターなんてひどいもんで、それでわざわざ高知まで来るかおい?みたいなポスターだった。でも、実際作るのはすごい難しいなあというのもまたはっきりしてて、よさこいと同様にとっても「デザインしにくい」観光資源だと思われる。
だとすれば日曜市をみせるのはデザインではなく編集だろうと。かつてArneをきっかけに現在につながる日曜市の静かなるブームのきっかけが生まれたよーに、いかに編集でみせるか。いまでは当時のArneは古くさく見えるので、さらに次のステップにいかなあかんのだろーなあと思う。
そういう意味では、日曜市が本質的に持つマニアックさをより強く打ち出すこと、よかれ悪かれ急速にシェアをのばすTwitter的な口コミサービスに対応できるPR戦略を練ることが大切に思える。Arneは「センスのある人」の目を通したみせ方だったけど、今度はその裏側。普通の目線。
で、あと話題性という意味では、この時代「東京」の人々が受けないとどーにもならんという状態になっているので、東京をギャフンと言わせるか、ヘーと思わせるよーなことをしちゃらんと意味が無い。じゃないと媒体作ってもポスター作っても、「田舎らしい朝市があるんですね」と今まで通りいわれつつける。
で、とりあえずその第一弾としてすぐできそーなのが、銀座での日曜市。せっかく夏にアンテナショップがオープンするというのに、詳細情報が流れてこないせいかあまり話題になってない状態だけど、そこらへんの路上か裏路地でも借りて日曜市を銀座に輸出しちゃったら一気に話題になるんでないか?
日曜市のおばちゃんたちは当然朝が思いっきり早いから、毎週人を変えて朝いちばんの便で東京へ行ってもらう。できれば20店舗くらいは最低あって、服装もなんもかんも超普段通りで銀座の路上をちょっとだけ占拠する。
これは確実にテレビも新聞もネットも動くんでなーか。西の島国の、いつまでも龍馬龍馬と騒いでタタキをよく食べている謎だらけの、だけどなんか面白そうな高知から、これまた謎の集団がやってきたと。朝市ですか?いや、日曜市ですと。Twitterではどこの店が出る出ないとか、今日はキュウリが云々とか、しっかりツイ割りとかもやってですよね、おばあがTwitterやりゆ的な演出もしてったら面白いと思うんですよ。
当然「謎の高知」のアンテナショップにも人が入るだろーし、そこできちんとプロモーションできたら高知への観光客だって少しは増えるんでないか。んで、実際高知に来たら、リキシャが走っていたり商店街や郊外に並ぶマニアックな店を訪ね歩く楽しみを知ることができたりすると。
実現するにはいろいろハードルがありそうだけど、普通にアンテナショップをやってもなかなか百戦錬磨の他県には勝てないわけで、だったら高知最強、日本唯一でよそには真似ができない文化を日本のど真ん中に持って行ってしまおう、そんな話です。

 

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東西軸中間まとめに関するパブコメ。

はじめてパブリックコメント的なものに提出してみた。

いまネット上を、リアルを騒がせる「東西軸」構想。
あまりのろくでなさに多くの人を驚かせたこの構想、
あまり読み返していても気持ち悪くなるだけなので、
県の書類はあまり読まずに書いてみた。
ばーっと深夜のうちに書いたのであちこち矛盾が。
かき足りなさすぎる部分も。
まーいいかとあきらめて提出。
どーせそんなに読まないだろうし、
たぶんどれもこれもなんにもならんのだろーしなと。
しかしパブコメってラブコメみたいでちょとだけ響きがかわいい。
 だけど空しい響きもあったりして。
 ーーー
突然降ってわいたような本事業について、市民の間ではかなり話題になっています。先日知事が始められたTwitter上でも、計画が発表された直後からしばらく本事業の話題でかなり盛り上がり、酒の席でも仕事先でも、男女を問わずよく話題になっています。
  しかし、その「盛り上がり」は、碑など小さなハード整備が多い「なんとなく中途半端な感じがどうしてもするしかけ」の多さに対する疑問であり、そういったことにお金をかけるぐらいなら、もっと違うところにかける方が「地産外商」や「コンテンツ産業育成」、「中心市街地や公共交通の活性化」にもつながるのではないかということに対するものでした。
  現在提案されている事業で気になるのは、龍馬やアンパンマンを顕彰するだけの「碑」がずいぶんと多いということです。過去に作られた碑や彫刻はたくさんありますが、多くは老朽化したり情報が古くなって、みっともない姿をさらしています。その点で、本事業でたくさんあがっている碑や足湯も、同じことが考えられます。数年後にハードは確実に維持管理費という重しになって市民に帰ってきます。その結果ゴミ袋の値段がまたあがるのではたまらない。要は、この事業が実施されてほんの一瞬誰かが潤うのはいいけれど、それで10年後に負担が増えたなあ、となるのがイヤだということです。
  私は、本事業にあげられた計画が無駄とは思いませんが、「とりあえずすぐに結果が出る」ハード事業にばかり投資するのではなく、ジワジワと効果があがってくるような長期的な投資、すなわち10年後にこの町から龍馬のような次世代を支える人材が生まれるような育成に力を入れるべきなのではないかと考えます。
  日曜市もよさこい祭りもマンガ王国も、ハードで成立している文化ではありません。どれもこれもが「人」で成り立っている文化です。決して看板や碑で成り立っている文化ではなく、看板や碑を作ったからといって日曜市や商店街が元気になるという代物でもないと思うのです。また、歴史施設や高知城についても一見ハード整備に見えますが、実際にはそれを企画運営する人々がいなければどうしようもない、劇的に「人」で成り立っているものであると思います。
 その点で、これらの「強みを余すことなく活用する」ためには、足し算的な発想で物を追加するハード寄りの施策ではなく、もっと日曜市を元気にし、商店街を含む街中をもっと楽しくするきっかけとなるような、かけ算的発想に基づく「人が生きる施策、人が動く施策」を考えることだと思います。
  また、本事業では取り組めない範囲だと思いますが、街中で働いたり起業したり暮らしたりしやすくするように不動産の流動化を進める施策も必要だと思います。かけ算で物事が動き始めて、ようやく日曜市も商店街もよさこいも生きてくるし、生き生きとした町そのものが観光資源になると思うのです。
  以下、本事業の範囲である程度できそうなことをいくつか提案いたします。
1.新たな歴史系資料館の建設について
「龍馬」にやたらこだわるあまり、自由民権運動や上士関連の遺跡、西町の郷士町、高知城、長宗我部元親などに注目がどうしても集まらないという状況が高知はずっと続いているが、これを改める契機に。せっかくやるなら中途半端な施設ではなく、街観光の拠点になり、市内のあらゆるミュージアムの拠点となるようなものを目指して計画を策定したい。
土佐の幕末ミュージアム
 長宗我部の滅亡と山内の土佐入りをきっかけに発生した身分差別が、幕末期に尊王攘夷運動と結びついておおきなうねりとなった。尊王の郷士と幕府寄の藩の間の考え方の違いは土佐の動きを迷走させ、結果的には小御所会議で容堂が岩倉具視に問題発言を指摘されるまで止まらなかった。そして、この迷走ゆえ新政府では薩長に実権を握られ、やがて土佐の者たちは居場所を失って自由民権運動へと移っていく。
 幕末から明治初期にかけての土佐の動きは、ダイナミックで非常に面白い。総じて「龍馬」ばかりになりがちな高知の歴史観光を見直し、幕末~自由民権に至る過程を存分に学べるミュージアムとして計画する。龍馬以外にまでウイングを広げれば、高知の歴史観光はまだまだ宝の山だ。
山内家資料はむろんその柱となるものであるが、現在よりもやや企画構成を幕末寄りに変えるか、山内家常設/幕末常設/企画のさび分け方を一考する必要があるかも知れない。
歴史ミュージアム共通パスと連携企画
 以前高知城400年のときにもあったが、生まれた町記念館、龍馬記念館、歴民館、武家屋敷、自由民権記念館など歴史系博物館の連携企画を展開。全歴史系ミュージアムを周遊できる共通パスも発行し、戦国時代から戦後に至るまで様々な場面で歴史に絡んできた高知の歴史資源を「見やすく」する。
 共通パスはできれば「ですか」と共通システムとし、一日電車バス乗り放題パスとセットの仕組みにすることなども検討。(ただし電車バスの一日パスは土電のみで、しかも紙なので調整必要)
2.日曜市について
本事業で実はいちばんの肝になるのが日曜市ではないかと思います。
日曜市をてこ入れし街との関わりをつくることで商店街に人を誘導し、街全体としての賑わいをつくる。住宅政策や交通政策との密接な連携も必要ですが、高知の都市観光の肝として十分な検討が必要だと思います。
銀座日曜市(2010年7月から1年間の期間限定)
日曜市は地産地消の最大拠点でもありますが、高知にやってきた県外客への地産外商の導入の場でもある。銀座のアンテナショップで本物の日曜市のおばちゃんを20人くらい連れて行って毎月一度でも銀座日曜市を開いて高知の本家日曜市を知ってもらうきっかけとする。中途半端なポスターをつくるよりもよっぽどインパクトがある。
新規参入規制を緩くする(社会実験)
新規参入店舗は入替可能にし、目立ってきている空きコマを減らす。また、農産品ばかりワンパターン化してきているので、導入件数に上限を設けつつ珈琲豆や弁当、ケーキなどの加工品の取り扱い店舗も取り入れるようにする。
出店者の負担軽減
日曜市出品者が負担している駐車場料金のサポート(今は路駐区間が塞がると有料駐車場に入れている店がある)をするほか、テント等店舗づくりの備品倉庫を設置する。
日曜市と商店街の交差点づくり(社会実験)
上記新規参入店舗について、空きコマの活用も考えられるが、可能であれば中の橋通り(追手筋~電車通り)やリブロードの通りなどを通行止めとし、新規参入店舗を並べた日曜市の新しい通りを設定する。これにより、商店街と日曜市の交差点が生まれ、現在日曜市の中だけで動いている人の流れを商店街側に導入できる。商店街はこれらの人通りを活かして自助努力で活力をつかんで行くことが必要であるし、商店街が「中心商店街」のひとつとしての意識を持つことが必要となる。

日曜市内交通の整備「リキシャ日曜市」(社会実験)
難しいと思いますが、2キロもあるので戻るのがなかなか大変。そこで、日曜市南側の歩道部分に地域交通を整備することを提案します。
東南アジアのリキシャ(人力車)を逆輸入し、運行。リキシャの特徴は派手な装飾やイラストですが、その部分は地元のイラストレーターやデザイナー、漫画家に描かせる仕掛けです。人力車は歩道ではなく車道を走らないといけないと思うので、県警がたぶんなかなか許してくれないと思いますが、工夫次第でどうにか実現。可能なら追手筋を止めてもいいのでは。アジア的な景観や人情のある高知ならではの企画。
食い歩きの日曜市
新規店舗について、できるだけ軽食系の店舗増ヘ誘導。今でも焼鳥や芋てんが食べられるが、さらに「食い歩き」できる市に。ただしやりすぎると商店街に影響するので、もう2-3店舗増やすのが限界だと思われる。
マニアックな日曜市ガイドブックとネット(委託事業)
これまでも日曜市に関する冊子はいくつか出ているが、あまり機能的でなかったりコアなネタが出ているものが少ないので、これを解消するPRのためのガイドブックを作成する。
また、ネット上に日曜市web版を設け、一部可能なところは直販をしてもいいのではないか。日曜市ブランドのロゴも定めて(やなせたかしや高校生ではなく!)、日曜市通販に関しては日曜市本体とは異なった形でのブランド化を図る。
※ただの入札や一部業者対象のプロポーザルでは限界があるので、広くアイデアを公募して業者を選定する工夫をしなければ、おそらく今までとあまり変わらないものになると思う。「日曜市が好きでたまらない」人がつくるようにしたい。
日曜市に関する調査(委託事業)
日曜市への来市客数、商品構成、経営者の年齢、新規参入希望者の把握など、おそらく最近ほとんどやってないと思われるので、今後の日曜市の経営を占う上でも必要だと思う
3.まんが王国土佐
今の若い世代が50代になったころ、胸を張って「今もまんが王国土佐なんだ」といえるようにしたいです。過去の漫画家を顕彰するのもいいのですが、それよりは漫画家を育成することはもちろん、漫画を沢山読んで、漫画に興味をいつまでも持ち続けてもらえるような仕掛けを目指すことがが重要ではないかと思います。様々なことが考えられると思いますが、本事業でやるとしたら。
「大人のまんが甲子園」高知県漫画国際コンペ
本格的なストーリー漫画のコンペを開催。漫画は個人的にはやっぱりストーリーだろ、と思ってます。漫画雑誌とも連携して、第一線で活躍する作家さんによる公開審査を行います。本来は漫画家を育成するゼミの開設などができればいいのですが、それは本事業で云々するのはかなり難しいと思うので、プロへの登竜門をつくる意味でも。
高知漫画図書館
実際に漫画を読める場所を確保したい。横山隆一記念館の漫画ライブラリを拡張するか図書館移設などにあわせ、いつでもなんでも山ほど漫画が読めるように。立ち読みできない本屋さんも増えているので、図書館で読んで本屋さんで買う、という行動も起きるかも。(市民からの寄付も受け付ける)
TOSA MANGA 1000
まんが王国といっても、実際今活躍している漫画家で高知の人が誰か?というのはあまり知られていない。そうした方たちの作品が一同に会した1000ページくらいのマンガ本をつくって売る!。過去の漫画家の作品から、デビューしたての作家さんまで、作家さんのお気に入りの一本をまるごと掲載したムックです。
4.おまち文化
帯屋町に限らず、中心部住宅地も含む若返りの促進策に切り替える。
そうでないと、結局お客さんは長い目で見た時に増えないと思います。
また、街が元気になればよさこいも自動的に盛り上がる。よさこい祭りをさらによくするのなら、常設演舞場よりも先に、昔のように商店街のチームがもっと増えてもっと力をつけれるように持って行くことが大切だと思います。
助成制度の期間限定の大幅拡充
店舗新設にかかる助成制度の支援額や返還期間を大幅に拡張。助成制度の受付期間は3-4年とし、財政の過度な負担にならないようにする。また、3-4年とすることで一気に若返りを図る。そのためには制度をかなり拡充しないと効果がない。
また、中心市街地の店舗だけでなく、周辺部の住宅なども含めたコンテンツ系SOHO事業者の事務所/住居付き事務所/店舗等の開設支援メニューなども展開することで、「コンテンツ産業育成」の一助とする。
※業種転換だけでなく、店舗改装の野望を持った店は多いです。これらの店が使いやすい助成の仕組みはできないのでしょうか?
レンタサイクルの設置(社会実験)
市営駐輪場の一部改装などで対応でもよいので、観光客が自転車で回れる街にする(パリや富山のような仕組みが超理想)。アーケード内は現在自転車禁止だが、これも現実に即して一部解除して良いのではないか
電車で回れる商店街(社会実験)
大橋通~はりまや橋~蓮池町通間を買い物電車区間とし、この区間の初乗りを100円に改める(初乗り区間の範囲は非常に小さく、次の区間からは200円にするなどバランスを取る)など、短区間でも電車利用を促す仕掛けに実験的に切り替えてみる。
高知の商店街は東西に長いので、ハシッコまで行った時に戻るのがしんどい。この区間で乗り馴れれば、電車も相対的に利用が増えるのではないか。
商店街の御用聞き(実験)
商店街に対する支援はどうしても「助成」の枠を越えにくいが、それゆえ個別の店の思いと行政の思いとはどうも乖離しているように見える。
県庁地域づくり支援課や市役所まちづくり推進課などが連携して、保険のおばちゃん並に街を歩いてご用聞きすることが大切ではないか。県の地域応援団の人と現場で会うと、だいたいの方が「何かありますか」と一方的に言うてくるが、その現場ごとの問題を分析、把握した上で「こんなメニューがあるけどやってみんか」と提案できるような形にしなければなかなか効果があがらない。
最初はしんどい文句ばかり聞くことになるだろうけど、その中から行政がやれることも見えてくると思う。
5.その他
事業の討議機関
こうした事業計画を委員会制度でやるのは仕方が無いと思いますが、もう少し多彩な分野から人を集めて討議する仕掛けというのはできないものでしょうか。もちろん拡張すればするほどまとまらなくなるという問題もあるので難しいのですが。
パブリックコメントだけでなく市民の意見を広く収集し、またこれを「ただ意見集めた」だけでなく、できるだけ反映していけるような柔軟な事業であることを望んでいます。
景観調整の討議機関
景観とは、建物など大きなものについていうのではありません。看板が景観のひとつとして取り上げられるように、小さな対象物であっても周囲の景観との調和が取れていなければ、雑多な風景として記憶されることになります。
現プランがこのまま実現されると、はりまや橋公園などはどんな景観になるのか想像もつきません。景観調整は歴史観光の上でも、おまち文化を楽しんでもらうのでも非常に重要な問題だと思います。景観について調整討議する機関が必要であると考えます。
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こんてんつ

コンテンツ産業の25%ルール」を読んで思ったこと。

Tumblrで書きかけたけどこっちに転記。
本文の内容とは意味が違うことを考えてみるが、高知県のコンテンツ政策はどんななんだろうか。まだ課もできてないからなんもわからんけど、下手な政策を打つことがあれば、きちんと商売してきたクリエータをつぶすことになりかねないと思う。
たとえば、クリエーターのリストを作るというが、その意義はなんなんだろうか。そのリストに掲載を希望しない人は、県からの仕事の時に小言を言われるのだろうか。県が主催する商談会に呼ばれることもなく、くりえーた扱いもされないのだろうか(まあ別にいいんだけど)。
こういう取り組みが起きると、なんでリストにのせられることを拒む必要があるのか、という意見も出てくる。まあ小心者なおいらはこないだリストづくりの受託者さんから送られてきたリストにいちおー内容を書いて送ったけど、別に送ったからといってレスポンスがあるわけでもなく、特に必要な意義がそこに書かれているわけでもなく、いまいち意味がわからなかった。
意味がわからない書類が送られてきたら、なんだこれは?と思って書き返す必要性を感じない人もいるだろう。そもそもそういうのが嫌いな人だっている。
それに、確実にリストから漏れる人は出てくる。おおきーな代理店やデザイン事務所と仕事をしてない人、高知に暮らしながら県外での仕事を主にしている人、まだ駆け出しのひと。そのへんはどーするんだろーか。だいたい、どうやってこのリストの送り先を決めたんだろうか。
目的も不明、方法も不明確、くりえーたの線引きも曖昧。そんなリストが今後の高知県のコンテンツ産業政策に重要な価値を持つのであれば、ちょっとこれは怖い。
また、一番危なっかしいのが、くりえーと部分で努力をしててなくても、たとえば政治力のある人物や役人に取り入って仕事を得ることにつながったりするのなら、かつての土建屋と同じことになるとゆーことだ。
もちろんそれも才能のひとつだとして、そんなこた本来ディレクターや代理店がやるべき話であって、そんなことに暇を割きたくないデザイナーやイラストレータはいっぱいいる。
漫画課だったらものすごく話はわかりやすかった。マンガ王国土佐といいながらいつまでもやなせたかし先生でもってるところがある黄昏の王国は、立て直すなら今が最後の時期だろーなと思うし、特に何もおいらはすることはないけど応援してる。
ただ、はりまや橋の件で明らかになったように、肝心の県は過去の漫画家顕彰がまず第一で、同じくらい重要な第二の戦略として地産外消戦略に基づいたキャラクタービジネスなどを軸とした産業化にばかり目が向きそうな感じが少なくとも現段階では拭えない。
また、まず疑問なのは、今産業として、コンテンツを輸出できるマンガクリエータがどれくらいいるんだろーか?ということだ。漫画家教育やその後も青柳裕介やくさか先生のように高知で活動してもらうためのドジョウ作りといったことを議論していく方が大切だと思うんだけどなあ。いや、してるのかもしれないけど、なんか売るものがないのに売ることばかり考えてる、そんな風にどうしても見えてしまう。
話は変わって、冒頭のブログにある、文芸家協会のような権利者団体は高知にはないが、逆にこうした動きでもそうであるように、権利者やその他非力な現場等を応援する、「応援団」的な団体は多くなってきている。漫画だけでなく、高知を代表する資源である森林、観光その他様々な場面で「コンテンツ」としての産業化を図ることを応援しよう(ああややこしい)とする動きが出てきている。
いずれもこれまでの権利者(わかりやすくいえば現場)の弱さを指摘して立ち上がってきたものであり、それがこれまでの高知の問題点のひとつだったことは明らかだから否定はできないけど、どうしてもなーんか禍々しさがちらつく。新規参入の除外の可能性、具体的な活動や資金運用の透明性、とどのつまりの目的。
関係者に問い合わせてもその点の説明をまともに受けたことがない。むしろ、参加してみなさいよと言われるばかりで、第三者としての人間が感じる「よくわからないなあ」感を解消してくれない。「応援することはすばらしい」的な恍惚感がそうした団体のHPやTwitterを覗いているとどーしても感じてしまう。
結局、やっぱりここでも思うのは、以前のログでも書いたけど、考える人・企画する人が多くて(もしくは異常に力を持っていて)、一方で作る人が高知は少ないので、こーゆーことになるんだろーな、ということなのだ(自分も含めて)。
やっぱそーなると、しっかりとした現場教育機関が必要だわなあ、でもまあ高知の人口じゃ無理だけど・・・とまたここでループに入ってしまうんだけど。

 

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東西軸活性?

今日の高知新聞夕刊に竹内記者による「話題」が登場。

あまりにも闇雲にどの市民にリアルで聞いてもTwitterなどネット上でのささやかな議論をしていても「なにそれ???」という意見ばかりが起きている、県と市がまさに勝手に高知の街の観光のあり方を根本から変える63本の事業に対する高知新聞でもたぶん初めての意見ヒョウメイ。

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 播磨屋橋から高知城までの街づくりを考える県市合同の「東西軸活性化プラン」の策定が始まった。素案の中に「まんが文化」という項目がある。その具体的内容に作家を含む関係者の多くがあきれかえり、私も椅子からひっくり返りそうになった。

 アンパンマンなど県ゆかりのキャラクターの群像を設置する36号「まんがロードの整備」、40号「はりまや橋観光バスターミナルのまんがでの装飾」、41号「漫画からくり箱の設置」・・・。

 安易である。例えば36号は鳥取県境港市の成功例が頭にあるのだろうが、あれは商店街と市民が密接に協力して、きわめて巧妙で総合戦略的に作り上げた「ロード」だ。彫像を並べ商店街に並べただけではない。

 これはあんまりだというので、漫画家のくさか里樹さんや正木秀尚さん、まんが甲子園や文化施設等の関係者15人ほどが急遽夜あるまり、県庁担当課を交えて話し合った。人材育成と支援、既存イベントの発展、モニュメントでなく漫画的発想を用いたソフト戦略、マーケットの設置などのアイデアが出た。出席者の中から「現場の話を聞いてからプラン策定を」という至極乙然の意見もあった。

 このプランの中には「よさこい祭り」も含まれる。27号「よさこい節の歌碑の建立」、28号「鳴子のモニュメント設置」といったプランを現場で汗を流している人たちはどう感じるのだろう?

 近く2回目のプラン検討会が開かれ、早くも中間まとめ案を策定する。浮世離れした案をそれぞれの現場に差し戻すことから始めるべきだ。

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ちなみに63本の「取り組むべき対策」の一覧は以下。


歴史

高知城

1/新たな歴史資料館の建設

2/高知城内の樹木の剪定

3/高知城内や周辺の案内判等のリニューアル

4/観光バス客の乗降できるスペースの確保

5/丸の内緑地等の周辺にお城を眺め、憩える空間の整備

6/藤並公園へのインフォメーションセンターの整備

7/周辺の史跡や文学館等の知名度アップ

はりまや橋

8/はりまや橋のライトアップ

9/はりまや橋の説明板と歌碑の設置

10/南国土佐を後にしての歌碑の建立

11/からくり時計のオーバーホール

12/はりまや橋地下道の有効活用

13/はりまや橋の東西ラインの良好な景観の形成

土佐の偉人

14/維新ロードの整備(高知城周辺の公園やおびさんロードで出口方面から追手門に向かう道沿いに坂本龍馬等の維新の志士たちの彫像を設置する)

15/高知の偉人にちなんだイベントの展開

16/坂本龍馬の言葉プロジェクト(龍馬に関する言葉等のフラフやのぼりを商店街に欠けg足り、店ののれんやシャッターなどに描き、盛り上がりを促進する)

17/坂本龍馬のレリーフの設置(ダイエー跡の壁を借用し、龍馬の生涯を顕したレリーフを整備する)

18/動く銅像の制作(幕末の志士をテーマにした等身大の可動関節を有する等身大のフィギアを制作し、観光客にアピールするイベントを実施する)

文化

日曜市

19/学生サポータ事業

20/日曜市紹介ガイドブック

21/日曜市空きコマの活用

22/トイレのリニューアル

23/トイレ協力店の促進

追手筋新名所

24/追手前高校の歴史的建物の活用

25/追手前小学校敷地の活用

よさこい祭り

26/よさこい祭りに関する情報を発信するスポットの整備

27/よさこい節の歌碑の建立

28/鳴子のモニュメント設置

29/はりまや橋公園、地下道に踊り子の隊列を描いた壁面を設置

30/中央公園ステージを利用した定期的よさこい演舞の実施

31/商店街でのよさこいPTの立ち上げ

中央公園

32/公園内の閉鎖的な空間の改善

33/公園中央部への快適な憩いの場の創出

34/イルミネーションによる夜の演出

まんが文化

35/まんが甲子園の殿堂づくり(まんが甲子園歴代優勝チームのモニュメントを移設)

36/まんがロードの整備(アンパンマンなど県ゆかりのキャラクターの彫像を設置)

37/まんがフラフの大量制作(商店街や施設に設置し、まんが王国高知のイメージを定着させる)

38/大量の漫画キャラクター着ぐるみ回遊イベント

39/まんがロードを活用した新たなまんが関連イベントの企画/実施

40/はりまや橋観光バスターミナルのまんがでの装飾

41/漫画からくり箱の設置

おまち文化

42/商店街の空き店舗対策(空き店舗に出店する物に対し、家賃/内装費の一部を支援する)

43/個店の業種転換への支援

44/商店街のイベントへの支援

45/まちなかエスコーターズ

46/中心街支援事業(商業活性化事業、エリアマネジメント事業等、新京橋プラザのアンテナショップに置ける事業展開を図る)

47/コミュニティ事業(同上における少子高齢化対策事業、エコ推進事業等)

48/商店街広告エリアマネジメント事業(商店街全体をエリアとした広告物の受注制度を構築し、収益で活性化事業の財源を生み出す)

49/商店街せり出しプロジェクト

50/商店街外観整備事業

51/新たな商業スペースの創出(女性観光客向けのおしゃれでモダンな新たな形態の商業スペースを形成する)

県産品販売

52/県内物産の販売拠点の整備(新京橋プラザ)

53/おかみさん市の活性化

54/ひろめ市場のPR

55/土佐のおきゃくのPR

56/B級グルメ提供店マップづくり

57/高知うまいものマップづくり

58/かつおのたたき藁焼き認定店

その他

59/ガイド付き街歩き観光の新コースの設定

60/自転車・歩行者の快適な空間の確保

61/ビューポイントの設置

62/温泉プロジェクトの推進

63/はりまや橋公園等への足湯の設置

以上

「お、いいねえ」と思えるのは、

いったいいくつありますか????

 

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はりまや橋はBランクで。

▼需要が無いから決まらない

はりまや橋の交差点にパチンコ屋。
かれこれ数週間前のこと、朝刊でこのニュースを読んですぐに「まあ決まって良かったんじゃないの、むしろ」と、おいらは奥さんにショージキに言うた。
西武が無くなってからもう何年になるのかも忘れてしまったけど、「建ってもすぐ潰れちゃうんじゃ?」と正直誰もが不安に思っていたであろー商業施設も建つことなく、かといって博打のよーな投資を県内企業をするよーな余裕があるわけでもなく、まあながいこと誰も何もできずにながーいこと放置されていたのがあの土地だ。ホントに需要がある土地なら、次の用途はさっさと決まる。需要が無いから長いこと更地のままだった。
穴吹も潰れちゃったのでどーなるかはわからんけど、市内でマンションが乱立するのも高知遺産的にはどーかと思うけど、郊外の団地に移っていた引退間際の団塊世代の人々がこの先足腰が弱ることを見越して市内に帰ってくる、という需要があるからソコソコ売れていくわけで、この先見通しが悪すぎる商店街にとっても大きなチャンスがそこには眠っている(ただ店に座ってる商売という意味じゃなくて)。
だけど、西武跡地は何もなかった。最後に出てくるのはパチンコ屋じゃないのか?というのはもともと西武が撤退する当時から懸念されていた話だったが、撤退段階ですでにそれが懸念されていたというのは、実は多くの人があの土地にそれほどのポテンシャルが現段階ではないということをなんとなく認知していたということのあらわれなんじゃないかとも思われる。
まあ実際パチンコ屋になったとしても、あまりにも道路のアクセス状況が悪いし、敷地面積もそれほどあるわけではないから経営はいずれ厳しくなるんじゃないだろうか。なによりかにより出玉も相当厳しいだろうし、パチンコ・パチスロ自体4号機規制以降勢いが無くなっているから、やっぱり厳しい。
そう考えると、土地の扱いのことはよくわからないけど、いっそのこと分筆して分譲してしまった方が良いようにも思えるし、「人が集まる場所」とか「高知の顔になる場所に」ということなら、すでに出ている提案のように公園(むしろ防災公園として)にでもした方がよほどリスクが無い。
▼つまらない「橋」、面白い「橋の周辺」
ところで、果たしてはりまや橋は高知の顔なんだろうか?
高知県の観光統計は本当に不思議で、高知を代表する観光地のひとつであると称され続ける「はりまや橋」、高知を代表する祭りとされる「よさこい祭り」、高知にきた人誰もがホントに驚きはまっていく「日曜市」の入り込み客数が提示されていない。まあどれもこれも客数カウントがかなり難しいわけだけど、後者ふたつはそれぞれなんとなくの数字が出てるのを見たことはある(統計書ではなく)。まあ日々閑古鳥が鳴くさまをきんこん土佐日記でよく描かれるはりまや橋観光バスターミナルの惨状を見る限りいわずもがな・・・といったところだろうけど。
ここで疑問なのが、ふつうの場所なら、某かの投資をしようとすれば公共性とか投資回収といったことが官民問わず問題になるはずなのに、はりまや橋に関してだけはなんでかそういうことがあまり問われないということだ。いったいなにを根拠にはりまや橋に投資をしたり提言が出てきているのか、正直よくわからない。
はりまや橋も、確かに少なくとも40年くらい前までは高知観光の目玉の一つだったかも知れない。でも、もう40年間ずっとガッカリ名所の名前は返上できずにここまできている。そのことは、バスターミナルの惨状がはっきりと見せてしまった。なんか、もうそろそろそのことを直視した方がいいんじゃないか。
純信お馬の話もおいらは個人的には面白くて好きだ。そこからよさこい節の一番印象的な歌詞も生まれてるわけだ。龍馬も二人の駆け落ち騒動の頃は高知にいたはずだから、無理矢理物語をつくれなくもない。愛媛や琴平と組めば何かできるかも知れないわなあとも思う(マニアックだけど)。
それに、はりまや箸とかはりまや橋印鑑とか、人形のはりまとか、土佐のおきゃくの大宴会とか、はりまや橋の周囲で起きる様々な取り組みはどれもこれもかなり面白い。いずれ東京あたりのおみやげ特集とかで出てきてもおかしくないかもなーと思う。
▼歴史資料館の移転はなぜスルーされんの?
だけど、今回の騒動では、そういうこととはなんか無関係に騒がれている、そんな感じがする。とにかく「ここは高知の顔だと思うから、なんかパチンコ屋以外のもんをつくらんといかん」という流れにあまりにスムーズになりすぎている。
ちなみに、知事は今回の騒動での要望に対し、高知城からはりまや橋までを一体的に観光整備みたいなことを言うてたけど、その一番西で起きるのが、財務事務所か図書館跡地への歴史資料館移転だ。山内家宝物資料館はホントに宝の持ち腐れ状態になってしまっていて、地震や猛烈な台風が来たら文化財がおシャカになりかねないような状態だから、実はこれってかなり大きな話題なはずなのだ。それに、この場所は高知城・日曜市・ひろめ市場・よさこい祭り・商店街のすべてと絡む場所で、その立地や人の流れ、観光に与えるインパクトもかなり大きい。
だけど、なんかこっちの話題は普通にスルーされてる感じがする。元旦の記事だったというのもあるけど(だけど一面トップですよ)、高知の観光の顔を考えるならこっちの方がよっぽど全国に訴える力がある。龍馬だけでなく、山内家も含む幕末のエネルギー拠点であった高知をアピールする、めっちゃすごいチャンスだ。なのに、なんかスルー。
▼というわけで署名はしませんでした
今回のはりまや橋パチンコ屋騒動では、はりまや橋は今でも「高知を代表するAランクの観光地」という扱いだ。だけど、ハードに魅力がないことは駐車場がよく示してくれた。要は、高知観光の主力であるはずのツアー型観光からも見放されたということで、ここからわかるのは、もうみんな分かってたことだけど、はりまや橋はたくさんの客を受け入れるような場所ではもはやないということだ。
一方、橋の周囲で起きていることの多様さは、堀川から桂浜への遊覧船が頑張ってるとか、新堀川で龍馬のコスプレができるとか、そういうのと同じ「これからの高知の観光」を探る動きと同じで、たくさんの人を受け入れる事は出来ないかも知れないけど、はまるひとには思いっきりはまる可能性のある、とてもいい意味での小さな観光地づくりの試みに見えてくる。
結局、ひとことでいうと、はりまや橋はもう「Aランク」じゃなくて「Bランク」でやった方がいいんじゃないかということだ。「Aランク」であるなら「Aランク」なものを観光客は期待する。それが提供できないからいつまでもガッカリの冠を外してくれない。そうではなく、今の観光のムーブ自体がそうであるように、そして最近のはりまや橋周辺で起きる様々な取り組みがそうであるように、「受ける人には受ける、なにかがある」場所として、その場所に暮らす人や働く人たち自身のモノサシで繰り広げられる取り組みを楽しめるような場所
にした方がいい。
もう「はりまや橋」という場所を売るのはやめた方がえい。傷口が広がるだけだ。

 

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恐怖カツオ人間

twitterで高知の「ゆるキャラ」はみうらじゅんにもろくに注目されない中途半端なものばかりなんでないか?ということを思い立って書いてみたところ、FLATFURNITUREさんから情報が。

その名も鰹人間。
そーいえば、確かにどっかで見かけたことがある。
この(可愛くしようとかそういうのをやめて、ドーンと行こうや!な感じの)諦め具合、
この適当さ。

よう考えたら、すごい。

思えば2001年の「くろしお君」以来、高知は数多のゆるキャラが登場してきた。
よさこい国体のくろしお君は、主に高知市内のごく一部の女子たちに猛烈な支持を受けた。
んで、やなせたかし大先生による20駅のキャラが壮観な屈指の名作、
2002年の「ごめん・なはり線」キャラクター。
こちらはすっかり定着して、駅名を覚えていなくてもキャラは覚えているぐらいに成長。
でも、それ以降、特に名作がないんですよね。
ゆるキャラ的なるものが県内各地で誕生するも、それほど定着しているかといえばそうでもない。くろしお君やごめんなはりは名前を結構覚えていたりするけど、それ以外はなんか濃い靄の中にいるような感じで全くもって思い出せない。
最新版と思われるのが来年の龍馬であい博用のキャラだけど、こちらもなんか線が細く、余りいい評判を聞かない(実際デザインで使おうとしても弱い)。
いずれもなんか王道的キャラな構成ばかりで、ゆるさ不足なのか手元においておきたい可愛さというか、執着させる何かがない。もう少しいうと、「語り過ぎ」のキャラが多いというか(奈良のせんと君とかはその典型ですな。超語り過ぎでキャラじゃなくなってる。歴史上の何かみたい)。だからなんか苦しくて。
その点で、くろしお君はなんかいい意味で適当。
何をやらせても大丈夫そう。服を着せても、怒らせても泣かせても、もちろん本来の活用法であるどのような競技をさせてもいけそうな感じ。そしてこの場合重要なのはよく意味がわからないということか。たぶん波でしょうけど。
そしてカツオ人間。
こっちはいい意味で意味がわからん。たぶん海関係以外何やらせても無理。具体的に切り身だし、一歩間違えたら気持ち悪い。体もなぜか黒いわフンドシだわ、それでいてサーフボードに乗ってる時はきちんと足にバンドしてる細かな仕事が光るわ、全くゆるくないこのゆるさが余りにもすごい。
カツオ消費量が全国平均の二倍(しかも高知だけ)という異常なカツオ好き県高知として、このキャラはこれからイチオシするべきものなのではないのか。
尾崎知事もどっかで言ってた通り、龍馬伝効果はそうは長く続かない。
それに、もう龍馬龍馬龍馬龍馬龍馬と言いすぎるのもヤバい。
だったら、ここは改めてカツオ。とりあえず今高知を代表できる(なおかつ龍馬と肩を張れる)、立ったキャラを演じれるのはカツオ人間だけだ。
・・・と、そこまで一瞬思ってしまうインパクト。
そうですよ、もう時代はゆるキャラじゃないのかも知れない。

どうぞこちらも→→→

 JUGEMテーマ:ゆるキャラ探し

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ガンバ土電

土佐電鉄の社員さんが、沿線の住宅に全社をあげて営業に出ているという。

沿線人口は減っているわけではないだろうし様々な努力もしているわけなんだけど、それでも乗降客は年々減り続けているのが現状で、営業職も役員さんも労組も関係なく回っているのだそうだ。

土電が〝どぶ板営業〟

 午後の住宅街。土佐電鉄(高知市桟橋通4丁目)の取締役や労働組合の委員長、社員らが一軒一軒、民家を回っていた。「土電です、電車に乗ってください」―。利用客が減り続ける中、10月から始めた戸別営業だ。1904(明治37)年の開業以来、初の〝どぶ板営業〟だという。

で、こういう話題に接すると、ブログ書きの一人として「頑張ってトデン!みんなも乗ろうや」的なこととか言ってみたくもなるわけだけど、

ブログで記事をアップしました

しばらくは「私も乗りました。いいものですね」なんてゆーコメントが付いて

1か月もたてば乗らなくなる、てか忘れる

ようになるのが当然なオチなわけで、こういうところにテレビや雑誌、新聞はもちろんのこと、ブログやtwitterがマーケティング手段として有効に働く飲食や小売と決定的に異なる公共交通の難しさがあるねえと改めて思う。

結局公共交通は「移動」のための手段であって「目的」ではない。「移動」の先に「目的」が設定できれば当然良いわけだけど、その「目的」も商店街が衰退しビジネス街も分散している高知ではなかなか絞りきれない。

「トデンに乗ろう」というキャンペーンを振るっても、ただ乗るだけになっちゃうから当然その行為は続かないわけで、町全体の構造や公共交通全体の枠組みが変わらなければ現実に乗る機会が増えることになんかならない。

蓮舫が大ナタを振るう流れの中で公共交通関連の補助が減額なんていうことになれば、高速無料化で打つ手が無くなるJR四国と共にトデンが数年以内に無くなるなんてことも絵空事じゃないような気がする。

で、悲しいかな、今現在の問題として土電が無くなって超不便という人は少ないのかも知れないけれど、バスやJRがそうであるように、土電が無くなって困るという人は確実に存在する。

で、なぜ使われないかというと不便だからであって、なんで不便かというと公共交通の連続性が高知には全くないからに他ならない。

まだレポートをよう書いてないけど、人口20万人足らずのドイツの小さな町では公共交通が異常なまでに充実していた。よく知られるフライブルグはもちろん、フランクルフルト近郊のマインツでも、いずれも公営のトラムやバスが元気に走っていた。

フライブルグでは5本のトラム線が市内を軸に東西南北に走り、その末端にバス路線が設定されている。そして、ヨーロッパでは標準という信用乗車制で、乗りたい人は車内の自販機などでチケットを買って自分で刻印をし、改札も何もなしで乗り降りする。トラムとバスの乗換でチケットを買い替える必要もなく(パリのメトロも同じ)、5人まで使える一日乗車券や各種回数券も充実していた。

フライブルグの公共交通は赤字だが、その他の市民へのサービスと同列で公共交通が位置づけられているのだろうか、様々な経営改善策を打たれながら徐々に数値も良くなっていると聞いた。

まあこれと同じことは高知ではできない。県庁にそこまでやる予算と気概はなさそうだし、高知市からそういう話を聞いたこともない。トデンと県交通も仲があまりよろしくない印象があるし、なによりかにより、公共交通へ投資なんかすると県民が黙っていそうにないのもある。

ヤレ東には高速がないだの、うちの前の道は狭いだのなんだかんだ。全くもって東には高速がないしうちの前の道は狭いのはそうなんだろうけど、高知市近辺の活力が無くなれば高知県全体の活力も確実に削がれるのもまた高知県の現実だ。平等にってのもまあ分かるけど、その平等のレベルを維持するためにも中央部の政策は勘案されるべきなように思う。

中心部の公共交通の整備は都市居住の快適性を上げて行くこと、観光客の流動性を高めることにつながる。全県人口の半分がいる高知市の衰退は高知県の衰退にそのままつながる。こう書くと東京と地方の関係になぞらえられそうだけど、高知市と高知県の関係は東京・神奈川と千葉・埼玉や山梨あたりの関係に近い。東京と高知の関係とは全然違う。

高知の町は、かつて電車通りを軸にした東西に細長い形から北環状線や各バイパスを軸としたまさに典型的なドーナツ型の町の形になってしまっている。最近でこそ都心回帰の流れが出て来て善くも悪くも街中にマンションが目立ち始めたが、まだまだ外部ドーナツの圧力は強い。

現段階で一番理想的なのは、複雑怪奇な経路ばかりのバス路線を整理して南北系統と東西系統、循環系統に整理して、トデンやJRとの接続を良くすることだけど、おそらくこれだと「確実に収支改善」するかどうかわからない賭けになるので、特にバス会社が反対しそうだ。傍目に見る分に
は、今よりは売上げ上がると思うんだけどねえ。

んで。

たとえばデザインとか編集の仕事をしていると、まずターゲットって誰なんだ?ってのを設定する。で、できるだけその人の立場にたって物事を考えることから作業に入る。その人が喜びそうなこと、楽しんでくれそうなこと、来てくれそうなことを言葉にし形にし、チラシなら置く場所を設定し、部数を考えて行く。で、うまくいくときもあればハズスときもあるわけだけど、今の公共交通政策にこういう感じがあるかというと無いような気がするわけです。

で、このターゲットが現在の公共交通では「今使ってくれてる利用者」にのみあるっぽい。しかも、安全パイ的になんかそうなってる感じ。

だけど、それでしばらくやってきたけど、冒頭のトデンがそうであるように乗客の減少に全く歯止めがかからない。たぶんバスも似たようなところかと。つまり、これまでの既存顧客を少なくとも離さないための安全パイ戦略ではもううまくいかない。既存利用者はお年寄りがメインで、当然これから減り続けて行くわけだから当たり前の話で、だからこそトデンの社員さんが動き出した。

掴むべきはまず沿線住民。個別訪問されて時刻表を配ってくれたら、何もしないより絶対お客さんは増えるはずだ。

でも、もちろんこれだけだと弱い。トデンが走る沿線はかつての中心部=高齢エリアだから、やがては放置しておけばまた衰退する恐れがある。

だとすれば、かつての阪急の真逆で、郊外団地に住む人々を街中に誘導する戦略も持つべきだと思う。中心部でのマンションや団地開発に投資できなくても、たとえばそのマンションに路線図や時刻表を貼るとか、無理だろうけど「ですか」のチャージャーを設置するとか、はたまたチャリアンドライドができるように沿線の空き屋や空き地を借りてほんの少しでもいいからチャリ置き場を設けてその利用権を家賃に含む形でサービスしてもらう。要はマンションの付加価値としてできそうなことならなんでもする。そういう形で、自動車が当たり前になってる郊外団地暮らしの団塊世代を街中に(あと数年すれば車にも乗れなくなるかもと)引き込むことを狙う。

観光客向けにも、今日の新聞に高速バスに190円分の初乗り運賃を付加することがでていたけど、幸いにも主な観光地的なものはトデン沿線にほとんど固まっているから、たとえば日曜市を楽しむにも蓮池町通から入ってお城まで行って高知城前からまた乗って戻るとか次に行くとか、そんな使い方の提案ができるはず。190円といわず500円チケットをプレミア付けて売ってもいいんじゃないだろうかね(東京線なら12000のところ12400円で一日乗り放題とかにしたらいいんでないかと)。

アレですよ、東京モノレールの切符を関空や千歳だったかで買えるのと同じで、先取りチケットにしちゃえば、少なくとも全然乗ってくれない今よりははるかにいい。

で、そんなことを考えだすと、さいさいこのブログでも百足館でも書いていた路線図っしょやっぱってことになる。高知はバス停に行っても路線図がないところがほとんどだけど、これじゃあ観光客や新しい客を断っているようなもの。新しく利用を考える人間からすれば、「どこ走ってんのかわからん」バスには乗りたくない。

パリではメトロの路線図グッズがオシャレーにな形で売られていた。まあそんなことにはならんにしても、路線図があるかないかで全然使われ方は変わる。たぶん路線が複雑すぎたり事業者の調整が難しかったり余りにも大変すぎるってのがあるんだろうけど、これをやらなければバスはホントに乗る機会・・・てゆか自信がないですよ。

バスに乗る時、まるでヨソの町でバスに乗るのと同じような緊張感を強いられますからね、高知では。

あと、やっぱ路線番号。路線図作る時に作ってしまえばそれで終わり。できれば、路線整理もしてからの方がいいですけどね。