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銀座で日曜市

銀座で日曜市。

土佐の日曜市はおばちゃんたちとの絶妙な掛け合いが面白い。
普通に居眠りしてたり、風が強ければさっさとたたんだり。
実際見ないと面白くないのが日曜市で、
実際見てしまうとその面白さにやられてしまうのが日曜市なのだ。
だけど、そんな日曜市がいつまでも「台無し」になっている。こたびの東西軸プランでも、日曜市が抱える後継者問題や空きコマ問題、店舗業種の均一化、距離が長過ぎること(昔より業種が均一化されたので、飽きてくる=長い)といった根本的な課題への抜本的対応がまだ不足している。そして広報PRも、たぶんどっかの代理店が受けてどっかのデザイナーがポスターを作って終わるんだと思う。
が、日曜市はデザインじゃ伝わらないんだよね、どうにも。数年前にあった日曜市のポスターなんてひどいもんで、それでわざわざ高知まで来るかおい?みたいなポスターだった。でも、実際作るのはすごい難しいなあというのもまたはっきりしてて、よさこいと同様にとっても「デザインしにくい」観光資源だと思われる。
だとすれば日曜市をみせるのはデザインではなく編集だろうと。かつてArneをきっかけに現在につながる日曜市の静かなるブームのきっかけが生まれたよーに、いかに編集でみせるか。いまでは当時のArneは古くさく見えるので、さらに次のステップにいかなあかんのだろーなあと思う。
そういう意味では、日曜市が本質的に持つマニアックさをより強く打ち出すこと、よかれ悪かれ急速にシェアをのばすTwitter的な口コミサービスに対応できるPR戦略を練ることが大切に思える。Arneは「センスのある人」の目を通したみせ方だったけど、今度はその裏側。普通の目線。
で、あと話題性という意味では、この時代「東京」の人々が受けないとどーにもならんという状態になっているので、東京をギャフンと言わせるか、ヘーと思わせるよーなことをしちゃらんと意味が無い。じゃないと媒体作ってもポスター作っても、「田舎らしい朝市があるんですね」と今まで通りいわれつつける。
で、とりあえずその第一弾としてすぐできそーなのが、銀座での日曜市。せっかく夏にアンテナショップがオープンするというのに、詳細情報が流れてこないせいかあまり話題になってない状態だけど、そこらへんの路上か裏路地でも借りて日曜市を銀座に輸出しちゃったら一気に話題になるんでないか?
日曜市のおばちゃんたちは当然朝が思いっきり早いから、毎週人を変えて朝いちばんの便で東京へ行ってもらう。できれば20店舗くらいは最低あって、服装もなんもかんも超普段通りで銀座の路上をちょっとだけ占拠する。
これは確実にテレビも新聞もネットも動くんでなーか。西の島国の、いつまでも龍馬龍馬と騒いでタタキをよく食べている謎だらけの、だけどなんか面白そうな高知から、これまた謎の集団がやってきたと。朝市ですか?いや、日曜市ですと。Twitterではどこの店が出る出ないとか、今日はキュウリが云々とか、しっかりツイ割りとかもやってですよね、おばあがTwitterやりゆ的な演出もしてったら面白いと思うんですよ。
当然「謎の高知」のアンテナショップにも人が入るだろーし、そこできちんとプロモーションできたら高知への観光客だって少しは増えるんでないか。んで、実際高知に来たら、リキシャが走っていたり商店街や郊外に並ぶマニアックな店を訪ね歩く楽しみを知ることができたりすると。
実現するにはいろいろハードルがありそうだけど、普通にアンテナショップをやってもなかなか百戦錬磨の他県には勝てないわけで、だったら高知最強、日本唯一でよそには真似ができない文化を日本のど真ん中に持って行ってしまおう、そんな話です。

 

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龍馬じゃ~と叫びすぎてその果てに。

前々回のログで、いつまでも龍馬じゃ~龍馬じゃ~と唸っているのは古い!と書いた。

これを今回は自分でもう少し考えてみる。おいら、龍馬が行くもおーい!龍馬も読み込んでしっかり育って来た龍馬大ファンだ。子どものころはベッドの横に龍馬のポスターを貼っていた。だから、へさべさの大河ドラマ登場で胸が躍るくらいだ。
だけど、なぜあえてそう書くかといえば、結局リョーマがなんたるかも大して考えずに、てゆか大した知識も持たずに騒ぎすぎる行政・経済・観光・メディア関係者の多さに辟易してるからだ。
「来年は龍馬伝の年だから龍馬をフィーチャーせんといかん」

何度この言葉を耳にしたか。
挙句のはては
「高知の観光の命運はコレで決まる」
やと。

で、そのフィーチャーで何を取り上げるの?と聞いても特に返事は無い。

いろいろ碑めぐってもらおうとか、美味しいもんたべてもらおう(それで出て来る店もいつも一緒)とか、そんなんばっか。
結局なんか龍馬だ、龍馬伝だといっておけば、観光客は寄って来るし、お金になる、その程度しか彼らは考えていない。「フィーチャーせんといかん」とか言いゆう人たちも少なくとも再来年ガクンと人が来なくなるのはみんなわかってるのに、その再来年以降のことを考えれない。とりあえず来年楽しければいい、みたいな。
なんかよさこい国体のときを思い出す。当時はおいら建設系に身をおいていたので、2002年までは結構たくさん仕事があるといわれていて、2003年からはどうなるかわからんと言われていた。でも、とりあえず2002年にどればあ仕事をするかよ!みたいな感じで適当に2002年を迎えることになった。そう、2003年から先をそれほど深刻には考えずに。で、終わったら実際仕事量はジワジワと減って行って、いま当時やっていたような仕事が出ているかというと壊滅状態。
たぶんこのままアホみたいに龍馬伝の年を迎えたら、その先は安楽死ですよ。その頃にはETC1000円も終わり(民主党が政権とったらどうなるかわからんけど、もし全国一律無料になったらなったで高知の価値は落ちる)、龍馬以外にみるものを育てることができなかった高知になんぞ来る人はますますレアに。しかも東京ばっか相手にしようとしてるから、近場の関西や九州といったところからの客はぜーんぶ徳島や香川で終わり。
龍馬の国土佐じゃきに~とかいいよったら、まあーそらー寄ってきますよいつまでも多少はね。でも、他所の人は、高知はいつまでも龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だ龍馬だと言い過ぎだろと思ってますよ。最近は四万十がこれに加わってますけど(JTBだっかの調査では行きたい率では全国でも高い方だけど、一回来た人がまた行きたいですか率では全国でも低い方になるのが四万十。龍馬と同じで、なんかイメージばかりが先行しているらしい)。
鹿児島が今でも西郷西郷言ってるか?山口は今でも奇兵隊とかいいよるか?高知ぐらいですよ、150年前の偉人が最大の観光資源になると思ってるところなんて。
おいらが思うに、高知県人がこの50年近く愛しすぎた「龍馬」のお陰で、自由民権運動発祥の地としての高知は知られることがなく、中岡慎太郎や武市半平太はじめ数多の幕末の志士たちの評価や知名度はいつまでも低く(こないだの日曜日に武市生家の近くを通ったけど車一台いない!)、山内家もいまひとつ土佐鶴のCMが印象的なぐらいで、城下町としての風情がある部分はどんどんぶちこわされ、結構いろんな店があって楽しい店巡りや市めぐりといった街歩き観光はいつまでも軽視され、もっと客数がのびてもおかしくない電車もバスも客数がのびず・・・と、高知のいいところはいつまでも観光にも値せんものとして扱われ続ける。
まさに龍馬の弊害。
石油とかと違って「龍馬利権」なんてものはまさか存在しないだろうから、利権争いでこうなっているわけでもないだろう。好きな人ができたらその人以外のことが眼中に入らなくなるのと同じように、高知の観光資源は竜馬しかないんじゃ~とか思っている人々が多いのだろう。
で、そのことが結局高知の観光を潰していく。実際観光系の人々と話しをしていても全くかみあわない。街や田舎を歩きもせず、夜な夜なスナックばっかなんだろーな・・・と悲しいながら思ってしまう。
一方、龍馬をもっときちんと知ってもらうというか、もっと別の視点から伝える工夫もいる。龍馬記念館を中心に、いまひとつ趣旨がわからん生まれた町記念館、もっとヒトが入ってもよさそうな慎太郎館や山内家資料館に歴民館、さらには本物が揃ってる京都国立博物館とかと連携した企画とか、誰も知らない龍馬の素顔が見えるよーな、そんな試みをぜひ。
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高知の公共交通ICカードが登場・・・だけど、ですかですか???

今日、友達の雑貨屋さんで話題になったこと。

EdyやIDといったオサイフケータイは、高知じゃほとんど普及していない。そのお店はIDに対応しているんだけど、これで買い物をしていった客はほとんどいないんだとか。で、その話の流れで来年登場する公共交通のIC カード、「ですか」の話題に。
2人の友人はカードの存在も知らなかったけれど、「ですか」というネーミングにはなんなんですかという感じ。カードができればジワジワと便利さが形成されて行くこと間違いなしし、利用するかもということにはなったけど、そもそも「ですか」はないよなあ・・・と。
まずこのネーミングで思うのは、たぶんsuica(関東)やICOCA(関西)、SUGOCA(JR九州)みたいに「か」をつけないといけない!という脅迫概念に迫られた感じだ。だけど、これらの名前はそれぞれ「すいすいいこか」とか「タッチしていこか」みたいな文脈を感じさせる設計の言葉であって、なんとなく乗ることや移動すること、タッチすることがわかるような言葉になっている。
もちろん、そういう交通系語彙タイプでないものもある。岐阜のayucaや岡山のHareca、静岡鉄道のLuLuCaなどがそうで、推測ながらそれぞれ鮎や晴れといった言葉と引っ掛けている構造だ(静岡は意味不明)。
で、高知はですか。なんというか自信がなさそうな、なんの言葉も引っかかってこない歯切れの悪い感じの言葉・・・。単純に心配するのは「忘れそう」ということと、「買うまでなんかめんどい」感じがあることだ。
まず前者は、他のカードと比べるまでもなく、「ですか」という言葉に二重の意味がないから忘れる。
「ですか」という言葉が普通すぎて忘れる。
後者は、車内で「ですか」を注文するのを想像しただけで歯切れが悪い。なんか恥ずかしい(車内でいつ両替をするかが少し恥ずかしいor面倒orタイミングを失うのと同じ空気感)。ちょっとだけサラ金っぽい感じもする。
「あのー、ICカードほしいがやけんど」
「ですかですか」
「はい、ですかです」
「少々お待ちください」
「ですかって、いくらながでs(以下略)
で、ひとつ提案。
せっかくやるんだったら、「トサカ」はどうですかと。
土佐のカード、鶏冠のような力強さがそのまんまの、正直なネーミング。カードのデザインもはっきりとしていていい感じになりそうだし、何よりかにより絶対忘れない。高知らしい、なんというか単純であけっぴろげな感じもいい。同じ笑われるでも、「ですか」と「とさか」じゃ全然笑いの質が違うはずだ。
今日、雑貨屋さんで広がった会話。これフツーの反応だと思いますよ。
おいら「高知のカードはですか、ながよ」
ふたり「ですか???(爆笑)」
「トサカ」。もしや候補にあがっていたけど、つまらん会議かワークショップで採用されず、当たり障りのない「ですか」になったものと勝手に邪推までしてみる。だけど、こういうもので中途半端なネーミングほどイライラするものはない。失敗のはじまりだ。試みが良いからこそ、ネーミングの悪さが際立つし、ネーミングが悪ければ試みはうまくいかないことだってある。もう高知はそういうことにいい加減気付かないといけないようにも思えるし・・・
今ならまだほとんどの人が「ですか」のことは知らない・・・!
今なら「トサカ」に余裕で変えられると思うのは、おいらだけか?

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住民力と1%条例

 高知県では、弱体化した県財政の問題もあり、「住民力」を高めることを大きな政策の柱にしているように見える。
  「住民力」とは、県財政の極端な悪化のなか、地域住民と行政が知恵と力を合わせて、介護、子育て、自主防災、健康づくりなどの各面で「支え合う」仕組みをつくっていこうというもの。要は官のサービスを従来通り行政で行なうものと地域で行なうものをさび分けし、官民で支え合うという仕組みだ。

 今の段階では声かけだけに終わっているがいよいよ来年度から本格化するといわれる、だけどいまいち誰も実態がよくわからない「アウトソーシング」、無批判無節操な施設放出が文化大革命ばりの文化危機と雇用危機を招く予感もある「指定管理者制度」、南海地震に対する自主防災会の組織などもそのひとつになる。
 ここで問題になるのは当の「住民」である。現段階としては「力」以前の状況にあるのが実態で、NPOについても先日のフォーラムがそうであったように経済「力」なきNPOが頑張ってギリギリの線で活動をしているのが実態だ。そして、その弱さを補強するために送り込まれているのが総勢60名におよぶ応援団の皆さんだ。実行力や企画力はあるが、経済力が伴わない。いや、伴えない社会構造とでもいうべきか。
 また、だいたい危なっかしいのが指定管理者制度でもアウトソーシングでも、県側がこれをただの「安く済む外注」程度と考えて従前の4-5割とかで予算をつけてくる可能性が強いということで、どこかの公園の指定管理者制度では実際にそんな吃驚するような数字を出してきたのだとか。むろんそんな非常識かつ都合のいいものが全て許されるわけではないけれど、請ける側が「クレクレ君」になってしまえば、元も子もない。それでもいいでーす!と手を上げてしまえば、そしてそれで落札されてしまえば、その数字は標準値になる。
 これじゃあ官本体は年数パーセントの給与削減で済むかも知れないけれど、NPOや住民活動で身を挺して「住民力」を実現しようとしている人々はまさに「負け組」的な経済の底辺に置かれたまま激務を果たさなければいけないことになる。事実、NPOスタッフの大半はヒルズ族の月給程度、下手をすれば日給程度の年収しかないのではないか(w
 たぶんこれではみんな貧乏になる。なにより、ある程度懐に余裕のある団塊世代がリタイア後、NPOや組織をバカバカと立ち上げて行くのは間違いないわけだけど、「余裕」があるあまり仕事を「安く」請ける可能性があるのも恐ろしい。これでは「次の世代」が育たない、いや育てない。
 ART NPOの領分で考えても、たとえばやなせたかしさんが無料でロゴを創ったりすれば、当然どこかに皺寄せが行く。デザイン事務所からすればある意味迷惑かも知れないし、将来を考えると「何もかもやなせたかし」というのは「なんでもかんでも坂本龍馬」と同じで個性が没個性化していく第一歩につながりかねない。だけどやなせさんの無料という部分や、検証もしていないのに「訴求力がある」という理由でポンポンと似たようなキャラクターが県内に続々登場している。悪くはないが、良くもない。いや、はじめはよかったんだ、だけど今は・・・という話だ。
まあ話を戻す。
 なにはともあれ、「住民力」とはつまりは行政と民間のワークシェアリングだ。その方向性は特に不満はない。なんでもかんでもやってくれる親切丁寧な官を解体してNPOや市民といった民の「結い」で地域を運営していくというのは、なんてことはない、ほんの120年くらい時計の針を元に戻すだけの作業なのである(田舎だけの話/トーキョーは別)。人口もその時代との均衡へ向かって収縮していくのだから、120年後の未来を思えば仕方が無いわけである。
ただ、ここには財源のお話が含まれていない。税金はあくまで県が握ったままで、仕事だけ一緒にやろうというわけだ。これじゃあ国対地方の構図と何も変わらない。
「地方は地方らしく、共助の精神で暮らせ」
これが今の「東京政府」の考え方。要は東京の足を引っ張る田舎は「みんなで助け合って、貧しく静かに暮らしなさい」ということだ。だから財源なんてほんのわずかしか譲ってくれない。
 むろん高知でいわれる「住民力」はそんな短絡的なものではないだろう。まあそもそもの財源が東京政府から借りてきているものに等しいから変なことは言えないんだろうけど、知事がそこまで旗を振って「お仕事譲りますorお仕事一緒にやりましょう」というなら、「財源」も一緒に「ちょっとだけでも」譲ります・・・そんぐらいの方が一緒にやる気になるというものだ。てゆか、やっぱりそれがないと「住民力」は育たないのではないか。
 ちなみに、千葉県の市川市では「1パーセント条例」という政策を実行している。これは、市民が納税額の1%を応援したい団体に寄付をすることができるというもの(むろんしたくない人はしなくてもよい。ここもミソ)で、寄付をしたい住民は役所に納税通知書と寄付先を明記した申込書を出せばよい。
 まあこれは自主財源比率が70%を越える市川市だからこそできる技という側面もある。だけど、森林環境税に続く地域内自主課税を地域のくらし保全政策へとつなげる税制として、これを高知流にアレンジした上で導入してみることを考えたらどうだろうか。高知はNPO活動も比較的盛んな土地柄だし、理解は一定得られるのではないか。
 この条例は、ある意味「公益信託高知市まちづくりファンド(市)」や「こうちNPO地域社会づくりファンド(県)」で実現している部分もある。これらのファンドは基本的には行政が資金を拠出し、その運用益などで?市民活動を支援するというもの。いうたら税金ですよね、使っているのは。だけど、間に宿命として選定過程がわかりにくい審査員や審査会があるので、市民の選択権は実質ない。そこが違う。・・・まあそこらへんをかえることができれば、これらの資金を新税制とリンクさせることも考えられそうです。
・・・いや、すいません詳しい税制のことはよくわからずに書いている部分があるので不適当なところがたくさんありそうです。
 まあなにがいいたいかというとですね、もっと社会がNPOや市民活動というのを本格的に市民そのものが主体的に後押しできる構造が必要なのではないか、ということです。




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どれがどれやら。個性なき新町章の数々

えー。なんというか、今回の平成の大合併ではよくわからない名前の、さくら市だのみどり市だのなんだのと、もう全く歴史も地理もへったくれもない、たぶん「今」のことしか考えていない新市町名があふれだしているわけですが、どうやらこれは「紋章」でも同じようです。
クイズです。
下の5つの紋章は、仁淀川町、黒潮町、四万十町、津野町、中土佐町のものですが、どれがどれだかわかりますか? おいらにはさっぱりわからん。

shimantocho.jpgniyodogawamachi.jpgtuno.jpgnakatosa.jpgkuroshiocho.jpg







そもそもこういう紋章や市町村名の応募は一時期ブームみたいなもんになっていて、それも全国から応募をするもんだから、その土地を訪れたこともない奴らがこぞって応募してきおるわけですよ。だから黒潮町だなんていう名前も出てくるわけですが、紋章も同じ。応募者の出身地はどれも県外です。このうちその町を訪れたことのある人ってどれくらいいるのか聞いてみたい。
まあこんなんですからね。なんだかなーと思いますわ。。。
市町村合併に伴うシンボル公募に挑戦しよう 4




ここでこたえあわせ
左から順にいきます。

四万十町
採用者○和歌山県田辺市
表現内容○四万十町の『四』の字と合併町村数を配して四万十川のイメージを図案化、豊かな自然に育まれた共生する人々の活力に満ちた安らぎの郷を表現
仁淀川町
採用者○北九州市
表現内容○仁淀川町の「に」の字をモチーフにした親しみやすいデザイン。美しい川、深い山々、町民の力をそれぞれ青、緑、赤の3色で表現
津野町
表現内容○倉敷市
表現内容○「つの」の文字をモチーフに自然と共生し、明るい未来を目指して躍動する町民の姿が表現
※委員からは、緑の大地と青空を基調とした配色に対し、委員から「太陽の赤を取り入れたらどうか」との意見も
中土佐町
採用者○静岡市
表現内容○山々の緑と太平洋の紺色を基調に、頭文字のNをモチーフにしてさわやかな自然を表現
黒潮町
採用者○豊橋市
表現内容○大地の緑、太平洋の青、太陽の赤の3色を、黒潮町の「黒」の文字をモチーフにして組み合わせたシンプルなデザイン。豊かな自然に恵まれ、力強く明るい将来を目指す町のイメージを表現





どうですか、出てくる「理由」の凡庸さ。緑の大地と太平洋(もしくは川)、たまに太陽。その3つしか高知にはないようですね、はい。
でてくるデザインもどれも同じ感じ。中土佐町がやや具象的だけど、四万十市と仁淀川町はデザインの考え方が気味が悪いくらいに同じです。
さわやか、躍動だのと二の句も同じ感じだしね。
まあ間もなく香南市や香美市も発表されるので、乞うご期待・・・?




 また落ちた!しばらく書かないとすぐ落ちる、「サボり」にとっても敏感な四国ブログランキングをポチリ。

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まちなかに、大きな森、なんて。【ダイエー高知店の跡地利用】

daiei.jpg

 ダイエーの高知店が11月末で閉店ということが決まったらしい。もともと四国のダイエー自体が全て閉店ということになっていたから、まさに織り込み済みの話で、まあ特に驚くこともなにもない。ついにその日がやってきた! ただそれだけのこと。とはいえ、3年前の西武百貨店に続く中心市街地からの大規模店の撤退は、いくら集客力が底を打っていたダイエーといえど、商店街にとっては痛いことに違いない。
 そんななか、ダイエー跡地の利活用について、相次いで提案が出てきている。

土佐経済同友会さんのダイエー跡地計画
高知大+図書館+百貨店(大丸)+大規模地下駐車場+住居の複合施設をつくったらどうぜ
帯屋町二丁目再開発検討協議会さんのダイエー跡地計画
 追手筋小と老人施設+店舗/住居等の複合施設をつくったらどうぜ
 ふーんと思っていたら、まるでタイミングを合わせたかのように、
今朝の新聞には高知県が女子大+図書館+県民文化ホールの複合施設を高知駅前の再開発地区に持って行くことを考えているという記事が登場。
 なんだかにわかに盛り上がってきていますな。しかも図書館が大人気です。学校が大人気です。
 西武は完全に蚊帳の外です。どーするんでしょう。
 まあこうしたプロジェクトがこの先どうなるのかは分かりませんが、いずれも市街地の活性化や職住接近などによる中心部への人口回帰を目指す動きといえると思います。また、大学法人の再編で厳しい荒海へと放たれた高知大や、しばらく「改革」で袋だたき状態にあった女子大の立て直しというのも大きなポイントになっているような気がします。
 しかし、これまで美術館や歴史民俗資料館をはじめとする文化施設、高知医療センターなどの医療福祉施設、高知女子大池キャンバスや高知工科大学を次々と郊外につくり、周辺道路の整備と中心市街地への巨大駐車場設置など、すっかり逃れようのない郊外型社会/自動車中心社会をこの高知は構築してきてしまっているだけに、ちょっと遅いよ〜というのがおいらの抱く感想です。
 まあそれでも、文化施設や居住空間の中心回帰は歓迎すべきこと。これから先の人口減少時代における都市計画としては、街をコンパクトにまとめていくことがインフラ維持や防災防犯、都市環境といった観点からみても必要なことだと思います。
 そういう意味では、これらの計画は夢絵図として見ていれば面白いし、時代の流れにもまあまあ合致していると思うんです。だけど、どうにも「大きければいい」という80年代的な開発思想が残っているような気も。現状のプランでは、なんだか全体的に夢に近い大規模開発に傾倒しているように見えてしまっているような気がします。そして、その開発場所周辺は元気になるだろうけど、まちなか全体が元気になる仕掛けにはなってないようにもなぜか見えてしまいます。
 あまり大きい話になりすぎると、実現の速度にも影響するでしょうし、そうなれば「やっとできたけど、できてみたらまわりの商店街は・・・」てなことにもなりかねない(というぐらい危機感があるとみちるさんのブログを見ていてふと思う)。
 また、こういう再開発が成功するかしないかというと、どちらかというと意外と「?」な部分も多いですよね。高松も松山も大規模な再開発をしたけれど、それが大成功しているかというとそうじゃない。それよりは、北浜アリーのように金をかけずに古い建物生かしてまちの端っこでなんか仕掛けたりしている方がよっぽど固定客がついていたりする。松山でもちょっと金入れ過ぎでおかしくなってきつつありますが、坂の上の雲に合わせてロープウエー街に若い人やおとりよりが混じり合いにぎわってきている。そういうのを見ていると、極端な開発はもう時代遅れでしかなく、「まちなか」全体として職住接近やおもろい店ができやすい土壌作り、人が自然ときたくなる場所づくりを考えて行く方が、長い目でみたら必要なのだと思います。
そこで提案。
 ダイエー跡地とかは、逆にアーケードを外しちゃって、商店街の南側店舗から北の一帯をおおきな「森」にしちゃったらどうでしょうかね。高知はまちなかに緑がないです。人がのんびりだらりと集まっていられる空間もかなり少ないです。別に店をつくらなくても、気持ちがいい空間なら人はきます。なんでか高知は暑苦しい空間が多いですからね(泣)
 この先の30年を見越せば、そんな思い切った転換もありなように思います。それに、こんな森の中に敷き詰められた石畳の小道でマルシェをしたり、森の中でラララをしたりした方が面白いんじゃないかとか思ったりもします。大丸をダイエー址に持ってきてもまちなか全体としてパワーバランスが変わるだけですが、ダイエーの址に今までまちなかに無かったものが生まれれば、それはまちなか全体のパワーアップにつながるはず。。。今の商店街の姿も自然と変わって行くでしょう。。。イオンの横にでっかい公園ができたりする前に、早めに手を打った方が(笑)
 とまあ「絵空事」を書いてみましたが、要は商業施設でまちなかに人を呼び戻すのではなく、気持ちいい空間でまちなかに人を呼び戻す・・・そんな考え方もありなんじゃないでしょうかね。
 正直、今の帯屋町には、気持ちのいい空間がありません・・・休むところはほとんどないし、木陰で休むなんてのもできない。夏のまちなかは、正直困りもんですもんね。熱いったらありゃしない! 柳町とか、正直歩けません。
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→最近アクセスはアップしてもランキングに比例しないという悲しい事態に頭を悩ませています。
んで、意外と一日何回も押してくれている方が居る模様。一日一回しか反映されませんのでご注意を・・・!

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観光客エゴと地域エゴ【学ぶべきことの多い絵金蔵】

 どこでみつけたのかは忘れてしまったが、いまなお住民が暮らす白川郷に関する議論掲示板みたいなところで、「住民が出ていった方が美しい景観が守られる。。なんでまだ住んでんの?汚らしいよ」なんていう意見があって、またそれに同調する意見が多くてびっくりしたことがある。
 白川郷では観光客がいきなり家にずかずか入ってきて写真を撮っていったりとする事件が多いというけど、ああこういう気持ちでいる人って結構多いから、ずかずか入っていけるんだなあと妙に納得したものだった。以前白川郷に行った時も、平気で田圃に観光客が入って記念写真を撮ったりしている姿をみて、あまりのふてぶてしさに驚いたりしたことがある。

「観光客エゴ」と「地域エゴ」
 「客」なんだから「お金払ってるんだから」「きてやってるんだから」という観光客エゴ(観客エゴ・客エゴ)は、あまり行きすぎるとどこかで何かをおかしくする。むろん、「客」という存在は、多くの場合たとえば入場料とか移動時間といったものを割いてその場にやってきているのであって、支払った額や時間に対するサービスを求める権利(もしくは求めたい気持ちといった方がよいかも)がある。だけど、その権利は主張しすぎれば「エゴ」になる。いくらきれいな風景を見たいからといって人の家に入る権利はないし、地域の文化風俗・いま、そして未来へと続く歴史を破壊する権利はない。
 だけど、観光にも関わる今の仕事をしていて思うのは、世の中そんな人ばかりだなあということであったりもする、悲しいことに。また、観光客を受け入れる側にも、こうしたエゴを大切にしようとする意見が以外と多い。まあ、実際にはこの線引きってとっても難しいんだけど。
 また、こうした観光客の権利を逆に圧迫しようとすると、「(観光地側の)地域エゴ」として片づけられる。あまりにその地域のありようやそれまでの仕儀、文化にこだわるあまり、観光がサービスであるということを忘れている、といったような指摘だ。せっかくきてくれるんだから、観光客の立場にこそ立った施設づくりや観光まちづくりを進めるべきだ、というわけである。そのためには、ある程度の文化や生活、伝統の犠牲も致し方がないと。
 だけど、この場合観光で食おうとして最も大切にするべきものを捨てたがために、その最も大切なものを見たくてやってきた観光客をがっかりさせることにも往々にして繋がっている。わかりやすいところでいえば四万十川なんかがいい例だろう(ちなみに四万十川は、JTBの調査で観光客の期待値が高い一方、リピーター率の低い観光地としての評価がなされていた。同様の観光地としては札幌、白川郷、宮古島、長崎などがある)。
 こうした観光客と地域側の受け止め方のずれ。それ自体が生まれることは全くもって仕方がないが、おいらはこれからの時代においては、個人的には後者寄り、すなわち観光客の変なエゴに付き合うことなく、地域の文化や伝統、環境といったものをきちんと守る非常に好意的な意味での「地域エゴ」を押し通す方がいいのではないかと思っている。それでは確かに観光客の短期的な満足度は低いものになるかも知れないし、リピーター率は低くなるのかも知れない。だけど、それで一番大切なものを失うよりはましだ。そうそう、京都の三条通みたいにならないように。。。
絵金蔵はフラストレーションがたまるのか
  さて、このいい例が、このブログでも時折登場する赤岡町・絵金蔵と絵金祭りにあるような気がする。この絵金蔵は、それまで町内の個人がめいめいに所蔵していた絵金の「おどろおどろ」な屏風絵23点を収蔵保管している。そして、本物は「蔵の穴」というレンズを通して見せ、絵金祭りの夜を模した暗がりの展示室にレプリカが並んでいる(提灯を持ってこのレプリカを見ることができる)。
 開館以来、県外からやってきた人は必ずといっていいほどに連れていく施設なのだが、ほとんどの人たち(絵金は元々は知らない人たち)が絵金の面白さに触れ、「本番の絵金祭りも見たくなった! また今度来ます!」と言って帰っていく。ただ、本物を見れないことにフラストレーションをためる人もいる。ここまで来たんだから、どうせなら本物をみせてほしいと。また、7月中旬に高知にこれない人のことを考えるべきだ、どういうつもりだ何様のつもりだという人もごく希にいる。・・・・むむむ、どうやらそこがこの施設の最大の弱点であり最大の強みのようだ。
たとえばこんなご意見こんなご意見
 確かに、本物を守るために本物を見せずにレプリカを見せる行為は、観光客側にフラストレーションを溜める可能性はある。しかし、年間を通して本物を見せるという行為は、年にたったの数日とはいえ野ざらしの展示を長年にわたり続けてきたことや、「個人蔵」という環境で保管されてきたことで相当の劣化が進んでいるという屏風絵本体のストレスを高めることに他ならない。その結果、本番のお祭りで見せれない状態にしてしまったのでは意味がない。蔵に納められた絵金の屏風絵は、今に続く「本来の目的」・・・美術館や博物館の檻の中で見ることに意味があるのではなく、ハレの日に路上や境内に飾られることにこそ意味があるのだ。
 その屏風絵をたとえば常設展示にすることは、それだけでも当然劣化をより進行させることにつながるだろう。修復すればよいじゃないかという意見もありそうだけど、個人蔵の作品群ではそれもそう簡単ではないし、修復はできることなら避けることが望ましい。そういう本物志向の強い人に限って、修復されていると「なんだ修復されてんのか」とか言い出したりするし。
 また、赤岡の屏風絵は、いずれも暗闇の中で百匁蝋燭のもとで見ることが大前提の構図(蝋燭の光があたるあたりを中心とした構図)であり、彩色技法(ある屏風絵は百匁蝋燭の光でゆらゆらと照らされると、絵のほぼ中央に描かれている血の部分に混ぜられた何かが光り、まるでどろどろと流れる血のように見えはじめるのだという)が使われているという。少なくとも、煌々とした光のもとで赤岡の屏風絵を見ることは間違いといえるし、その迫力はどう工夫したところで本番の4日間を凌ぐことができるようなものではない。
 おいらからすれば「7月中旬に高知にこれないひとのことを考える」のはナンセンスで、「毎年7月中旬ならきっと永遠にこの祭りはやっているから、どうか見に来ることを考えてください」といかに伝えるか、そのことの方が大切だ。その点では、絵金蔵はかなりいい線をいっていると思う。
「本物」の価値を理解している(と思われる)絵金蔵
 いずれにしても、絵金蔵は、おそらく「本物みせぇ」という批判が出ることも承知で、この大前提をとても大切にしているんじゃないかと思う。本物はそれまでの「個人の家の中」から「蔵の中」に移ったけど、本物を見たければ絵金祭りに合わせて見にきていただく他ない。江戸時代末期なのか明治初期なのかは分からないけど、少なくとも100年以上に渡って続いてきた生きる文化を守ろうという赤岡の姿勢がそこには垣間見える。いわば、赤岡や屏風絵のコンセプトを忠実に守っていこうとしているわけだ。
 そして、そのことはどうも「暗くて危険」としょっちゅう言われるらしいが、「蝋燭で屏風絵を見るという行為」を疑似体験してもらう展示室の在り方にまで徹底されている。とにかく、できるだけ「本物」・・・つまり暗闇の中で蝋燭の光で絵を見るということ・・・へのこだわりが半端ではないのだ(そう考えると、色味の再現性が低くなるのは宿命とはいえ、レプリカの出来が決してよいと言えないのは残念)。ちなみに、この展示室が「暗くて危険」なら、絵金祭りの前に行われる宵宮の時の展示は、もっと「暗くて危険」だ。
本物は本物の場所で。レプリカは、本物らしく
 このことを書いていてふと思い出すのが、阿波踊りがステージで一年中見れる徳島・眉山の麓にある「阿波踊り会館」。これって「観光」という立場だけで見たらいいのかも知れないけど、夏祭りとしての「文化」という立場から見たらどうなのかなとも思う。やっぱり夏の町中で汗かきながら見るからこそ阿波踊りはいいのであって、クーラーのよく利いたステージで踊っているのを見たところで、果たして一体「阿波踊り」を見たと自慢していいものなのか。少なくともおいらはそんなの見たくない。
 本物の場所がまだ生きているのなら、やっぱり本物を本物の場所でみたい。本物を補完するイベントや施設をつくるなら、できる限り本物を意識したものであった方がいい。そのギリギリをせめて模索してほしい。そして、何よりかにより本物を見たいと思わせるものであるべきだ。ステージでやってる阿波踊りをみても、阿波踊りの本当の魅力はおそらく伝わらない。狭い道に列をなしてぎゅうぎゅうに詰まりながら踊りまくるからこそ面白いのであって、横に長いステージで踊っても、なんだかただの盆踊りになってしまう。・・・まあこれもある意味「観光客エゴ」なんだろうけど。
 赤岡の屏風絵については、年に数日でも本物に触れんばかりの距離で見ることができるという、まさに屏風絵に「旬」の瞬間がいまなおあるという事実にこそ目を向けるべきなのだ。本物が見たければ、本物が出る日にきたらいい。「本物がみたいのに、レプリカかよ」という人には、自信をもって「7月に来てください」というしかないのだ。絵金蔵は、それができない人のために、せめて疑似体験してもらうことに徹するほかない。展示室も、おいらはもっと暗くていいと思うぐらいだ(せめて足許を照らす床置照明はいりそうだけど)。蔵の展示はなんか暗くて危険な感じだったけど、本番の4日間は一体どんなに危険な感じなんだ??と思わせるぐらいの。
 また、こうした観光客エゴに振り回されることなく、こうした赤岡の姿勢や「過去から現在、未来へと続く」文化としての価値、絵金屏風絵の美術史的価値・・・という側面をより強調した研究・情報発信・教育普及に向けた活動を進めていくことも大切なように思える。
おまけ
 美術館の常設展示でも、「目当ての作品」は数年に一回しか展示されない。以前おいらが京都にいたとき、高知県立美術館収蔵作品の一番人気・舟越桂の彫刻を見たくて帰ってきたら出ていなくて、受付の人に聞いたら「次は来年の展示になります」と言われてがっくしきて、しかもその時県外からお客さんを連れてきていたので「収蔵庫あけてみせぇ」なんていう傲慢な注文をしてしまった(今考えると最悪です。てんぱってました。ごめんなさいあの時の窓口さん)。このとき学んだのは、目当てのものを見たければ、なんぼ遠くに暮らしていても、たとえ重要なお客さんを連れていっているとしても、めあてのものを見せてくれる時に行かないとだめなのだ・・・なんていう当たり前のこと。美術館の場合は、ダメなら図録でみるしかない。
 赤岡と絵金蔵の場合、たったの4日間しか本物は展示されない。でも、残りの361日間、「観光客」のためにもここが絵金の町であることを伝える必要、もしくは伝えたいという思いがあった。また、高齢化が進む町の中で、個人蔵の屏風絵を永続的に保管する体制を整える必要もあり、研究・情報発信を図る体制を整える必要もあったのだろう。
 その様々な天秤をかけてできたのが絵金蔵。こう考えると板挟みになるのは宿命なのかも知れないが、「一番大切にしたいこと」をしっかりぶれることなく守ろうとする姿勢は、むしろ学ぶことがたくさんあるような気がする。
・ ・・でも、「蔵の穴」だけは正直ストレスがたまる・・・レンズが邪魔くさく感じるのは自分だけだろうか
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コンサルタントの憂鬱

「地域づくり」のコンサルの仕事に就いてはや8年目。主に行政を通して住民の方と一緒に「地域づくり」という行為に携わるこの仕事、ここ数年で急速に嫌気がさしてきてしまった。
 結局、この仕事は行政やコンサルの「思い通り」にある程度コトを進めてしまうことができるのが実情だったりする。むろん、行政やコンサルが「こんな地域であるべきだ」と考えていることが、イコール住民の望む地域の姿であることもあるが、実際にはここで考えられる「あるべきだ」という像は、ごくごく普遍的なものであったり、至極当然に生まれてくるアイデアでしかなかったりする。

 また、これからの地域がどうあるべきかという長い目での論説ではなくて、意外と短視眼的なのも特徴で。意地悪くいえば、たとえば歌舞伎や神楽などの「芸能」であれば、その演目の意味や背景を考えたり知ることではなく、ただただいかに舞うか、いかに弾くかといった小手先の技術だけになってしまっているというか。
 なんか違うと思うんだよねぇ、こういうの。初期砂浜美術館や赤岡の歌舞伎などのように、「思想」が先に生まれて「技」がそこから派生してきた地域づくりには、こういう禍々しさは当然ないし、きわめて長い目線でモノゴトが考えられているような気がする。だけど、行政又はコンサルが思いっきり絡んでいる「地域づくり」の現場には、まずワークショップはどうあるべきかといったこと、まずいかに参加者を広げるかといったこととかに囚われてしまうし、長くて3年のうちに成果を出すことが、ほぼ間違いなく求められる(役人には異動がありますから)。また、コンサル側はコンサル側で、企業として利益を追求しなければいけないので、たとえば計画の策定手法やワークショップの技法というのは定形化もしくはキット化を進めていかなければいけないし、いつまでもひとつの「現場」にこだわって仕事をし続けていると仕舞には怒られてしまいかねない。自分がそーだったように。
 なんかそういうのがイヤになってしまったのだ。どちらかというと、おいらの場合行政と仕事をするということに。てゆか、行政>コンサル>住民という図式に嫌気がさしたというか。最近ではこれに行政色の強いNPOが入ってきてますますタチが悪いことになっていますけどね。。。
 あと疑問なのが、こうした「地域づくりの現場」に参加する住民は、当然ながらごくごく一部なのだということ。大多数の住民は地域づくりという事に、悪い意味ではなく興味がない。一方、参加する人々は「一人でも多くの参加者」をつくろうと必死であったり、もしくはこうした場が設けられることは「チラシ」や「小さな新聞記事」でアナウンスされてるから、こない方が悪い・・・といったようなスタンスで『参加している者こそ正義』的な感じでコトを進めざるを得ない。
 大抵の場合このアナウンスの手法にも問題があるんだろうけど、より根元的なところで自分たちの暮らす地域に「関心」を持って貰うことのできるような仕掛けをしておかなければ、ただ単に「こんな集まりがあるから参加しませんか」とか呼びかけたりしても反応できるはずがない。ましてやそれが単なるイベント的なものであればなおさらだ。
 あと「若い人がこない」という嘆きをよく聞くんだけど、こういう場にこないでも「若い人」は結構自由きままにやってるんだよね、分かりやすいところでいえばお店やったりとかライブ仕掛けたりとか、こういう現場にくる人たちの知らないところで。そしてこういった店とかでやってるイベントの方がよっぽどたくさんの業種の人、世代の人がきていたりして(笑)
 「地域づくり」って、たぶんこんな色々の人の思いが重なりあって自然発生的に育っていくもんだ・・・というか育っていかないといけない・・・と思うんですよね。一部の住民さんや、一部のコンサルさん(コンサルさんも住民だ)、そして行政さんの思惑とは全く違うところで。
 なんかうまくまとまりませんが。逆にいえば、最大公約数を建前上とらざるを得ないコンサル行政・一部のNPO型のまちづくりにも限界があるということですかね。なんか最近思うのは、いたずらにネットワーク広げて最大公約数のまちづくりをやるよりは、ホントに意識を同じくする少ない人数でまちに「関心」を持ってもらえるような仕掛けをした方が、はるかに「まちのため」になるんでないかということだったりする。その方がよっぽど濃いし、よっぽど力がある。高知遺産とかはそんな感じだったから受けているような気がする。
いつかつづく
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高知遺産と「団塊の世代」

高知遺産の陰のテーマは「団塊の世代」と「団塊ジュニア」の価値観の相克だったりする。
団塊は創造と破壊の世代であり、ジュニアは創造への無関心と利用の世代。
団塊やその上の世代が汗水たらして創造してきたモノコトをジュニアは「与えられて」育ち、団塊がそのモノコトを破壊して創造を繰り返そうとする中で、ジュニアは「与えられた」モノコトの喪失を嘆いている。
団塊が「集う」ことに価値観を見いだし、その中で創造と破壊を繰り返す世代とするならば、ジュニアはより「個人」を重視することに価値観を見いだし、その中で自分の価値観に適合した『創造されたもの』を利活用することに長けた世代といえる。
むろん団塊もジュニアもそれぞれ全ての人々がそうだというわけではないけれど、世代観として見たときに、この傾向があることは否めないんじゃないかと思う。

高知遺産の大きなテーマは「記憶の風景」だ。
これはいま、高知のような小さな地方都市であってもどんどん破壊されていることへの憂慮が出発点なわけだが、参加者の多くが20ー30代であることからも分かるように、実はここに示された「記憶の風景」は、あくまでジュニア世代にとっての「記憶の風景」そのものであったりする。むろんその風景はあらゆる世代も一定は共有している。だけど、その風景への価値観の持ちようは恐らく随分違うに違いない。
高知における「記憶の風景」は、ひとくちには言えないが、その多くは強い開発志向のなかで翻弄され、消えていった。都市の拡大、都市の成長がその開発にとっては大前提であり、そのためならば旧都市の破壊は厭わない。破壊こそ創造。創造は破壊なくしてはありえないとすら言いたげな「地区総とっかえ」がまかり通ってしまった。新橋や品川の再開発ではないが、高知でも規模の小さな「開発」が今頃起きているのだ。
この本でジュニアがまとめた「記憶の風景」は、おそらくこうした開発志向とは真逆にある。都市の縮小、経済の縮小、人口の縮小。この流れの中にジュニアは生きていかなければならない。団塊世代が引退と共に食い尽くしていくであろう「財政」の荒れ野に、数十年後には主役として立っていなければならないジュニアの嘆き。開発という行為それ自体は否定できない。その中で自分たちが利益を得ていることだってままある。いやそれどころか、ジュニアのほとんどは嘆くどころが積極的にその開発の恩恵にあずかる。イオンの巨大SCなんて、その典型例だ。そういう意味では、団塊VSジュニアの構図という風にまとめるのには難があるのかも。
でも、「記憶の風景」に価値を見いだせないということ悲しいことはないと自分は思う。記憶よりも創造や破壊にばかり目を奪われて、常に更新される街のどこに意味があるのか、今はもう分からない。都市のダイナミズムというと、これまでは「更新」であったと思うのだが、その果てに一体何が残ったか。「更新」といいながら地域のアイデンティティを反映できない建物や空間が全国のあちこちに並び、高松と松山の違いが分からない人が増えてしまった。
こんな「記憶の風景」すら消費されるようになっていたのが、こないだ訪れた京都だった。リノベ系の店が立ち並ぶ三条通界隈では、リノベという形で「記憶の風景」を大切にし、その傍らで地域のアイデンティティには根本的な悪い影響(変質)を与える可能性を秘めていた。いや、ここでもアイデンティティの変質自体がいいことなのか悪いことなのか、また考える必要があるのだけど。
果たしてこの街はこの先へどこへいくのか。
団塊の世代は、まだまだゆうにあと20年はこの街を仕切り続ける(普通ならもう引退するんだけど、たぶん団塊はその異常な「ネットワーク」へのこだわりを活かして、NPOをつくって極めて企業的な地域活動に取り組んだりして「下の世代」の活躍の場を狭めるのではないかと思っている)。
たぶん、あと5年もしたらこの街に「高知遺産」は残っていないかもな、と思ったりもして・・・
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