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気になるあの宿[たにわき](越知町)

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泊まりたくなる宿がある。
小さな町の、小さなお宿。
飾り気のない、たぶんちょっとサービスが行き届かないような、おばちゃんがやっているような宿。

越知の街中に、そんな小さな宿があった。かつて仁淀川筋の水都として栄えた越知は、国道沿いを普通に走っていても面白くない。この町の面白いところは、旧街道沿いにのびる商店街や台地状に広がる住宅地の方なのだ。
この商店街の一角に、しっかりとした造りの田舎旅館、「たにわき」が佇む。
仁淀川流域をさんざん巡っていた頃から、ずっと気になって仕方が無かった宿のひとつで、何度宿の前で車を止めたことか。
高知には、公共が運営している小さな宿が多い。道の駅と同じように、公共が地域振興の名目で始めたような宿だ。たとえばオーベルジュ土佐山は土佐山村が作ったものだし、黒潮本陣は中土佐町の施設だ。高知はもともと宿泊施設が脆弱で、観光政策をいくら充実させても泊まるところがない!という状態が長かったから、公共が宿泊部門に手を出して行くのはある意味仕方のないことであり、必然だった。
だけど、そうした公共の宿に注目が集まるぶん、民間の宿には目がいかない。基本的な目線は、「サービスが悪そう」であり、「メシがまずそう」だ。ホテルもしかりで、高知ではセブンデイズホテル以外のホテルはどうにもサービスが悪そうな印象が拭えない。
でも、遊んでいるうちに夜になり、止むなく泊まった民宿が思いのほか良かったりする経験があるのもまた事実。結局、小さな宿やホテルの情報なんてものはほとんどどこにも流れていなくて、ただ知らないから行かないし、いいという話も聞かないからよくないように思えるという、ただそれだけのことなのだ。
「たにわき」は、その点でいくともっと知られていい宿だ。
街道に向かって翼を広げるように室が飛び出ていて、その真ん中の、ほんの短い石畳の通路を抜けると、すぐに玄関。淡青の色漆喰が出迎える。またここですぐには女将が出てこないところがいい。何度呼んでも出てこないのに、やがて2匹の飼い犬が来客に気付いて騒ぎだし、それで女将が走ってくるような感じ。小さな旅館は、こういう少し抜けた感じがいい。だいいち、フロント的なところがこの宿にはないので、ちょっと面食らう。まるで民宿のような抜け感。なのに旅館の風情。
泊まった日は、自分以外には来客がなかった。ちょっと寂しいけれど、いくつかの部屋を覗くと決して部屋は「死んで」いない。ふだんの客の入りを聞くと、先日までは合宿で満室だったとか。越知に泊まるという用事がいったいどれくらいあるというのか、それはよく分からないけれど、結構需要はあるらしい。
泊まった部屋は表から上がってすぐのところ。布団を2−3枚敷けば畳が埋まるような部屋で、窓を開けたら小さな廊下を挟んで中庭が見える。正面からは想像ができないけれど、ロの字型の建屋になっていて、中庭に風呂場がある。翌朝になってみると、中庭には池もあって、ちょうど手直ししているらしくたくさんの鯉がブルーシートでこしらえた池でわんさかと泳いでいた。
建物は、写真の通り古い。せっかく聞いたのにすっかり忘れてしまったけど、たぶん昭和もはじめのころの建物で、しっかり磨き上げられた木の手すり、風が吹く度にピシピシっと小さな音を鳴らす薄いガラス戸が、この宿の長い長い歴史を物語る。
鉄でできた外回廊や中折れして左右両側から上り下りすることのできる階段、一段だけの階段を挟んで上下する廊下など、増築の痕跡も多い。たぶん、水運時代や高度成長期など、いくら泊めても溢れんばかりの客人を迎えた時代に加えた造作なのだろう。
夜食は、宿の一角にある、息子さんがやっているというバーで食べた。翼の片方がモルタルで塗り固められ、ちょっとお洒落な感じになっていて、一見するとピザでも食べれそうな感じだ。
が。扉をくぐると同世代くらいの人々がカラオケやらなんやらで大騒ぎ。それはそれでなんか田舎の街らしくて好印象なんだけど、外のこじゃれた感と中の雰囲気のギャップにたまげる。しかも、何か食べたいと言うと、近くの豚太郎からのお取り寄せ。このギャップに、しばらく笑いが止まらない。越知の小さなバーで美味しい酒でもと期待させておいて、カラオケの大音響に包まれながらラーメンとビールですから。
だけど、なんか妙に楽しい。高知の街からもたまに飲みに歌いに来る人もいるというし、お客がいる限り朝までやっているというし、現実客席は全部埋まっているし。小さな町ほど飲み屋さんは元気なところがあるけれど、まさにこの店はその典型だ。
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朝。起きて歯を磨きに外廊下を歩くと、正面に横倉山がみえた。隣の建物がちかごろなくなったらしく、遮るものなく真正面に見える。見慣れた山でも、こうして歯を磨きながら見ると、すっかり知らない町にやってきたような気分になる。
灯台下暗し。身近なところでも旅はできる。身近なところで、こんなに楽しい場所がある。ネットやブログが浸透して情報がただただ垂れ流しに浪費され、そして振り返られることなく消費されていくだけの時代の中に、ふと取り残されたこんな場所。
こんな場所を見つけること、こんな場所を大切にしないと。
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谷脇旅館
高知県高岡郡越知町越知甲1612
0889-26-0008




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仁淀川から、くり茶が届く。

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土佐で一番のお茶どころ・仁淀川町で茶畑をやってる栗田氏から、注文していた茶が届いた。
とりあえず今日は袋を鑑賞。
なかなかかわいいパッケージじゃないすか。
茶袋のデザインって結構バタ臭いのが多いけど、こうすっきり楽な感じだとなんか嬉しいですな。
秋には紅茶も到着予定で、そちらもお楽しみ。。。
来年は、きっと摘み取り手伝いに行きます。




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高知は伊野の八代農村歌舞伎

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 いの町枝川に脈々と伝わる伝統芸能「八代の農村歌舞伎」へ行って参りました。
 
この歌舞伎は地元の青年団が八代八幡宮に毎年奉納しているもので、よその歌舞伎や芝居が続々と倒れていってしまった中で、次の代へときちんとそれを引き継ぐシステムが生きてきたとされている。
なるほど確かに地域の子どもたちもみんな集まって踊ったり遊んだりしているし、若い人もたくさんいる。

 なにより舞台に上がっているのは基本的に20-30代以下の青年団メンバーで、舞台を見守るのはかつてその舞台にも立ったこともあるであろう地域のおんちゃんおばちゃんたち。芸を地域として引き継ぎ引き継ぎ、江戸時代の昔から今へと続いてきているわけである。
 6時過ぎ、まずは地区の最若手が演じる「式三番叟」と「大黒踊り」からはじまり、次に子どもが演ずる「白浪五人男」へ。主役である子どもたちが口上を決める度におひねりが舞台に投げ込まれ、時々そのおひねりが役を演じている子ども本人にぶつかったりのハプニングも。なんかすごいぞ。子どももこの大舞台で一歩も引いていないし、大人たちは子どもを見守り、応援する構図がよく見える。地域と子どもの関係というか、そんなのがきれいに生きているなーとやや感動。。。
 ここからが長い(笑) 幕間を利用して、枝川小学校の生徒による「ソーラン節」やカラオケ、女形の舞などなどのプログラムが絶え間なく入り、現代劇に近いのではないかというくらい笑える「豊年踊り」も演じられる。もう内容的には完全にクダけているんだけど、それがまた「型」にはまっていなくて、おいらのような伝統芸能の素人にはとってもわかりやすい。
 9時頃からはメインの歌舞伎「矢田の渡し」。これがまた、一人一人がきちんと演じているし、なによりかにより面白い。歌舞伎の基本の型は守りながら、その型にはまらずに演じている感じもした。そして、それが心地よい。。。

↑後半で「かかし」が「すずめ」を倒すシーンに注目
 6時に始まり、終わったのは10時。昔はこうした奉納芝居や奉納歌舞伎や地域の最大の娯楽だったというけれど、そのありさまがまさに現代に残っているという印象だった。これは十分娯楽になる。つまらんテレビをみているよりもずっと面白い。そして、なんでこういう場が日本から消えて行ったのか、ふとわからんくなった。
(11/5)




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愛媛紀行 なぜか石鎚山。

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11月2日、ここ2週間ほどつきっきりでやっている仁淀川の観光案内HPの仕事の撮影で、仁淀川を河口から源流まで走ってしまいました。

 最初は、春野や土佐市など河口地域だけ撮影して帰社するつもりだったのです。
 なので、春野のJAや横浪の青龍寺や国民宿舎、伊野のかんぽなどをばーっと撮影して、12時過ぎには伊野勝賀瀬の「つがにうどん」がおいしくて眺めも最高!の「レストランあおぎ」で、レイザーラモンHGがいいとも!で腰を振るさまをみておりました。ほんとはここで店を出て右に出れば良かったのですが、なんか車の返し方を間違えて、思わず左に。つまり北。
 で、まあ仕方が無いので何かネタ探しだと思って吾北方面へ走るわけですが、ぽこっと「もしかしたら面河は紅葉なのではないか」と思ってしまったわけです。
 そうなるともう止まらない。まるで高速のようになりつつある吾北〜池川間の国道439号を越えて吾川で33号に入り、御三戸を経由して3時前には面河渓到着。紅葉は4割という感じで、あと2週間もすればすごいことになりそうな気配です。
 んで、ホントはここで引き返すつもりだったわけですが、やっぱり邪な気持ちが出てきて、せっかくなら石鎚も撮っておきたいと考え、石鎚スカイラインへ。んでその中間で何枚か撮った訳ですが、やっぱりどうにも諦められない。せっかくここまで来たからにはドンつきまでいきたい。そして、気がつけば終点土小屋。標高1400m余りの土地。愛車デミ子到達最高所です。
 まあなにはともあれ、はじめてまともに見ましたよ石鎚山。西日本最高峰。
なんとまあ男らしい山。スカイラインから見ると、石鎚の連峰が壁のようにそそりたち、なんともいえぬ迫力。この写真の左下には「ご来光の滝」という仁淀川のまさに源流があって、そうそう簡単に到達することはできないのだそう。いつかは行ってみたいもんです。
 そして、ほんとはここで引き返せば良かったんです。だけどもう元の道に興味を失ったおいらは、結局そこから「よさこい峠」を越えて本川へと抜ける道をチョイス。悪い道ではないけど心細くはなる60分の1車線勝負。
 町に戻った時にはすっかり憔悴、やはりドライブは計画的に。




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大渡ダムにあらわれた幻の集落「舟戸」【仁淀川町】

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▲現在の舟戸

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▲住宅立ち退き後の舟戸
 草原の中に、小さな鳥居と屋根のない家が点々と。今年の夏、大渡ダムにかつて舟戸とよばれた集落が姿をあらわした。

 台風14号が来るちょっと前のこと、渇水気味の仁淀川で写真を撮影しようと車を大渡ダムの方へと走らせていた。まあ早明浦ダムよりははるかにましとはいえ貯水率は40%を切っており、ちょっと危機感が流域では芽生え始めていた。
 大渡ダムの少し手前から国道を離れ、対岸の道路をゆく。たぶん10キロ近くはあるであろうクネクネ道の途中ですれ違った車は一台。まあ辺りに集落はほとんどないので仕方がないんだけど、なんか寂しくなってくる。
 でも、途中に太郎釜という小さな滝があったり、ひとっこ一人いない小さな沢があったりしたので、そこでもうかなり冷たくなった川水に足をひたしたりと休み休み走っていた。
 んで、その途中、ダム湖をかなり上がったところで、対岸に集落の跡がみえてきた。早明浦ダムの湖底から今年久しぶりにあらわれた「ダム反対運動の拠点だった」という旧大川村役場に比べると、棘がないあまりにも詩的な風景。
 山手の鳥居、屋根が抜け落ちて壁だけになった家の跡、ところどころ崩れ落ちた道路、おそらくそこだけは昔と変わらない、小さな沢と、それを渡る小さな橋。そして、かつてそこに家があったのであろうあたりには、まさに新緑とでもいいたくなる草原がひろがる。
 調べてみると、ここは昔「舟戸」という地区だったそうだ。小さな集落ではあったけど、芝居や相撲なども川縁の広場では行われていたという。まあ山間の典型的な小集落だったわけである。
 上の写真で手前にある大きな岩には、かつて半鐘が吊されいたらしい。得月館という旅館もあって、そこからの眺めはとてもきれいだったようだ。この集落が消えたのは、おそらく昭和51年頃。家々が次々に壊され、この集落に住んでいた人々は高知や大阪へとちりぢりになったという。以来30年、この集落は時折湖底から姿をあらわしては消えるのを繰り返している。
 もともとこの集落は、木のあるところとないところの境界の高さから察するに、ダム湖の高さからほんの少し「低い」というだけで全面移転になったもののようだ。だから、草原も青々と、のびのびと集落を覆っている。なにより泥を深く被っていないから、はかなくも美しい。
 この舟戸にいまアクセスできるのかどうかはよく分からない(おそらく北側からアクセス可能)けど、こんな情景を見ると、仁淀川町の人にいわれた「高知の人は、自分らばっか楽しんでおらんと、もっと水のこともこういう時(渇水時)ばあ考えんと」という言葉が響いてくる。
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 舟戸は、仁淀川を前にして三方が絶壁に囲まれ、水田が少しあるへき地であった。山の上から流れ落ちる谷を境に、しも手が鷲之巣、かみ手が橋の字になっている。
 明治二十三年国道開通によって、道芝の片岡千代次が谷のしも手に居を定め、鷲之巣大野儀太郎氏が、得月館のち市川旅館の位置に居宅を設け、その中間に宅宮浅吉氏が商店を開いたのが明治四十年、今から七十四年の昔である。由来舟戸は対岸別枝一円の玄関として発達したが、渡し舟の時代は去って、別枝口、秋葉口にその中心を奪われた。
 谷奥に宮島様を祭り、北の山手に金比羅宮の社があって、旧暦三月と十月の十日には、太鼓が聞こえた。川手の高い岩に半鐘を吊り、対岸沢渡谷の突き出しを借景として眺めた。
・ ・・村をたちのいても、ここに育った者は旧国道を通って車を止め、変わり果てた荒れ野に立って回想にふけり、高知市に転出したある姉妹は、はるばるここを訪れて水泳を楽しみ、幼児を追想永遠の別れを告げて帰っていった。
(「湖底に消えた仁淀渓谷」より)

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▲賑やかだったころの舟戸

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▲現在の神社跡。手前の大岩に鐘が吊ってあった
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仁淀川、あふれず。

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 朝目が覚めると、昨日の嵐が嘘のように。んで、いま丁度仁淀川の情報発信の仕事をしているのをいいことに朝から台風一過の仁淀川筋へと車を走らせてみました。
 河口から伊野、吾北、越知と回ったのですが、まー先週の渇水が嘘のような増水ぶり。上の大きな写真は今日のJR鉄橋。下の写真は8/10。おいこれは香川の川かというくらい、もしくは夏とは思えないくらい水が減っていたわけですが、今日はぜーんぶ川。

 たった一晩でここまで増えるというのも正直怖い。山の保水力がよほど低下しているのでしょう。。。池川の知り合いの方によれば、とにかくここ数年で一気に山が弱くなったと。すぐに茶色の水を山が吐き出すと言っていました。山が荒廃すれば川が荒廃し、海まで荒廃する。そして、そこに飲み水を求める人間は・・・都市再生だ郵政改革だなんだといまの政府はうるさいけれど、ほんとはこういうところこそまずは再生するべきなんじゃないかと思いますね。まー今の政府にはわからんだろうし、郵政こそが改革の本丸と信じてしまっている人にはもう全然伝わらないだろうけど(泣)

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 春野の堤防内にある畑もこの通り。畑主たちがなんかもー笑って畑の方を眺めていました。この畑ではこういうことがあるのも仕方がないんだろうけど、なんだか本当に御愁傷様です。

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 吾北方面まで行くと、まだあちこち停電しているらしく、随所に四電工の車が。吾北のレストランの駐車場にはこの通り作業員の皆さんが待機中。ご苦労様です。。。

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 まーそれにしてもこれだけの雨で大被害がなかったのは奇跡的だと思うのはおいらだけ? 堤防とか砂防堰堤とかよく機能した感じです。。。これは自民党が強いからなんですかねーそれとも交付税まみれだからなんですかねー。
「西やんのNPO奮闘記」で【更に不謹慎では有るが、災害復興と言う公共事業発注を待ったり、民間被害の補修工事を期待する業者の声も聞かれる。
ニュースを見ると「今回の台風は○○億円の被害をもたらし」と言う事を聞く。
被害と言う事は、復旧や相場などへの経済効果が有る裏面を皆さんは考えた事が有ったろうか?】
というテキストがあったんですが、いろいろ考えさせられます。。。
高知の場合・・・
災害復旧という名の公共事業がたくさん入る→交付税まみれになる→ついでに林業従事者がいつのまにか土木事業者にとってかわる→いつのまにかずいぶん土地全体が頑丈になって洪水もかわせる→同時に森が荒れて洪水が増える→ますます頑丈になる→ますます交付税まみれになる(公共事業頼みになる)→交付税カット→土木事業者やばくなる→林業はない→水はあふれないけど仕事はあぶれる
 うーん考え過ぎか

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仁淀川水切り大会と、おいらの「川の思い出」

 8月28日、仁淀川加田キャンプ場にて「第二回仁淀川国際水切り大会」を開催(主催/仁淀川お宝探偵団)しました。。。この水切り大会、昨年7月に一回目を開催したのですが、思いのほか好評で、第二回をやることになったものです。
 そもそも水切りとはなにか。まあ要は平らな石を川面に投げつけ、石を跳ねさせて遊ぶ、アレ。たぶん元川ガキなら、なにもいわなくても川に行けば自然にやってる、アレです。
 ここで早速話がそれていくのですが、おいらは、高知の川で育っていません。おいらにとって母なる川というと、島根・安来市の飯梨川です。子供時代は東京にいたので、当然多摩川なんていう中途半端な川で遊ぶことはありませんでした。そもそも川で遊ぶだなんて、当時の東京じゃ少なくとも考えにくいことだったわけです。まーたまに五日市とかの渓谷で遊ぶ程度。家からすぐの川で遊ぶだなんて、という感じでした。

 んで、毎年夏と冬は大抵母の田舎である島根に帰っていました。おいらにとって故郷というか「田舎」というと、高知というより島根なんですな。子供時代の思い出に、高知は実はいっさいない。なんせ東京にいた8年のうち、高知に帰った記憶があるのはたったの一度、小学4年の時だけ。
 しかも、その時母が叔母に泣かされたりしている(今は仲いいですし、いい人ですよ! いや当時も仲が悪かったわけではないのかも。子供時代なのでわかりませぬ)のを見ているので、正直高知は当時嫌いなところ(笑)。。。というわけで、子供時代の高知というと、その4年のときにみた光景しか覚えていない。。。その泣かされた横浜の親戚の家と、親戚がつくってくれたグフの模型、おいらが生まれてから4歳くらいまでいた昭和町の家の跡、そこから帰り道に見えた、高知駅北口側の道路からみた、高知機関区の屋根だけ。あとはいっさい覚えていない、悲しいことに。
 で、やっぱり田舎は島根なわけですよ。毎年夏、帰ると必ず行ったのが中海に注ぐ「飯梨川」。中国地方特有のベージュの砂地に覆われた川で、その砂地の中をサラサラと水が流れてる。深いところもないから溺れることを心配して泳ぐ必要もない。砂地だから、砂遊びがメイン。中州に水路を掘り込んで、その水路が徐々に水の流れで大きくなって行ったり、カーブのところがどんどんえぐれていく様を、なんだか妙にわくわくしながら見たのを、本当に今も昨日のことのように思い出します。
 舗装されていない岸辺の道路をチャリで走って、上流の方にある足立美術館(もしかしたらすぐ近くを流れる吉田川や伯太川の上流かも)や中海まで行ったりもしてましたね。そこで蛇にあって震えて帰ってきたことも。結局、この川との付き合いは、島根に帰省していた高校一年くらいまでずっと続きました(祖母の病気に伴い、祖父祖母が叔父のいる藤沢へ転居したため)。
 まあこんな川で幼稚園〜高校一年まで育ったもんですから、石だらけの荒々しい高知の川とは正直馴染みがありません。中学一年生のとき、東京から高知へ8年ぶりに戻ってきてはじめて行った川が仁淀川だったんですが、そのときも果たしてどうやって遊んだらいいのかさっぱりわからない。泳ぐといっても深いところで泳いだためしがない。石だらけの川で遊んだこともないから、水切りといってもピンとこない。まあ単においらが水泳が嫌いだったというのも大きいのでしょうが、自分と同じように神戸から転居したてだったという友達と一緒に、川辺でぼーっとしていたのを、これまたよく覚えております。
 いま、そんな男がNPO仁淀川お宝探偵団の理事を務めております、はい。
 んで、当日の模様。。。まずはお昼過ぎからバーベキューを開始。のんびり肉を頬張りながら、スタミナを選手たちがつけていきます。13時からは「仁淀川がガサガサ探偵団」。水生昆虫の第一人者石川妙子さん(探偵団団員)と一緒に瀬のところで網をガサガサ。カゲロウやヤゴがうようよ。結構でっかい! 以前仕事で鏡川上流の重倉川で昆虫調査をしたことがありますが、そんときとは大きさも量も違います。いくら渇水で水が減っているとはいえさすが仁淀川。
 それが終わったら、14時過ぎから水切り大会です。やっぱりここは高知です。「水切り」というと血が騒ぐ人が結構いるんですな。結構水切り腕自慢をする方も多い訳です。そこにつけこんだのが今回のイベントなわけですが、予想以上のエントリが。男性が18人、女性が10人、子供が16人。告知がギリギリになった割には上等の入りです。
 大会は男性/女性/子どもの3部門。やっぱりうまい人は異常にうまい。特に大人男子はかなり本気モードです。事前にかき集めた石を袋につめて参加しています。30回くらい跳ねさせている人もいます。もうおいらからしたら「なんでそうなるんだ」の世界です。
 結局優勝は、男性の部が国土交通省の方。さすがです。きちんと川とふれあって仕事してます。
 女性の部は、一位と二位が親子です。血は争えません。ちなみに一位には中津渓谷ゆの森の宿泊券。ここにだけは金をかけました、はい。
 そして子どもの部は、7月に開催した時に圧倒的な強さを見せたS君が圧勝です。

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 最後に、3者による「グランドチャンピオン決定戦」です。5回先勝で勝ち抜けという長丁場、これを制したのはS君。すごいです。軽く投げているのに、きれいに遠くまで跳ねながら飛んで行きます。黒く焼けた肌は、もうまさに仁淀川の子。将来の探偵団理事長間違いなしです。
ちなみに、カッパ登場しました。しかも3匹。うち2匹は、なぜか子どもたちとじゃんけんしてました。

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 おいらは飯梨川の子。当時、飯梨川と湘南海岸で遊びすぎて、武蔵野第四小学校の黒んぼ大会で第4位という微妙なランクに立ったこともある男です。だけど、できるのは水路遊びと足のつくところで泳ぐことだけです。
 なんだこの差は。あー、飯梨川で一日中遊びたい・・・

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池川でダッグレース【仁淀川町】

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 仁淀川町(8/1 池川町/吾川村/仁淀村が合併して誕生)の「池川清流まつり」に、仁淀川お宝探偵団事務局長のお誘いを受けて行って参りました。
 実は明日開催と間違えていて、お昼の「ダッグレース」だけ参加したのですが、これがおもろい。レースの概要は以下の通り。

1.参加者は一匹300円のダッグ(あひる)の人形の権利を購入

2.国道439号線から池川町中心部に入る河童橋(北浦橋)から500匹のダッグを放流

3.500m程度下流のキャンプ場へ先着を競う

4.先着3名にはDVDプレイヤーや洗濯機など超豪華な賞品授与

5.ダッグ回収


 これだけの単純なレースで、時間ものんびり。特に今年は水が少ないということもあって、放流からゴールまで2時間(例年は30分)! 事務局長もくたくたです。
おいらは5匹購入したのですが、残念ながらケツグループの400匹余りの中に入ってしまい、ひっかかりもしませんでした。でもこういうのんびりしたレースは楽しい!
 来年開催されるかどうかはまだ合併直後のためわからんそうですが、もし来年あるなら皆様もぜひ。
なお、夜は狭い谷間に開くド迫力の花火大会、池川神楽など催しものんびりたくさんございます。
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仁淀川にカッパ出没

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 7月10日、仁淀川加田キャンプ場にカッパが出没した。これまでも週1日、自転車に乗るカッパが仁淀川橋〜水辺の駅仁淀川付近で目撃されていたほか、名越屋沈下橋でも釣り人をじっと見るカッパなどが目撃されていたが、今回ついに撮影に成功した(これはまじで。いつもおいらは見逃していた)。
 上の写真では、子どもを追い回しているが、下の写真は子どもに逆にいじめられている模様。

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仁淀川でお花見

仁淀川の観光を考えよう!実践しよう!ということで去年から県の事業としてスタートした「観光ビジョン(仁淀川地域)」の新年度の集まりがあった。

とはいえ今年度からは完全なボランティア。
焦ってやっても仕方がないので、5年10年という長い目で仁淀川地域を盛り上げていきたいなあと。
場所は池川町の河畔、桜並木のキャンプ場。3時過ぎから飲み始め、気が付けば結局1時前まで飲み続けていた。さすがにそれだけ飲めば相当に酔っぱらう。昨日はちょっと飲まれてしまったような感じで早くも反省である(まあ酒の席は無礼講とはいえ)。
てゆかなぜ高新はいつもああいう「ぼやー」とした顔ばかり使うのだろう。まあぼやーとしてるんだけど。てゆかほぼ半目やし。

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ちなみに次回は仁淀村。たぶん5月に開催するので、仁淀川地域の観光に興味のある方はぜひご参加下さい。
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