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バスと土電でちと小旅


車をやめて旅をする。
いつも車に乗っていると、見えないものがたくさんある。
見てみぬふりをしてるもの、気付くことなくいつも通り過ぎていたもの。

薊野のバス停から、はりまや橋へ。高知でバスなんて乗るのは久しぶりだ。宝町に暮らしていた時代に、街に行くのにたまーに使うくらいで、秦泉寺や薊野くんだりに越してきてからは乗ることがなくなった。でも、調べてみると北環状線はイオンと街を結ぶ循環系統のバスが15分おきぐらいに走っていて、案外と便利なのだ。
バス停に着くと同時にバスが到着。桟橋車庫行き。だけど、どこ経由なのかが解りにくくて、一瞬乗るのをためらう。車外スピーカーからの「はりまや橋経由」の声で、なんとかはりまや橋を通ることがわかったくらい。
こういうのは、ちょっとバスから足が遠退くわなあとちょっと思ってしまう。京都に暮らしていた頃は、自転車とバスで十分だった。市電なき以降京都はバス帝国になっていて、循環は200番台でそれ以外は2桁の解りやすい?番号が振られていた。おいらが住んでいた銀閣寺道あたりなら、河原町に行くには17系統、白川通側から行くなら32系統が便利で、御所方面とかに行くなら205系統、大学へ行くなら5系統とはっきりしていた。それぞれのバスが最終的にどこへ行くかは知らないけれど、とりあえず番号さえ覚えておけば、だいたいどこを通るかはインプットされる。高知の路線バスも、一応1社分は番号は振られているようだけど、案外と路線が複雑で機能していないようだ。それゆえに番号は浸透していないし、浸透させようともしていない・・・感じがする。
だけど、バスの運転は京都市バス5系統並の荒々しい運転。左右の車線切り替えも頻繁で、カーブもぎゅっと曲がってくる。ダイヤが詰んでるんだろか?
はりまや橋で降りて、しばらく街をうろうろ。リベルテで珈琲でもと思ったけど閉まっていて、そのままいつまでも小さなナゾのレジスターが活躍する内田文昌堂へ。お連れさんはシールを買い込んでにんまり。ファウストで開かれているビリビリの個展に寄ってウンチョコを購入。車がないと意外とウロウロするねえ。時間を気にしないでいいし、ある意味無目的に町中を歩き探す。
ちょっと疲れてきたあたりで、はりまや橋へ。甘栗を買い込んで、ごめん行きをしばし待つ。2-3分おきにやってくるけど、ごめん行きは20分に一本くらいなのだ。
一番後ろの、運転席が見える場所を確保。ここじゃないと寝てしまう。いや、寝てもいいんだけど、久しぶりの電車なので、なんか一番楽しい位置で・・・という意識が。乗ったのは600系で、かつて安芸まで足を伸ばしていた土電の名車だ。当然ながらずいぶん使い込まれていて、ペンキの上にペンキが塗り込められた運転台やら扉やら。
ふとこういう鉄道車両って毎日走って走って30年も40年も持つのに、なんで車は10年も持たないんだ?と思ったりする。使い込んで古くさいかも知れないけど、こういうのを見るとなんかいろいろもったいないなあと今更思う。
ごめんまでは30分くらいか。しょっちゅう電車沿いの道は走るけど、ああこの建物はこんなに小さかったのかとか、こんなところに祠があったのかとか、こんなところに電停があるのかと、小さな驚きがいろいろ。車だとホントに前しか見ていない。
そう考えると、東京や京都あたりに居たときの方が、街の小さな襞を見つけていた。高知に帰ってきて時速60kmで駆ける毎日。たまに歩くにしても、たまにチャリンコでどっか行くにしても、まあそれはそれで限られている。都会の方が電車に乗る分だけ本を読むし、街をぼーっと眺めていることも多い。Shall We ダンス?のおっさんがそうだったように。

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御畳瀬のニロギひいとい干し


先週、御畳瀬であったひもの祭りでの一枚。
このニロギたち、一時間後にはみんな誰かの腹の中。
そう思うと、なんだか愛おしくなってくるのであった。

こいつを港の揚げ場に置かれた七輪でじゅっと焼いてぱくりといく。
ヒメイチや沖うるめなんかと一緒に焼くと、うるめの油で一気に炭が燃えて、ちいさいニロギはすぐに真っ黒。だけど、うまい。
こんなに小さい魚なのに、イヤミの無い香りとくどくない味が癖になる。たぶん日本酒がそこにあれば、もっとうまい。

このお祭りを企画したのは城下夫妻。かるぽーとでのミュージカルで主役を張り、自宅のガレージにためこんだ流木で作品をつくり、美味しい干物を研究し、紙芝居やおはなし会をあちこち出向いて続けてる、ホントにどこまでもアグレッシブな夫妻、なのだ。

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浦戸湾のこんな景色が好きなのだ


ここは浦戸湾。高知の街から車で10分もかからない、玉島・ツヅキ島の界隈。
こういう風景がちょっといけばあるから、高知はいい。


小さな無人島を結ぶ橋の上から湾口を眺めると、浅蜊を潜り穫る漁師たちの姿がちらほらみえる。
潜っては鉄籠をジャラジャラ、ジャラジャラ。
大きなネットいっぱいに浅蜊を詰め込んで、自転車でよろけながら帰る漁師もいた。
完全に自分の力だけが頼りの、極めて原始的な漁。
だけど、この浅蜊がやっぱり美味しいんだ。

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大分小旅4 『血の池軟膏』

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旅も2日目(4/30)。
今回は4度目の別府。いつもなら心ゆくまで温泉に入り続けるところなのだが、
いつもとは趣向を変えて血の池地獄へ行ってみた。
この地獄、酸化鉄と酸化マグネシウムの赤い熱泥が堆積した池で、
まさに地獄!
まあ見る物は本当に池しかないんだけど・・・
で、そこでみつけたのが、この「血ノ池軟膏」。
田むし、水虫、しらくも、がんがさ、はたけにやけど、しもやけ、肛門ただれ、ひび、あかぎれに効能があるのだとか。
パッケージはショッキングな青と赤。
あまりにもかっこいい。
というわけで、これも即買い。

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大分小旅3 『昭和の街・豊後高田』

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ここは、かつて国東半島で一番賑やかだった商店街。
一時期はすっかり寂れていたが、
昭和40-50年代に後付けしたのであろう中途半端なデコレーション看板をただのトタン看板に戻したり、
アルミサッシを木製の引き戸に戻したりして、
昭和30年代の「一番元気だった時代」を再現した商店街なのだ。
高知でも安芸や赤岡、久礼が似たような試みをしかけているけど、ここはとにかく本気。
年間25万人という観光客が訪れるのも頷ける。

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とにかく商店街一帯が昭和30年代の風情。
一部にやややり過ぎの部分があったり、逆に中途半端だったりするところもあるけれど、意外とイヤミ無くまとまってる。
今あるもので今できることを本気でやればこうなるといういい見本なのだ。
なんだか九州はこういう元ある街並をちろっと手直しして「風情」をきっちりつくり出している街が多い。
佐世保市の波佐見や大分の臼杵もそうだし、
賛否両論はあるけど黒川温泉はゼロからそういう風情をつくり出した。
高知はこういう「風情」をよく見逃していて、行政ぐるみで色々なものをぶちこわして来た。
安芸の商店街なんて、元々の方がよっぽど良かったのに、中途半端に手を出して中途半端に事業が止まってしまった。
安芸の土居廓中は今も手つかずで大好きな場所だけど、逆にその風情を見逃しているのか、
いまひとつそのことがうまく発信されていないような気がする。
新堀川もこの「風情」への評価は一切ないままに、壊されようとしているし。
豊後高田。こういう街を見ていると、高知ってなんでこうもダメなのかな、と思ってしまう。
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ちなみに、これは豊後高田の商店街で見つけたガラスペン。
一本1000円! 即買いでした。




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大分小旅2  『由布院美術館』

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好きな美術館はどこかと問われれば、淀みなくおいらは「由布院美術館」と答えるのだ。
象設計集団が設計したこの美術館、なんともいえぬ空間が魅力的だ。
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小さな芝生の中庭をぐるりと囲む、家のような展示室。
木と竹、土を巧みに使ったそれぞれの「家」は、派手なのに自然な色合いで塗られ、
その間をここに居着いた猫がうろちょろしてる。

小山の中の展示室。まーるい天井は、ソファのような柔らかいイメージ。
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2時間いても全然ここは飽きない。
収蔵作品自体は素朴な作品が主体で、ちょっと飽きてしまうところもあるんだけど、
それを空間が補って余ある。
そんな美術館。
とはいえ。
展望台に登れなくなっていたり
展示室の一部がカフェになっている様子だったり(ガイドブックによると)
建物の一部を茶カフェに貸し出していたりと、経営的にはちょっと苦しいのかな・・・というところも垣間見える。
まあでもそんなところが垣間見えるところも、
なんだか自然で好ましい・・・というのは盲目的になっている証なんだろうか。




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大分小旅1 『かるく明礬』

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「別府詣で」。おいらが一時猛烈に別府にはまり、移住すら考えた時期につけた言葉。
別府詣でを繰り返した3年の間は、アトピーも喘息も肩こりも無かった。
その後縁遠くなってからは喘息以外は悪化。やっぱり温泉じゃわなーと思っていたら、久しぶりに行きたくなって来た、というわけで別府なのである。
出発は土曜日の夜中12時前。これで197をかっ飛ばし、八幡浜を午前3時前にでるフェリーに乗れば、臼杵港で7時まで寝ていられる。これまでは夜の12時すぎに出て別府に3時に着くフェリーを使っていたんだけど、さすがにこれはしんどい・・・ので、今回はこんなルート。

別府八湯でおいらが好きなのは、なんといっても明礬温泉。
泥湯や野湯も充実した玄人向け、逆に言えば(物珍しいのが大好きな)初心者向けの温泉地なんだけど、
全体的に皮膚炎にもよく効くような印象の泉質のところが多くて、自然と体が向くのだ。
なかでも「鍋山の湯」は明礬の一番奥にある野湯で、捨てがたい。
火口原の中にある温泉で、文字通り隠すものも何もない最強の野湯だ。
ただ、ダートの道のりをしばらく走らないといけなくて、車高が低いデミオだとどうしても到達できないこと多々・・・
というわけで、今回は無理。まだまだ新車感のあるデミ子を危険にさらすわけにはいかんのです・・・
(先代のデミ夫時代はガリガリ鳴らして行きましたが)
写真は鍋山の湯やへびん湯へ向かう途中から見た別府の街並み。
この街は、海とまさにまっすぐ面する、火山の麓の街なのだ。
こういう高知ではあり得ない風景も、またちょっと惹かれるねえ。
結局今回は明礬の小さなお風呂へ。
しかしなぜか単純泉。明礬なのに単純泉。
あれれ・・・




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