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はじめての分業。

10月下旬から高知県立美術館でスタートする「大絵金展 極彩の闇」のためのチラシやポスター、図録かわりになる250ページ以上の絵金定本、看板などの準備を進めている(さらにCMもあるらしい)。

この上、この夏からやらせていただくようになった美術館ニュース改め「KENBI LETTER」のレイアウト(前回のリニューアル号はうまく切り替えできなかったが、担当のMさんも少し慣れてきて、今回から結構ガラリと「変えたかった方向」に変わりそう。もちろん絵金特集)もあるので、なんだかんだとここまでの1ヶ月とこれからの1ヶ月くらいは絵金まみれの時期なのである。

本については、図録としても、また書籍として各地の本屋でも売るものなので、なかなかできない経験になりそうである(とかこの時期にいうてるのはかなり危険なのだが)。しかも、高知でも出版系や印刷の会社にでも勤めていなければなかなかやれない上製本。並製本とはノドの考え方もちょっと違うし、並では当然決めることのないスピンやハナギレの話もある(付けないけど)ので、それだけでなかなか面白い。これまで作ってきた本はどれもこれも並か無線ばかりなもんで。

そして、今回これもまたはじめての経験なのが、東京のgrambooksというやり手編集者さんも入って校正や製本に関する差配をしてくれていることだ。grambooksは大竹伸朗のど派手な本とかも出しているところで、担当のKさんは穏やかな人なんだけど仕事はさすがに丁寧で細かい(高知にありがちなガハハえいやんそれでいこうや or ハイあんたに任せたきね後はやってや ・・とかで終わらない)。高知ではなかなかこうした書籍に関する編集専業の人を見かけないし、いたとしてもこういう美術書ができる人はまあ当然ながらいないわけで、改めて(というかはじめて)編集の仕事というものに触れるような感じすらするわけである。

とはいえ、以前同じく東京で編集をやっている妹が、帰省ついでにウチの事務所を「まるで我が事務所」のように活用した折にも、雑誌編集の現場の片鱗を見たような気はした。なるほどとにかく編集ってのは差配なのだなと。心配りなのだなと。とにかく細かくないとこりゃ無理だなと(自分には無理だなと)。ウチの事務所のように編集もしながらデザインをしつつ取材をしつつといったザックリ事務所(まあ田舎ならではなのだが)ではなかなかできんわいと。

まあなにはともあれ、編集者と一緒に仕事をするのはとにかく初めてなわけである。
で、先週東京に行ったのは、このKさんと打ち合わせをするためだったのだが(それまで一回高知で一瞬しかお会いしていなかった)、画像の取り扱いや紙の問題など、不確定要素が多かった印刷に関して印刷屋さんも交えて協議をさせてもらい、翌日には印刷所との話が決まらないとなかなか決めにくい表紙のことなども紙屋さんに赴いて決めたりして、一気にいろいろとまとまった。

こういう速度でモノゴトが決まるとなかなかうれしい。印刷所では、実際にその場でこの紙だったらいくらになるか、取り合いは良いかという話も即座にわかり、その場で紙を決めることができた。なので、半日はかかるかなと思っていた打ち合わせも2、3時間で終わった。あんまり言いたくないけど、都会の速度というのはなるほどこういうことなのねというのも改めて思わさせられる。

まあKさんによると、東京でもこんなに話が速くてコトのわかっている印刷屋さんと紙屋さんはいない(つまりいい担当者さんを狙い撃ちしている)ということだったので、そこそこ例外的事例なんだろうなとは思うけど、高知ではなかなかできない「分業」の良さというか、楽しさというか、そういうのをこの仕事をやりはじめてから初めて実感した次第なのである。

 

 

 

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特撮博物館展、巨神兵あらわる。

東京都現代美術館で開催中の庵野秀明の特撮博物館展は、
ここ数年見た展覧会の中でも異色さと面白さが際立っていた。

ウルトラマン、巨神兵、ゴジラ、戦艦や飛行機などの軍事物と、
自分ら世代が通ってきた道の裏側でどのような技術と苦労があったのか。
館長庵野秀明特撮博物館

特にオール特撮で撮影した「巨神兵あらわる」は映画本体もさることながら、そのメイキングが秀逸だった。
ものを作るというプロセス、その技術と、継承の難しさ。
職人の仕事はその多くが行き先怪しい状態だが、
特撮は印刷などと並びこの先が厳しい職種の一つなのかも知れない。

が、男としかこの面白さを共有できないのは残念。

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ひとりでウロウロするとイロイロ考えてしまう。


今日はなんだか事務所だとなんか眠くてはかどらないので、街で仕事をしようと思い、でかける。
が、その直前にNPO蛸蔵の登記が通ったということで法務局から電話があり、登記簿謄本や印鑑証明を取りに法務局へ。NPOの設立にかかわるのはこれで3つ目になるけど、いつまでたってもこのプロセスは面倒くさい。印鑑を一体いくつ押して、「この写しは原本と相違ないことを証明する」などと原本証明の短文を書いたことか。所轄庁も法務局も細かいところをきちんと指示してくるので、基本細かいことが苦手なおいらはどーしてもイライラするしかない。
まあそれでも、旧法務局に比べると全体的に作業がスムーズになっているようにも思えた。以前は登記部門と申請部門がごっちゃだったのが別々になったりしたからか、なんか待ち時間が短くなったような気がする。

さて、法務局に到着すると、なんだか一階でイカツイ服の男たちがウロウロとしておる。駅ウラに新しく建てられたこの灰色の全くもって魅力のない建物には、税務署と法務局、自衛隊が入っているので、間違いなく自衛隊だ。
どうも自衛隊のイベントかなんかがあるのか、胸にたくさん階級章も付いた服を着用したオジサンたちが忙しなく動いている。ついこないだ坂の上の雲を見たせいか、ちと軍服的なものに興奮する。やっぱ正直かっこいいわ。
最近なにかの記事かで、ガンダムの影響で日本の男子は軍事音痴が多くなっているとあった。普通、子ども時代の男子は戦艦や戦闘機が好きになったり一時期軍事にえらい興味をもつものだが、日本ではガンダムにそれが収斂されてしまうのだとか。
まあほんまかいなという感じの記事だったけど、おいらは超絶ガンダム世代ながらはまったのが小学校4年頃からだったこともあって、どっちかというときちんとその記事でいうところの「軍事に関心持つの道」をしっかりと通過した。
今の自分の思考パターンにもどっか通じるんだが、持っているプラモはほとんどがネームシップではなく二番艦が多かったような記憶がある。確実に作った記憶があるのが、武蔵(大和型の二番艦)、瑞鶴(翔鶴型の二番艦)、陸奥(長門型の二番艦)、矢矧(軽巡洋艦で阿賀野型三番館)。空母をあともう一個くらい作ったような気がするが、これにたくさん零戦や紫電改とかのすごい小さな飛行機を積んだり飛ばしたりして遊んでいた。
んで、その後はロボダッチや宇宙戦艦ヤマトのプラモ道を通り、小5くらいからはガンプラ→MSVシリーズへ突入。最終的にはNゲージにまで行って自分の中での模型道は80年代のうちに終わりを告げた。
てか今の子ってのはプラモとか作るんだろーか。最近のガンプラは、色を塗らないでもいいようになってたりするらしいんだが、それは本当に面白いのだろうかなどとどーでもいいことを詮索する。

まあそんなことを考えていたら、登記簿謄本があっさりできてきた。

で、街へ行く前に、看板の設置位置とかを確かめに工事中のアートゾーン藁工倉庫へ。あと2週間もせんうちに、mama!milkのライブ。3週間もせんうちに、全体オープン。内部は8割がたできてきているものの、なかなかこれは忙しない。実体がないこともあってなかなかその道の人たちへの広報がうまくできてないのも気がかりなところ。まあできたら後は流れるように流れていくのだろうけど、毎度のことながらイベント前というのはどうにも気が落ち着かないのだ。人は入るのだろーかとか、事故はないだろーかとか。まあしかし、四国全体の文化観光に資するものとして、何かこの場所が役に立てばうれしいもんだ。

さてようやく街へ。ひろめに停めて、まずは街を一周。どんどん日程が遅れて来月末発行予定でようやく決まった「商店街のまだ拾い出されていない魅力を知ってもらえるようなフリーペーパー」のネタ探しだ。
とはいえ、普通に歩いていてもやっぱそうそう見つからない。気がつくのは、去年「OBIBURA MAP」を作った時に行った店が無くなっていたり、新しい店になっていたりすること。なんだかんだいうても、まだここの商店街は他所の地方都市に比べたら新陳代謝が進んでる。
イオンやネット時代の中であんまり必要性がない扱いされてしまう商店街だけど、やっぱこういうところがないと、「都市」じゃないわなあ。イオンはやっぱどうしても逆に田舎臭い。都市の魅力っていう話につながらないわなあ。でもイオンにやっぱ人は行くわなあ、便利だし、などと思いながら、金高堂へ。
ここでちょっとデザインの参考になりそうな本を探していたら、駅弁学会のE氏にばったり遭遇。普通金高堂の3階なんてあんま人こないところなのに。TCGの見本市の帰りだそうで、踊り場のところで鉄道話やら駅弁話やらでミョーに盛り上がる。思えば高知で鉄話できる人、この人だけなんよねえ。駅弁学会も事実上活動ストップ状態だけど、まあどっかで仕切りなおしして、駅弁業者や鉄道事業者の生業の立ち位置から提案できるような形にしていきたいもんだと思う、久しぶりに。

結局2時前に出たのに、喫茶店に到着したのは5時すぎのこと。今日の街で見たこととかも踏まえつつ、12ページの構成を検討する。よく考えたら、台割考えるときはだいたいいっつも喫茶店かマクドだ。なんか事務所や家だと台割用の脳味噌にならないらしいなあとはじめて気づく。
ほんでここで街在住のO氏にネタ探しで電話したところ、ちょうど近くにいて、久しぶりに珈琲。イロイロと最近の街ネタを仕入れる。
で、聞いたことを纏めようと先日買ったばかりのMacBookをだしてFON接続しようとすると、なんだか妙にうまくつながらない。wifiって便利だけど、見えなさ過ぎてやっぱよくワカンネと思う。

そして、wifiがなんかうまくいかないときの変なざわめきは、5月に仙台と石巻を訪れた時に通った福島で感じたザワザワ感とどっか似ていると思った。車窓に映る福島は、本当に綺麗な街だった。しかしこの街のあちこちにホットスポットがあるわけで、この山々の向こうには福島第一がある。どうしようもない、心の奥の方で蠢く、カサカサ、ざわざわ。
でも、自分はこの街には住んでいないから、最終的な感覚はよくわからなかった。あくまでただの通過する人間の感じ方だった。
で、余りにも些末な比較なんで困るけど、wifiにつながったりつながらなくなったり、その原因がわからなかったり、でも解明のしようもなくて、というこの状況の向こうに、なんとなく福島に暮らす人たちの不安感がほんの少しだけ立体的に感じられたような気がした。
高知もセシウムかなんかが山中に落ちている可能性があると数日前にネットで流れていた。どうしようもない不安感。でも、どうすることもできない不安感。やっぱり、こんなことが日本の日常になるなんて、本当に寂しい。

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蛸蔵と藁工ミュージアム

 

藁工倉庫。
江ノ口川一文橋のほとりに建つ、高知市内ではもう最後ともいえる土佐漆喰の倉庫群。
この倉庫群を失われそうだという危機感を持って「高知遺産」で紹介したのが2005年。その後、高見町の物件を追われたgraffitiが入居したのが2006年冬、ART NPO TACO運営による蛸蔵がオープンしたのが2007年冬。以来5年を経て、現在のgraffitiや蛸蔵のある一文橋西側だけにとどまっていた「アートゾーン」的なるものが東の倉庫群へとさらに広がることになる。

今回、この東の倉庫群にできるのが、美術教育を受けていない人の作品「アールブリュット」の作品展示を行う新しい美術館「藁工ミュージアム」と、その付属レストランとしての機能を持つ「土佐バル」、そして移転再オープンすることになる「蛸蔵」だ。
運営を行うのは土佐茶カフェなどを仕掛けてきたワークスみらい高知とその仲間たち、的な感じで、この3つのうち「蛸蔵」の企画についてはおいらも所属するART NPO TACOのほか高知県自主上映映画団体ネットワークと演劇ネットワーク演会、数々の音楽イベントを仕掛けるterzotempoで立ち上げたNPO蛸蔵(理事長はおいら)が関わって行っていく。
で、ここんとこ毎週水曜日はアートゾーン全体の関係者一同で集まって3-4時間の会議を開いて諸々の準備を進めているのだが、昨日は1週間と少しぶりに新しい蛸蔵をみんなで覗いてきた。この1週間で一気に内装が立ち上がってきていて、倉庫兼楽屋的な空間の壁ができつつあって、静かに興奮。まあそりゃあと2ヶ月後にはオープンしているわけなんで遅いくらいといえば遅いくらいなんだけど、こうやって建物が建ち上がっていくとやはりなかなか感慨深いもんだ。

グランドオープンは12月23日。それに先立つ18日と19日には新蛸蔵でプレイベントとしてライブも開催する。新蛸蔵のこけら落としを飾るのは、mama!milk。もともと現在の旧蛸蔵を立ち上げるにあたっても、とにかくmama!milkにやってほしいという思いがあって、実際にこれまで2度演奏会を開いてもらった。なので、新蛸蔵でもこけら落としはmama!milkにお願い。今回は「Nude」というすんばらしいアルバムをテーマに演奏。ほんま、これはやばい時間が流れることになると思われ。

 

以下、18-19日のプレイベントと23-25日のグランドオープンイベントの概要。まだ細かいことはちょっと書けないことも多いのでアレだが(講演会等の出席者が確定次第追記していく)、あらまし、ということで。あと、11月に入ったらホームページも開設するのでそちらをどうぞ。蛸蔵の一般貸出受付も近日スタートします。

 

12月18日

19時00分〜 <新蛸蔵オープニング記念演奏会 第一夜>
mama!milk 冬の演奏会 Dialogue for’Nude’

12月19日
19時00分〜 <新蛸蔵オープニング記念演奏会 第二夜~夜をくぐる>
WATER WATER CAMEL+森ゆにライブ

12月23日
11時00分〜 餅投げ、祝辞等
12時30分〜 ランチパーティ at 土佐バル
14時00分〜 記念対談
19時00分 〜<新蛸蔵オープニング記念演奏会 第三夜~クリスマスの足音>
tico moonライブ

12月24日
10時30分〜 講演会
13時30分〜 講演会
15時30分〜 映画「海洋天堂」上映会
19時30分〜 <新蛸蔵オープニング記念演奏会 第四夜~光と影の小さな旅>
トウヤマタケオ(音楽:ピアノ)、nakaban(幻燈)

12月25日
10時30分〜 映画「ピュ〜ぴる」上映会
12時15分〜 監督トークライブ
13時30分〜 映画「ピュ〜ぴる」上映会
16時30分〜 イブニングパーティ
19時00分〜 坂田明&ジム・オルークライブ
21時30分〜 ナイトパーティ at 土佐バル

 

 

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大豊の小さなミュージアム「昭和お宝屋敷」

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とさのかぜの編集委員会でお世話になっている飯國先生から教えてもらった、大豊の小さな小さなミュージアム。国道32号からちょいと脇道に入った家の中に、500点近い昭和中期の看板やら生活用品やらオモチャやらがずらりと並ぶ、隠れた高知の名ミュージアムなのだ。

館長はこの「屋敷」の隣で写真館を営む中西さん。写真の通り、一見するとただのダジャレ好きなオンちゃんなんだけど、一旦集め始めたらとことんこだわり、とことん集めて・・・わずか一年半。
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そう、まだこの屋敷、開館してからたったの一年半なのだ。たまたま近所でホーローの看板を見つけてなんだか懐かしくなり、集め始めたのが去年の春。そして、以後「買って集める」のではなく「譲ってもらって」展示品をコツコツと集めてきた。
だから、同じような炊飯器とかオモチャもある。でも、これ一個欲しいとか言っても絶対に譲ってはくれない。展示品のひとつひとつを譲ってくれた、持ち主の「思い」をひとつひとつ大切にしていくためにも、これらを再び譲ったり売ったりするつもりはないんだとオンちゃんはいう。しかもミョーなダジャレまじりで。
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展示も、正直いって相当うまい。もしかするとどころか、たぶん間違いなく、そこらへんのミュージアムより遥かに展示がうまいのだ。500ものアイテムがあれば普通はちょっと見疲れするし、飽きてしまうものだけど、教室の看板のすぐ下に日活ロマンポルノのフィルムがあったり、そのすぐ横にはオンちゃんが昔撮った(写真館ですから)という長嶋の写真があったり、次から次へとワンダーを提示してくる。だから飽きない。
古いレジの札束入れにはお札がチラチラ見える。はてこんなところに現金が!と思ってよく見ると、実は龍馬の一億円札だったり。とにかく細かいところまでウイットが効いてる。
経費をかけていないから、入館料もただ。金鳥のホーロー看板をモチーフにした、手作り携帯ストラップを買ってくれたら、それが少しだけ運営費の足しになるとだけいう。もはや「粋」だ。そして、経費をかけずに集めた品々だから、博物館にありがちな「展示物様」な雰囲気もない。
そんなこんなでオンちゃんと話し込むこと約1時間。最後は裏庭に集められた、今後の展示品候補たちまで見せてくれて、どう見ても今の建物じゃあ入り切らなくなるなあと思って家路に着いたのだった。
いやはや、高知はまだまだ奥が深い・・・
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懐かしの不二家のつぶつぶオレンジ。ほんまもんかどうかはよくわからなオレンジのつぶつぶがはいっていて、よう飲んだ。




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貝のシアワセ【海のギャラリー】(土佐清水市)

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高知の隠れたミュージアム。
その代表格ともいえるのがここ。
足摺は竜串にある「海のギャラリー」。
黒原和男氏という地元の方の貝類3000種約8万点を展示するギャラリーで、設計は林雅子。
一時期は廃館も取沙汰されたが、その高い建築的価値に着目した建築士会が動き、見事改修・存続と相成ったミュージアムなのだ。
館内はまるで海の底にいるかのよう。
1Fは2Fにつながるガラス天井になっており、自然光に照らされた貝の裏側をみることができる。
ガラス天井から差し込む光は深海に差し込む光のようなイメージで、大阪でいえば海遊館の通路を歩いているような感じ。
なんだか、この演出は憎すぎる。

そして2Fにあがると、突然わーっと光の海へ。
ここは浅い海の底のようなイメージ。
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左右の展示ケースと、中央の1Fに繋がるガラス天井に、見た事もないような貝がずらーっと並ぶ。
建築の良さもさることながら、「コレクション」というもののすごさを感じさせるミュージアムなのだ。
ただ、少し不満があるとすれば、少し展示物とキャプションが合っていないこと、だろうか。
まあこれはゆくゆく解消されていきそうですが。
海のギャラリー
高知県土佐清水市竜串23番8号
開館時間/9:00〜16:00
休館日/木曜
料金/大人500円、中高生300円




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土佐山田でアートと路地を考える

ART HAPPEN in 土佐山田
 市内を後にして、次は土佐山田。おいらもかかわりそうで結局はかかわらずじまいにおわりましたが、[
ART HAPPEN in土佐山田
]です。会場は土佐山田町立美術館。基本的にはファインアート専門の美術館といった印象の美術館なのですが、今回はgraffitiのシノッチがプロデューサーということもあってバリバリの現代美術です。
 展示室に入ると、石井さんの妖怪系をはじめ作品がまばらにずらり。奥の方へ行くと佐藤篤さんの映像ブースなどが。中央には巨大な作品がぶらさがってます。なかなか迫力の空間ですな。
 石井さんのは、最近ますますフォルムがひとつ一つ精緻になってきて、なんかもうそろそろ動き出しそうな感じです。顔に布がかけられているけど、これがまじで怖い。この布を取りたくない、いや取らないでいいんだけど(笑)

 佐藤さんの映像も、かっこいかった。しばらく誰もいない暗い部屋の中で見ていたのですが、反復と連鎖の映像にいつの間にか脳みそが変になってきました。そしてはじめは眠かったんだけど、いつのまにかぐーっと画面の側にGがかかってくるような感じ。。。。(テクノサービスさんの映像は面白そうだったけど、佐藤映像で頭がやられていたので、また今度見に来た時に見ることにしやした)
 んで、入ってしばらく見ていると、おそらく地元の方でしょう、「意味がようわからん〜」と唸っていました。おそらくキャプションも特にないという展示だったため、困っている様子。ただ、考えることを放棄するわけではなく、どのようにこれらの作品を解釈したら良いのか分からないという感じ。ただ「気持ちいいね」「かわいいね」でもいいんだと思うんですけどね、難しいですよね、そこは。「美術史」的に絵を「解釈」することが多くの人にとっては脅迫概念としてありますから。
 音楽は、その日の気分や楽曲によって「気持ちのいいもの」であったり、ふと「15年前のある日の彼女との出来事」を思い出すものであったり、「現在のファシズム」に思いを巡らせるものになったり、何も感じないものになったりする。要は、音楽はその「解釈」や「感動」がきわめて自然かつ無意識になされるもののような気がするんです。つまり、音楽は「難しくない」というか(むろんジョン・ケージとかは難しかったりするけど/笑)。

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 翻って現代美術は、なかなかそうもいってない。モネの睡蓮を見れば「気持ちがいい」とか思っても、柳幸典の「ヒノマルイルミネーション(高知県立美術館蔵)」や「ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム」を見てもピンときてくれなかったりする。柳さんの作品ほど分かりやすいものはないはずなんだけど、それを何かが阻害している。そうでなければ、わかりやすすぎて意味もないラッセンあたりがあんなにバカ売れするはずもない。
 で、おいらとしては、ですが・・・だとすれば、もう「一押し」をして、その阻害要因を排除するのもミュージアムやギャラリー、アートNPOの一つの役割でもあるように思うわけですよ。
  今回の場合、ワークシートを用意して、作品の簡単な説明や、もしそれをしないなら「感じるきっかけ」となる情報提供をした方が良いのかなという感じがしました。一枚一枚一点一点の面白さをもっともっと理解させるための装置があっても良いのかなと。そこから「解釈」してもらってもいいし、ただ「感じて」もらってもいい。感じないなら感じないでいい。せめて、もう「一押し」の材料をおばちゃんに渡したい。。。
 また、今回のようなこと現代美術に関わるアートの場合には、市村さんや石井さんがやっているようなワークショップ形式がひとつの例であるように、もう少しアートが「アートなんて非日常なものアルヨ理解できないアルネ」になってしまっている社会に対して積極的なアプローチを仕掛けることは必要なことと思えました。
 まあ作品を創る側にたったとき、理解されなくてもいう考え方もできるし、理解できないということが、実は一番の理解であったりするといったパラドックスが成立することだって往々にしてあります。でも、少なくともおいらは、何か作品を創るとき「わからん」で片付けられたくない「何か」を伝えたいからこそ何かの作品を創るのであり、ぱっとみて「わからん」と片付けられてしまうのはなんだか寂しい。もちろん、感覚の問題として「絶対にわからん」ものもあるし、「わからん」ようにつくることもある。
 ・・・おいらは、もともとは京都のヴォイスギャラリーや岡山の自由工場とかでボチボチ写真をやるみたいな、写真メインの人間だったんだけど、近年沢マン展(02年)や世界最大のフリーペーパーを作成展示した「紙様紙業紙頼み」展(02年)、高知遺産展(04-05年)といった、およそきちんとものづくりしてるアーティストからしたら鼻毛もんの社会系インスタレーションに寄ってしまい、少なくとも理解を絶対にしてもらわんとかなわんで、ということばかりしてるからこそ思うのかもしれません。
 たとえばこんなおばちゃんの「アートが理解できない(しようとしていない)」問題、石井さんとかどう考えてるんかな。。。
 まあようはおもろければいいんです、おもろければ。なにか思う事があればそれでいいんですよ、はい。そう思いますよ。でも、「理解せないかん」という脅迫概念がある限り、「おもろい」と思う事すらもいけないとなってしまったらもったいないのではないかと。ただそれだけ。
 いずれにしても、この日本では「アート」や「文化」がとても安っぽく使われてますからね。よくわからない絵をまちなかに飾っただけで、はたまたヌーディな彫刻を置いただけで「アートなまち、文化なまち」になったと行政マンが喜んでいる事例はあちこちにあります。いや、それもまあひとつのアートだけど、もっとそんな表層的な「なんとなく、文化(田中康夫かっての)」をやるんじゃなくて、アートを杓子定規に見るんじゃなくて、もっと「楽しむココロ」を育てるようなことしてくれと。そんなこと思ったりします。そう思うと、「仁淀川天然ミュージアム」が単年度事業だったというのは惜しいですな。珍しく行政主体にしてはセンスがあったんですが(笑)
土佐山田路地観察プロジェクト

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 いやー疲れた。佐藤さんの映像みてたら脳がウニウニしてきて腰が痛くなってきました。お次は隣の展示室でやってる「路地観察プロジェクト」へ。これは、私たちの高知遺産よりも深くまちに切り込む形で、土佐山田の「路地」という要素に着目をして、路地になにが起きているか、また路地をこれからどう使うべきか、ということを考えて行こうとしているプロジェクトです。
 なかなかおもろい。さすが建築系大学生のプロジェクトらしく、プレゼンへの異常なまでのこだわりが光ってますな。なるほど路地や街角の装置も、またこういう違った見方があるのかと。また土佐山田という狭いエリアにこだわってやっていることもあって、なかなかひとつひとつに深みがある。たとえば「ケンパ路地」とかでは朝と夜の路地の写真があって、千鳥足の大人も子どもケンパ路地・・・みたいな(うーうまく書けない)追い方をしているわけです。
 また、全部は見なかったけど「路地の遊び方」みたいなのをまとめたビデヲは、くだらないのもあったけど純粋におもろい。高知遺産では「次のプロジェクト」に回しちゃった部分なんですが、こういう処方箋の提示というのは面白いですね、やっぱり。
 まあ最終的にじゃあこのプロジェクトをどうしていきたいのか、というのはいまひとつ見えなくて、そこがやや消化不良だったのは否めません(しかもスタッフさんがいるのかなと思って楽しみに行ったのですが、誰もいなくて残念)。でも、「高知遺産」に足りない部分も当然たくさんあって、なかなか勉強になったのでした。
 ちなみに帰ろうと美術館の階段を降りていると、偶然そこにベロシティの武田さんと坂本さんが。お久しぶりでございますだ。んで、先日のコメントにもありましたが、ベロタクシーの展示は事故のため突如中止に。。。残念だけど、けががなくてなにより、なのでした。
(絵金蔵のライブにつづく)
 
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観光客エゴと地域エゴ【学ぶべきことの多い絵金蔵】

 どこでみつけたのかは忘れてしまったが、いまなお住民が暮らす白川郷に関する議論掲示板みたいなところで、「住民が出ていった方が美しい景観が守られる。。なんでまだ住んでんの?汚らしいよ」なんていう意見があって、またそれに同調する意見が多くてびっくりしたことがある。
 白川郷では観光客がいきなり家にずかずか入ってきて写真を撮っていったりとする事件が多いというけど、ああこういう気持ちでいる人って結構多いから、ずかずか入っていけるんだなあと妙に納得したものだった。以前白川郷に行った時も、平気で田圃に観光客が入って記念写真を撮ったりしている姿をみて、あまりのふてぶてしさに驚いたりしたことがある。

「観光客エゴ」と「地域エゴ」
 「客」なんだから「お金払ってるんだから」「きてやってるんだから」という観光客エゴ(観客エゴ・客エゴ)は、あまり行きすぎるとどこかで何かをおかしくする。むろん、「客」という存在は、多くの場合たとえば入場料とか移動時間といったものを割いてその場にやってきているのであって、支払った額や時間に対するサービスを求める権利(もしくは求めたい気持ちといった方がよいかも)がある。だけど、その権利は主張しすぎれば「エゴ」になる。いくらきれいな風景を見たいからといって人の家に入る権利はないし、地域の文化風俗・いま、そして未来へと続く歴史を破壊する権利はない。
 だけど、観光にも関わる今の仕事をしていて思うのは、世の中そんな人ばかりだなあということであったりもする、悲しいことに。また、観光客を受け入れる側にも、こうしたエゴを大切にしようとする意見が以外と多い。まあ、実際にはこの線引きってとっても難しいんだけど。
 また、こうした観光客の権利を逆に圧迫しようとすると、「(観光地側の)地域エゴ」として片づけられる。あまりにその地域のありようやそれまでの仕儀、文化にこだわるあまり、観光がサービスであるということを忘れている、といったような指摘だ。せっかくきてくれるんだから、観光客の立場にこそ立った施設づくりや観光まちづくりを進めるべきだ、というわけである。そのためには、ある程度の文化や生活、伝統の犠牲も致し方がないと。
 だけど、この場合観光で食おうとして最も大切にするべきものを捨てたがために、その最も大切なものを見たくてやってきた観光客をがっかりさせることにも往々にして繋がっている。わかりやすいところでいえば四万十川なんかがいい例だろう(ちなみに四万十川は、JTBの調査で観光客の期待値が高い一方、リピーター率の低い観光地としての評価がなされていた。同様の観光地としては札幌、白川郷、宮古島、長崎などがある)。
 こうした観光客と地域側の受け止め方のずれ。それ自体が生まれることは全くもって仕方がないが、おいらはこれからの時代においては、個人的には後者寄り、すなわち観光客の変なエゴに付き合うことなく、地域の文化や伝統、環境といったものをきちんと守る非常に好意的な意味での「地域エゴ」を押し通す方がいいのではないかと思っている。それでは確かに観光客の短期的な満足度は低いものになるかも知れないし、リピーター率は低くなるのかも知れない。だけど、それで一番大切なものを失うよりはましだ。そうそう、京都の三条通みたいにならないように。。。
絵金蔵はフラストレーションがたまるのか
  さて、このいい例が、このブログでも時折登場する赤岡町・絵金蔵と絵金祭りにあるような気がする。この絵金蔵は、それまで町内の個人がめいめいに所蔵していた絵金の「おどろおどろ」な屏風絵23点を収蔵保管している。そして、本物は「蔵の穴」というレンズを通して見せ、絵金祭りの夜を模した暗がりの展示室にレプリカが並んでいる(提灯を持ってこのレプリカを見ることができる)。
 開館以来、県外からやってきた人は必ずといっていいほどに連れていく施設なのだが、ほとんどの人たち(絵金は元々は知らない人たち)が絵金の面白さに触れ、「本番の絵金祭りも見たくなった! また今度来ます!」と言って帰っていく。ただ、本物を見れないことにフラストレーションをためる人もいる。ここまで来たんだから、どうせなら本物をみせてほしいと。また、7月中旬に高知にこれない人のことを考えるべきだ、どういうつもりだ何様のつもりだという人もごく希にいる。・・・・むむむ、どうやらそこがこの施設の最大の弱点であり最大の強みのようだ。
たとえばこんなご意見こんなご意見
 確かに、本物を守るために本物を見せずにレプリカを見せる行為は、観光客側にフラストレーションを溜める可能性はある。しかし、年間を通して本物を見せるという行為は、年にたったの数日とはいえ野ざらしの展示を長年にわたり続けてきたことや、「個人蔵」という環境で保管されてきたことで相当の劣化が進んでいるという屏風絵本体のストレスを高めることに他ならない。その結果、本番のお祭りで見せれない状態にしてしまったのでは意味がない。蔵に納められた絵金の屏風絵は、今に続く「本来の目的」・・・美術館や博物館の檻の中で見ることに意味があるのではなく、ハレの日に路上や境内に飾られることにこそ意味があるのだ。
 その屏風絵をたとえば常設展示にすることは、それだけでも当然劣化をより進行させることにつながるだろう。修復すればよいじゃないかという意見もありそうだけど、個人蔵の作品群ではそれもそう簡単ではないし、修復はできることなら避けることが望ましい。そういう本物志向の強い人に限って、修復されていると「なんだ修復されてんのか」とか言い出したりするし。
 また、赤岡の屏風絵は、いずれも暗闇の中で百匁蝋燭のもとで見ることが大前提の構図(蝋燭の光があたるあたりを中心とした構図)であり、彩色技法(ある屏風絵は百匁蝋燭の光でゆらゆらと照らされると、絵のほぼ中央に描かれている血の部分に混ぜられた何かが光り、まるでどろどろと流れる血のように見えはじめるのだという)が使われているという。少なくとも、煌々とした光のもとで赤岡の屏風絵を見ることは間違いといえるし、その迫力はどう工夫したところで本番の4日間を凌ぐことができるようなものではない。
 おいらからすれば「7月中旬に高知にこれないひとのことを考える」のはナンセンスで、「毎年7月中旬ならきっと永遠にこの祭りはやっているから、どうか見に来ることを考えてください」といかに伝えるか、そのことの方が大切だ。その点では、絵金蔵はかなりいい線をいっていると思う。
「本物」の価値を理解している(と思われる)絵金蔵
 いずれにしても、絵金蔵は、おそらく「本物みせぇ」という批判が出ることも承知で、この大前提をとても大切にしているんじゃないかと思う。本物はそれまでの「個人の家の中」から「蔵の中」に移ったけど、本物を見たければ絵金祭りに合わせて見にきていただく他ない。江戸時代末期なのか明治初期なのかは分からないけど、少なくとも100年以上に渡って続いてきた生きる文化を守ろうという赤岡の姿勢がそこには垣間見える。いわば、赤岡や屏風絵のコンセプトを忠実に守っていこうとしているわけだ。
 そして、そのことはどうも「暗くて危険」としょっちゅう言われるらしいが、「蝋燭で屏風絵を見るという行為」を疑似体験してもらう展示室の在り方にまで徹底されている。とにかく、できるだけ「本物」・・・つまり暗闇の中で蝋燭の光で絵を見るということ・・・へのこだわりが半端ではないのだ(そう考えると、色味の再現性が低くなるのは宿命とはいえ、レプリカの出来が決してよいと言えないのは残念)。ちなみに、この展示室が「暗くて危険」なら、絵金祭りの前に行われる宵宮の時の展示は、もっと「暗くて危険」だ。
本物は本物の場所で。レプリカは、本物らしく
 このことを書いていてふと思い出すのが、阿波踊りがステージで一年中見れる徳島・眉山の麓にある「阿波踊り会館」。これって「観光」という立場だけで見たらいいのかも知れないけど、夏祭りとしての「文化」という立場から見たらどうなのかなとも思う。やっぱり夏の町中で汗かきながら見るからこそ阿波踊りはいいのであって、クーラーのよく利いたステージで踊っているのを見たところで、果たして一体「阿波踊り」を見たと自慢していいものなのか。少なくともおいらはそんなの見たくない。
 本物の場所がまだ生きているのなら、やっぱり本物を本物の場所でみたい。本物を補完するイベントや施設をつくるなら、できる限り本物を意識したものであった方がいい。そのギリギリをせめて模索してほしい。そして、何よりかにより本物を見たいと思わせるものであるべきだ。ステージでやってる阿波踊りをみても、阿波踊りの本当の魅力はおそらく伝わらない。狭い道に列をなしてぎゅうぎゅうに詰まりながら踊りまくるからこそ面白いのであって、横に長いステージで踊っても、なんだかただの盆踊りになってしまう。・・・まあこれもある意味「観光客エゴ」なんだろうけど。
 赤岡の屏風絵については、年に数日でも本物に触れんばかりの距離で見ることができるという、まさに屏風絵に「旬」の瞬間がいまなおあるという事実にこそ目を向けるべきなのだ。本物が見たければ、本物が出る日にきたらいい。「本物がみたいのに、レプリカかよ」という人には、自信をもって「7月に来てください」というしかないのだ。絵金蔵は、それができない人のために、せめて疑似体験してもらうことに徹するほかない。展示室も、おいらはもっと暗くていいと思うぐらいだ(せめて足許を照らす床置照明はいりそうだけど)。蔵の展示はなんか暗くて危険な感じだったけど、本番の4日間は一体どんなに危険な感じなんだ??と思わせるぐらいの。
 また、こうした観光客エゴに振り回されることなく、こうした赤岡の姿勢や「過去から現在、未来へと続く」文化としての価値、絵金屏風絵の美術史的価値・・・という側面をより強調した研究・情報発信・教育普及に向けた活動を進めていくことも大切なように思える。
おまけ
 美術館の常設展示でも、「目当ての作品」は数年に一回しか展示されない。以前おいらが京都にいたとき、高知県立美術館収蔵作品の一番人気・舟越桂の彫刻を見たくて帰ってきたら出ていなくて、受付の人に聞いたら「次は来年の展示になります」と言われてがっくしきて、しかもその時県外からお客さんを連れてきていたので「収蔵庫あけてみせぇ」なんていう傲慢な注文をしてしまった(今考えると最悪です。てんぱってました。ごめんなさいあの時の窓口さん)。このとき学んだのは、目当てのものを見たければ、なんぼ遠くに暮らしていても、たとえ重要なお客さんを連れていっているとしても、めあてのものを見せてくれる時に行かないとだめなのだ・・・なんていう当たり前のこと。美術館の場合は、ダメなら図録でみるしかない。
 赤岡と絵金蔵の場合、たったの4日間しか本物は展示されない。でも、残りの361日間、「観光客」のためにもここが絵金の町であることを伝える必要、もしくは伝えたいという思いがあった。また、高齢化が進む町の中で、個人蔵の屏風絵を永続的に保管する体制を整える必要もあり、研究・情報発信を図る体制を整える必要もあったのだろう。
 その様々な天秤をかけてできたのが絵金蔵。こう考えると板挟みになるのは宿命なのかも知れないが、「一番大切にしたいこと」をしっかりぶれることなく守ろうとする姿勢は、むしろ学ぶことがたくさんあるような気がする。
・ ・・でも、「蔵の穴」だけは正直ストレスがたまる・・・レンズが邪魔くさく感じるのは自分だけだろうか
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