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東京小旅2010-2011+関西

2010年から2011年にかけては、やったら東京へ行くばかりで、

あんまり旅らしい旅はしなかったのだった。

まあわかったのが、

商売人でもない限り、東京は年に1-2回行けば充分なのだということなのであった

(3回目は本当に行きたい所も用事もなくて、それが幸いして東北へ行けた)。

小旅総覧09-10の続きです

 


2010.11.4-6 オールライト工房3兄妹ご案内による東京活版巡り

初日は昼便で東京入り。渋谷の宿入りしてすぐに嫁は世田谷美術館などへ行き、おいらは三鷹の山田文具店などを訪問。夜は表参道で土佐和紙プロダクツの設置で相談中のお店など訪問。夜は妹真奈の放送作家で婚約者の四駆郎さんと初会食。
翌日は8月のイチハラヒロコ展で初めてお会いしたオールライト工房の高田3兄妹のご案内で、東京の活版関連のスポットを一日中ご案内いただいた。
江戸川橋の佐々木活字店では古い鋳造機からテープを読み込んで一気に文字を鋳造する大きな機械などを見学。それからどんどん地下鉄と徒歩を継ぎながら、親子で活版印刷機を回している清澄白河の東海印刷、銀座の中村活字、千駄木のPAPIER LABO、そして最後に鵜の木のオールライト工房を見学。かなり足の痛い一日だったけど、東京でもその灯がいつまで続くか分からない活版印刷を、どうやって次へつないでいくかを考えさせられる一日なのだった。
3日目は銀座のアンテナショップへ。地下一階の土佐和紙商品はいまひとつでため息。1階も四万十ドラマと馬路の物がやたらと目立つ格好で、それがかえって隣の沖縄と比べた時になんとなく高知県全体の商品力の弱さが引き立つ感じがして、これもまたため息。まあ始まったばかりで商品の数も少なかったりするのでなんともいえないけど、こういうお店って開店直後のイメージが結構重要な気もするだけに気がかりなのだった。
ちなみにアンテナショップにはウチもその後置いて貰うことになるが、売上げは芳しくはない。なかなかやっぱり物を売るというのは難しいのだ、ということを思い知らされることになる。理想と現実・・・

 

2011.3.7-9 東京ヒノキカグデビュー

東日本大震災直前の東京ひとり訪問。初日は東京ビッグサイトで行われる展示会に大正町森林組合が出展するので、その展示の手伝いへ出動。夜はスーベニアプロジェクトの小池田夫妻と初対面めし。TOSAWASHI PRODUCTSを軸に商品開発や販売計画を立てていこうというお話で、ついついいろいろ盛り上がって終電間際に。
2日目は目黒区美術館で「包む」展、庭園美術館で「20世紀のポスター」展、さらに飯田橋の印刷博物館、八重洲の雑貨店、蔵前の「カキモリ」へ。足はプルプル。夜は夏頃にイギリスに留学するべく準備中だという富士通のコンサル友達と根津で久しぶりに飲む。
3日目は渋谷。オンリーフリーペーパーを初訪問し、静かに話が盛り上がる。どうやって稼ぐかほんま課題ですな。ぜひ続けて欲しいだけに。。。それから久しぶりに渋谷中をウロウロしてみるも特に収穫はなく(この昼過ぎに東北で東日本大震災の前震)、午後は再びビッグサイトへ。
空港まではバス。その車中、こんなところで地震来たらいやだなあとか、この狭い街で地震来たらほんま危ないなあとか思っていたら、2日後にそれが本当のことになった。
この11日は、組合のメンバーも有明からでれなくなり、物産開発でたまにお手伝いさせてもらっているM君もちょうど東京入りしていて当日は東京脱出ができなくなったりした。

 

 

2011.5.7-10 東京・仙台

妹の結婚式。ライセンス司会のなか、やっぱりちょっと変わった結婚式なのであった。
ビデオメッセージはココリコなど吉本芸人が続々と登場。
こっちの仕事とは全く性格の違う仕事なんだなあと改めて思う。
2人が出会うきっかけとなったのは、よさこいで最近人気の「かなばる」でのこと。
従って、披露宴も二次会も、四駆郎氏がかなばるのダンスを激しく踊った。
どうも竹村家系統の結婚式では新郎が踊る羽目になるらしい(おいらもyummyと踊った)。

結婚式の翌日3日目ははじめての仙台へ。
牛タンを食べたいというのと、やはり一度は見ておきたいということと。
しかし今考えると、地震から2ヶ月後という結構早い時期で、よく余震に会わなかったものだと。
仙台の記事は「仙台小旅」「石巻・福島。」へ。
2011.7.17-19 関西強行軍

前日は四万十市で@sakanayamaさんと@shin9さんと飲み。
翌日から久しぶりの松山経由関西小旅。
嫁は芦屋の姉宅に先乗り。
おいらは松山でyummydanceの「ドロップス」を鑑賞してから、全速で芦屋に向かうも、途中姫路の少し手前でダウン。
昔ならもっと走れたはずなのに、3時少し前になるとやっぱりどうにもならない模様。
結局四万十〜松山の疲れも溜まってたらしくドップリSAで寝てしまい、芦屋に着いたのは昼過ぎ。
それから京都に入って「かねよ」で昼飯を取り、恵文社やガケ書房、裏具など毎度の訪問先を訪ねる。
ちなみに夜は寺町のスタンドと六曜社など。
祇園祭が終わった直後だったのだが、まだ囃子が新京極に出ていたりしてうれしい。
最終日は大阪で活版印刷に取り組む明晃印刷へ。
イケイケドンドンなまさに大阪商人で、東京で活版に取り組むメンバーとはまた違った迫力。
帰路は台風の嵐の中をいつ橋が止まるかヒヤヒヤしながら、明石鳴門経由で四国入り。
が、高松道に入ってしばらくすると嘘のように風も雨も止み、夕焼けが広がり出した。
なんでだ、おい。目の前に台風あんのに。

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小旅総覧09-10

旅好き。だけど最近は記録に滅法残さなくなってしまってることを悔やみ中。

なのでこの2年の間、どこへ行ったか備忘録。

今年はなぜか東京と京都がやたらと多い。

 

 

2010.7.23-25 松山~広島
松山でyummydanceの撮影、三津で美味しい丼を食べてからフェリーで広島へ移動し、夜は旧沢マンメンバーで広島飲み。翌日はあちょーの結婚式に出て、夜は小料亭。最終日は宮島へ。帰路、大豊~南国通行止で土佐町経由で帰宅

2010.6.22-24 東京~京都
夜行列車サンライズ瀬戸で東京入り。案の定興奮して寝付けない。
初日、東京ではTOSAWASHI PRODUCTSの営業。三鷹の山田文具店、吉祥寺のサブロ、高円寺の道具屋、目白のポポタムなど。久しぶりに吉祥寺のサンロードではよく見たら25年前とぜんぜん変わってない看板を発見。
夜は池袋で大宮在住の夫妻の結婚式関連ツールの打ち合わせ。翌日は京都へ移動しイチハラヒロコさんと京都駅で打ち合わせ、終了後徒歩で河原町まで移動し、六角のかねよで夕飯。


2010.5.7-9 東京~鎌倉~茅ヶ崎
初日は横浜の築地活字で「文字のできるまで」を見せてもらう。昼からは銀座や八重洲あたりをウロウロ。夜は有楽町で焼鳥、銀座のど真ん中で銭湯堪能。翌日は錦糸町での吉岡さとるさんの写真展を見てから、鎌倉へ移動。鶴岡八幡宮など。夕方には茅ヶ崎に移動し、祖父と嫁初対面。
最終日は祖母の墓参りへ。空港へ向かおうと駅に入ったらJRが全線ストップしていて難渋。戸塚までタクシーで移動したところでJRが再開し、なんとか出発に間に合う。




 2010.3.6-7 芦屋~京都

美術館の河村学芸員と現地集合でイチハラヒロコさんと打ち合わせ。
夜はMeetsでみつけた「よし田」というお惣菜屋さんで晩飯。めちゃうま。翌日は漬物屋さんや「裏具」、「かねよ」など。



2009.10.13-25 Paris,Mainz,Freiburg,Muenchen
日本制覇してから!と思ってたけどついに初海外。思いのほか面白すぎ、2年に1度はどっかへいきたいと夢見るようになる。

2009.9.12-13? 芦屋~大阪~神戸
11月からの使える和紙展に備え、道具や参考品探しに大阪へ。帰りに神戸のIKEAに寄り思いのほかコーフン。

2009.5.16-5.17 倉敷~松山
松山でのyummydanceの「耳打ちせずにいられないことが」観覧にいく前に、遠回りして倉敷へ。三宅商店でメシ。倉敷は表通りよりも裏通りがはるかにいいことを知る。結構マニアックな店も多くて面白い。夜は松山入りし観覧、その後の懇親会にも出席することになり泊まることに。mama!milk清水さんやトオヤマタケオさんら楽団員も見に来ていて、いろいろお話。めっちゃいい人や~。
翌日は松山城でのイベントへ。全体的に、こういうクラフトやアート、エコ系のイベントの質は高知が異常にハイレベルだということを改めて理解。

2009.5.1-5.4 島根~鳥取
おいらのもーひとつの田舎、島根への小旅。出雲大社、松江城、お堀巡り、島根県美など。子どもの頃いくつ食べられるかが夏休みの絵日記のサブテーマにもなってた「八雲庵」の割子蕎麦も10年ぶりくらいに賞味。夜は新天地というビルのてれすこという店などハシゴ。翌日は安来の旧宅跡と飯島の本家へ。商店街ではちょうどお祭りをやっていた。また、こども県展で特選を取った絵を描いた清水寺の五重塔にもたぶん20年以上ぶりに登る。
米子では最近観光地化しているらしい駄菓子屋さんや皆生温泉の浜辺などに立ち寄る。帰りの高速は渋滞。疲れたの
で湯原温泉でイップク。久しぶりに射的なぞも。



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8月13日は、イチハラヒロコデー。

京都を拠点に世界で活躍、イチハラヒロコさんの個展。
15日までgraffitiで開催中の「デビューがピーク。」では、県立美術館で開催中の「プレイルーム。」ともまた違ったぶっ濃いイチハラワールドを静かに堪能できる空間になってますです。
13日には午後6時からgraffitiで「トークイベント イチハラヒロコの、恋みくじ引いてみる?かなわない夢ならあるぜ。」も開催!恋に悩む乙女先着30名、もちろん紳士の参加OK。
オール巨人師匠とも仲良しのイチハラさんだけに、笑いあふれそーなイベントです。
19時過ぎからは、そのまま続いてART NPO TACO発行のイチハラさんのエッセイ集「イチハラヒロコの愛と笑いの日々」出版記念パーテーもあるので、興味のある方はぜひご参加を。
予約は不要ですが、一応人数制限もあるので、graffiti(088-878-0051)まで連絡をしておくと吉。
graffiti
でんわ 088-878-0051
ART IN KOCHI イチハラヒロコ インタビュー

イチハラヒロコ(wikipedia)
蛸の本屋さん
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師匠・井上明彦

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おいらが勝手にたった一人の師匠と思い続けて15年。
井上明彦先生。
美術家にして評論家、デザイナーでもあるこの人の授業を受けたのは大学2年生のとき。
おいらの専攻科とは一切関係のない、芸術学科の講義「芸術学特論」を取ったのがはじまりだった。
(当時は岡山大学の助教授で、出張で造形芸大まで教えにきていた。今は京都市立芸大の准教授)
「コレクション」をテーマに、ひたすら考え、ひたすら遊び、ひたすら実践。
他の眠たげな授業とは全然違う刺激に打ちのめされた一年間だった。

実際に某かのモノを自分で「コレクション」し、その背景を読み取るという課題では、テレクラティッシュを四条河原町で100個以上収集し、情報化で軽くなるセックス産業の行方らしきものを考察。
さらに、森村泰晶や藤本由紀夫、中原浩大といった現代美術作家のコレクションの展覧会「 THE ARTISTS’ COLLECTIONS 」を企画・運営し、作家活動におけるコレクションの意味や価値を見せつけられ、ついでに展覧会の実務までぐっすりと経験させてくれた(F.P.Mの田中さんによるライブがあったりもして、今考えてみてもすごい企画だった)。
さらに94年から95年にかけては、岡山の取り壊し前のビルを使い、一年間アートの実験をしまくる「自由工場」を井上先生が主宰。床のPタイルを全部剥がしてしまう”OFF THE FLOOR”に参加したり、そのときに撮影した写真を建物に同化させる”ON THE FLOOR”を企画してみたり、それまでに経験したことのない「変なコト」をやれる空間に興奮した。
結局阪神大震災の影響で3回しか訪れることができなかったけど、リノベーションだとか地域の空間を使ってのアートスペースづくりのまさに「嚆矢」そのものの現場だった。 NPOもネットもない時代、パソコンだってまだまだ普及しているとは言えないこの時代、まさに10年早すぎた現場だった。この場所から、21世紀美術館や直島のキュレーターが育ち、現代美術作家が育っていった。
大学を出てからしばらくは音信不通だったけど、神戸で先生が企画した「新開地アートブックプロジェクト」に参加せーへんかと資料を送ってくれたのが5年前。街を実際に歩き、街の隅々の「面白い」を引き上げる、【街の地質調査】と称したこの本にもまた相当の衝撃。後の「高知遺産」の兄貴分ともいえる本で、藤浩志さんのブログでもあまりの兄弟っぷりを紹介いただいている。
で、井上先生。
こないだ突然電話があり、いま徳島なんや、これから高知へ行くけど会えへんか。と。
昼間はなかなか時間が取れなかったので、投宿されていた窪川の松葉川温泉まで夜中にダッシュ。結局閉館となる23時には退散したけど、1時間半あまり自由工場の話や、自由工場から巣立った工員たちの話、関西や瀬戸内のアートとは全く違った独立独歩で高知はいくべきだよといったお話を一気にいろいろ(AAFに落選したんだけど、という話しをしたら、むしろそれでえいやんかと)。お土産は淡路島のたこせんべい。キッチュなせんべい工場のお話し付き。実に12年ぶりの再会でありながら、フツーに会話が弾むのが嬉しい。
う〜ん、やっぱり師匠。
いずれにしても、前にも後にも井上先生ほどモノの見方や楽しみ方を教えてくれた人はいない。
おいらが卒業後にランドスケープ→地域計画→デザイン+地域系と来ていることも、(いまでいう)NPO的な物事の進め方(やり方には疑問がある事例が多いけど)にそれほど疑問がないのも、キッチュな物事に過敏に反応するのも、井上先生の影響が大きいと思う。
15年経ってもそれなので、やっぱり勝手に師匠なのだ。
今度は京都へ行かねば。

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関西小旅3 大阪神戸あっちゅうま

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夜は大阪へ。大学時代に写真部の後輩だったJ氏と、同門だったM氏夫妻と会食。大学当時はつながりなんてひとつもなかったはずなのだが、いつの間にか近づいて結婚にまで至ってしまったという驚きのカップル。なんせ今年の正月に年賀状を貰うまで、そのことを知らなかったのだから、今回一緒に飯を食べたり呑んだりしていてもなんだか不思議なのである。まあそれでも幸せそうなのだ。ドタバタで進む結婚式への段取りだとか、いまの仕事であるとか、そんなことをツマにして結局一時前まで話し続けた。

大正区の橋.jpg
大正区の運河をわたる渡船乗り場へ。昨晩呑んだJ氏の原風景ともいえるところで、今まで何度もこの渡船のことを聞きながらいまだかつて見たこともなかった。
大きなループ橋の下を、小さな舟がポンポンと渡る。結局この日は時間が合わなくて乗らなかったけど、浦戸湾や三津もそうだけど、渡船には「ただそれだけのためにある舟」たる妙な力があるように思える。余計な装飾は当然なくて、必要なものが必要なところにだけある感じ。桟橋も最低限で、どこかのローカル線の終着駅のような寂静感。
橋のすぐ下の小さな草野球場では、監督が子どもたちを大声で怒鳴りつけていた。そんな玉がとれんのならやめろ。それでも玉に飛びつく子ども。そのまわりをぐるぐるとまわる車。そして、隣の敷地には鉄屑の山がひろがる。
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大正からまっすぐ新世界へ。おいらはスマートボールをしたいのだが、お連れさんはいまひとつ。ということで早々に退去。何焼きだったか忘れてしまったが、写真の焼き物は美味しかった。半熟卵好きにはたまらん食感。
グラフ.jpg
さらに長堀のTRUCKを経て、grafへ。ここではシアタープロダクツの展覧会中で、なんだか大混雑。服でもCDでもなんでも賞品を買えば、用意された用紙で自由にラッピングできるコーナーなんかもあったりして面白い。2階にはカフェ、3階にはブック。高知でここまでとんがるのは無理にしても、なんかこういうとことん突き詰めたエッセンスがあるお店もあったらいいねえ。
このあと、D&DEPARTMENT PROJECT OSAKAへも。詳しくはHPをご覧頂いた方がわかりやすいが、ロングライフデザインの商品や、たとえば古い事務机やソファを徹底的にリデザインして商品にする、というお店だ、簡単にいうと。・・・今度高松にもできるみたいだけど、高知でこの業態はどうかななどと考えてみる。一部の人には猛烈に受けそうだけど、結構口喧しい人が多い高知では、「なんでこのトレイが2000円もするがな!」と怒りだしそうだ。ごく一部の商品だけ取り扱う、小さなサテライト店だったらいけるかも知れない。
中華街.jpg
関西小旅の終着駅はいつも神戸の中華街。京都のガケ書房と同じように、「高知遺産」を置いてくれているVIVO VABOOKSTORE(「はんこ本。」も取扱開始しました)からも近くて、ついついゴマ団子やニラ饅頭を食べたくて寄ってしまう。
ましてやこの日は春節で大賑わい。毒入り餃子事件なんかで五月蠅い時期だったけど、真ん中の広場ではなんやらのショーで大混雑。メインの通りをはでっかい龍がうねうねと飛び、一軒一軒のお店に頭から突っ込んでいく。どういうものかは分からないけど、たぶん招福。




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関西小旅2 雪の京都もお昼まで

知恩院.jpg
前回の記事からさっぱり時間が空いてしまいましたが。。。やっぱり小旅はきちんとかかなければ勿体ない、ということで。
知恩院は、京都の寺の中でもなんだか別格に好きなところだ。浄土宗の総本山で、派手さはないがなんともスケールがでかい。祇園から少し北にある門から入ってしばらく行くと、どーんと山門が見えてくる。
しかも雪景色。これが見たかった。これが見たくて走ってきた。黒光りする門にふわりとのっかる雪の景。広い境内も一面の雪。余計な匂いもなんだか消えて、もくもくと焚かれた線香の香りだけが鼻の記憶に残る。

青蓮院.jpg
続いてお隣の青蓮院門跡へ。こちらはおいらの京都一のお気に入りスポットで、室町時代の相阿弥による池泉回遊式庭園、江戸時代の小堀遠州による霧島ツツジの庭、さらに趣のまったく違う宸殿前の大楠の庭がセットでみられるちょっとお得な庭なのだ。
で、お得なだけでなく、いうほどにはひとけがなくて、のんびりと庭を楽しむ時間がつくれるのもこの庭のいいところ。こんな雪の日にいけば、瓦屋根から少しずつずりおちていく雪やら氷柱の行方を追い続けることだってできる。
ここでたまらないのは大楠の庭。一面に杉苔が敷き詰められた庭に、右に橘、左に桜が植えられる。その背景には巨大な楠。相阿弥や小堀遠州の庭に比べると特に歴史的な価値が高いわけでもないけれど、ゴチャゴチャと「考える時間」を頭の中で用意してしまう庭よりもずっとシンプルで、ただただ妙な間と、妙な迫力をもって迫ってくる。この日は雪で苔も隠れて、いつもとは違う印象。どーも苔だらけの時のほうがいいらしい。。。
かねよ2008.jpg
ここでようやく昼。京都に来たらお約束の河原町六角かねよで「きんし丼」。ついでにちょっと豪華に茶碗蒸しもつけてみた。
10年のブランクのうちにさっぱりと変わった京都のなかでも、ここだけは大学時代と何一つ変わってない。渋い注文票も、マッチも箸も、ちょっと傾いだ建物も、ダンディーな番台のおんちゃんも。そして、いつ来ても変わらない客の多さと。
マンガミュージアム.jpg
昼を過ぎると雪もさっぱりと溶け、普通のこの後はガケ書房やら北山の知人の店を回ったりして、夕方に京都国際マンガミュージアムへ突入。こちらは小学校廃校跡を活用したマンガの図書館と博物館をガッチャンコしたようなものなのだが、ひとことでいえば公共のマンガ喫茶みたいなもので、なんかちょっと異様。
館内のあちこちの棚から引っ張り出したマンガを片手に、机や椅子だけでなく階段やらほんのちょっとの隙間やら、腰を落とせる場所ならもう館内どこでも・・・という感じで、大人も子どもも無関係にマンガをぞっこん読み耽る・・・という感じ。
おいらはマンガは大好きだけど、ここまでくるとちょっと気味が悪い。目の前にたくさんの人がいるというのに、基本的に館内はそんなにうるさくはない。どちらかというと、静か。机に5冊くらいずらりとマンガを積んで読み耽っている人もいれば、机に突っ伏して寝ている人もいる。親子で楽しそうに読んでいる人もいれば、ただのおたくらしき人もいる。
インターネットカフェやらマンガ喫茶なんてものはたまに良からぬものとして批判されたりしてるけど、ここに広がる光景は、そんなのとあんまり変わりはしない。しかもこれが京都市の博物館。すてきといえばすてきだけど、変といえば変。とりあえず国際マンガミュージアムという割にはミュージアムになってないし。そして、ライブラリというにはちょっと貧弱なマンガ揃えにも思えるし。些か京都しからぬ中途半端さを感じた。




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関西小旅1 雪の京都へ行きたい衝動

東寺
思い立ったら旅に出る。
きっかけはとても単純、関西で11年ぶりの大雪というニュースなのだ。

11年前といえば京都に住みながら大阪の設計事務所で働いていたころ。五条の家で目覚めると鴨川も東山も真っ白で、普段なら一時間もかからない淀屋橋までの通勤路が2時間以上。心斎橋の事務所あたりもまさに雪景色で、いつもならビュンビュンと車が走る御堂筋も、この日ばかりはノロノロ運転だったのだ。 
 が、このときはいずこの寺も巡ることはできなかった。せっかくの雪の都、それを見逃す手は無いはずなのに、電車が動いている以上何とかいかねばクビになる。で、ニュースを聞いていたらどうにも体が止まらない。今から出たところで間に合うものかも分からないけど、京の都の雪の景、ぜひにぜひに見てみたいではないか。
いでたちは午前1時半。あさっての秋葉祭りや城下さんの主演するミュージカルの観劇も捨てがたいが、一旦「京都いきてえ」に火がつくともう止められない。京都って、そういうものなのだ。だから、短ければ半年、長くても1−2年に一度は必ず京都詣でに出かけてしまう。たぶん、これは東京にはない衝動だ。
とはいえ、行ったところで案外普通に過ごしてしまうのもまた京都なのだ。あの店も行きたい、この庭も行きたい、この人にも会いたい。だけどいっつもまあ今度のお楽しみ、といろいろ楽しみを置いてきてしまう。だからいつも何だか後ろ髪を引かれるままに、旅路を終えてしまうのだ。
今回も、そうなる気配は濃厚だ。なんせ出発が午前様。TACOで出版した「はんこ本。」の行商も兼ねてのことにしたから、大阪や神戸も覗きたい。京都に滞在できるのはせいぜい日中程度、のことでしかない。
出発が1時半だと、さすがに車の姿もほとんど見えない。高知道から松山道を抜けて、いつものように瀬戸大橋から何度走ってもつまらない山陽道へと入るが、たまにトラックやバスがいるくらいで、動いている自家用車の数はほんのまばらだ。そして、眠気がやってきたのが3時半、兵庫の手前の瀬戸で車中泊と相成った。
おいらは車中泊が好きだ。一時期伊豆やら飛騨やら金沢やら九州やら・・・と車で駆けめぐった頃も、車中には毛布や枕なんかを備えつけていたことがあった。決して熟睡できるもんじゃあないけれど、着実に先へ先へと向かっている感じがして、どうにもやめられない。だから、車でどこかへ行くときには必ず車中泊がしっかり組み込まれている。車中泊でも、限界まで走れば眠るのはあっという間で、深い眠りにどっぷりと入ることができる。だから、朝の目覚めも悪くはない。
名塩
8時半には再スタート。朝になればますます眺めのつまらない山陽道だけど、姫路を越えたあたりから関西上空の分厚い雪雲が気になって仕方がない。案の定、西宮名塩まで来ると、あたりは真っ白で、エリア内にもどっかりと雪が残ってる。京都も、この調子なら結構雪が残っていそうだ。
梅小路
10時前には京都入り。東寺あたりまで来ると民家の軒先にもたっぷりと雪が載り、梅小路公園も真っ白になっていた。
というわけで、まずは一枚目、梅小路公園。大きな広場のあちこちに、雪だるまが点在。すぐ近くを新幹線やJRも通っていくけど、なんだか心なし音のない世界。




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京都って、なんだろう(2000)

text/フジガキアツ・タケムラナオヤメール対談

アツ:ああとうとうこの時がやって来てしまいました。満を持してのこのテーマですねえ竹村さん。いや今回ばかりはあの頃に戻って「リーダー」と呼ばせていただきたい。ねえリーダー、このテーマを持ってくるって言うことは、アイドルトーク、いやカメラトーク友の会にとって物凄く大きな意味を持つことですよね。これやっちゃったら後が無いじゃん、みたいな。ん? まままさか、アイドルこれで終わりなんてことはないよね? まあ、お終いじゃないにしても、ひとつの節目となりうる重大なテーマということですね。
忘れようとしても忘れられず、思いだしては笑い合い、時に胸がぎゅっと苦しくなる学生時代、あの頃私たちは京都に住んでいて、そして出会いました。全てが京都で始まったわけでしょ。それだけに思い入れが深いってこともあるけど、それだけに留まらない何かが、あの町にはある気がします。それは何なのか。過去のかさぶたを無理矢理はがし、傷口に塩を擦り込むような気持ちで、今回の対談を進めてみたいと思います。

竹ムラ改めリーダー:はいどうも。背水の陣というやつですね、ずっとやりたかったテーマなんだけど何か難しいテーマ。結局「過去にいた」という事実そのものがあまりにセンチメンタルで、筆が進まない。こんなに苦しいテーマって他にないかも。
思いがもう混乱してて、いろいろな記憶がありすぎて、何から書いていいのか、どこへ落としたらいいのかがようわからん。まあそんな難しいテーマだけど、それでも京都ってなんなのか、ちょっとずつ自分たちなりに紐解いてみたいね。なんでこんなに京都が好きなのかってことを。
僕は京都から高知に移ってもう2年半ぐらいになるのね。それで出張やら遊びやらで京都には半年に1回くらいは行っているわけ。恵文社で本探したりとか、同級生の結婚パーティだとか、出張ついでとか何だとかで。それで思ったのが、京都って、たまに行ってもあんまり「よその町」っていう感じがしないってことなのね。
まだアツが京都にいた頃、車で高野の家まで行ったでしょ。あの時は京都離れてからはじめて京都行った時だったんだけど、なんだかとても普通で、帰るときもいまいちこれから高知まで帰るんだっていう感じがしなかった。五条の家に帰るような錯覚覚えたりするくらいで。あーまだ離れて間もないしこんなもんかってその時は思ったんだけど、やっぱり行くたびにそうなのね。そーゆうところがあるから、なんだかあーまた帰ってきたいなあって思ってしまう。

アツ:ううん、まさに。私も大阪に住んで1年半になるけど、ふた月とあけずに京都の友達に会いに行ってるかな。でその帰り京阪電車に乗ってる時の淋しさったら無いですよ。友達が住んでるからってこともあるけれど、たとえばこれが私が京都に住んでいて大阪の友達のところに遊びに行った帰りだったとしたら、きっとこんなに淋しくはなんない。やっぱり京都に行くたびに「ただいまあー」って言いたくなるし。
何でかって考えてまず出てくるのは、学生だったからってことかな。私が京都で過ごした6年間はずっと学生だったんですけど、やっぱ学生時代って特別じゃないですか。私たちは特に親元離れて京都に住んだわけだし、ひよっ子のペーペーが一人で生活を始めることによって、ちょっと成長するというか。私なんか京都という町でもう一度「生まれた」と言っても過言じゃないくらい、それまでとは根本的に考え方とか価値観とかが変わったもの。見るものやること全てドキドキの体験ですよ。加えてお金はないけど時間はたっぷりある。そうすると何をするでもなく無駄にだらだらする時間が増えて、結果的に地域に親しむってことになるんですよね。そうすると京都ってのは昔から学生の町だったりして、貧乏な若者でも不自由しないような作りになってると。チャリでどこでも行けたり安い食堂があったり文化的な施設があったりね。ちょっと外れればすぐ山や川があるのもいいところ。もう縦横無尽にチャリで走りましたよ。転んだのもいい思い出です。

リーダー:確かによく転んでた。高瀬川で「follow me!」とか叫びながら滑り込むとか、凄まじかったよね。まあそれはいいとして、学生は時間がたっぷりあるのはどこのまちでも同じことだとは思うのね。でも、そもそも京都っていうまち自体がなんだか時間をたっぷり持ってて、いやあの、1200年とかそういうんじゃないよ。かといって田舎的のんびり感じゃなくて・・・どう言ったらいいんだろ、とにかく過ごしやすい時間が流れてる。大阪みたいにせせこましくないし、東京みたいに角張ってもいない。焦りがないっていうか。で、そんな時間の流れ方と、学生の時間の流れ方ってのがなんかすごいフィットしていたというか。特別な時間を、なんだか特別なまちで過ごしたなあってよく思います。
大体チャリってのもいいよね。足は市バスか自転車か。今回の特集で原稿集めててもチャリに関する話は多かった。僕も日曜のたんびに嵯峨野だ伏見だって走り回って、最後のほう足が上がらなくなったりしてましたよ。

アツ:よく走ってましたよねえ。一時。アホじゃなかろうかと思うくらいに。っつーかアホだったんだろうねえ、あの頃は。いや、リーダーだけじゃなくて皆ね。酷く疲れたときだとか、傷心なときだとかにぼけーっと走ったことって私もよくあったなあ。まあ精々上賀茂止まりでしたけどね。自転車で走ると景色がゆっくり見れるんですよね。京都って何気ない景色でも絵になるところが多いでしょ。高野川べりの桜並木とか賀茂川べりの柳のやわらかい枝とか。春でも夏でも秋でも冬でも、いつでも何かしっくり来る。
凄く好きで何度も良く行ってた場所ってありましたよね。私はやっぱり川沿いだなあ。賀茂川のホラ、北大路通りの植物園よりのところにテーブルあるでしょう。あそこによくご飯作ってお酒持って行ったりしたな。昼でも夜でも。昼は犬が大集合したりして。それから疎水。動物園の裏とかでよく釣りしました。コーヒー沸かしたりしてね。老若男女が釣り糸を垂れてるの。目指すは勿論巨鯉、でも釣れるのはブルーギルや似鯉。夜のしじまを縫って動物が突然奇声をあげるわけ。猿だか鳥だか解んないけど、「ギャアーッ」って。ギョッとします。雰囲気あるよー。夏の夜とかのあの生ぬるい空気が良かったな。盆地ならではの物凄い猛暑の一日が終わり、微かに熱の名残が残る、密度の濃い空気。もう何か猛烈に幸せになって、そのまま夜明けに宝ヶ池公園まで自転車飛ばして、忍び込んで子供用のトランポリンやったり。アホですね、やっぱり。
リーダーのお気に入りスポットってどこ?

リーダー:僕はやっぱり疎水かなあ。疎水いうてもマイナー疎水で、市バスの北白川あたりから高野の方へ向かうあたり。哲学の道みたいに観光地化されていなくて、なのに大きな桜がこれでもかって春には咲いて、たまらなかった。別当町のあたりにおいしい蕎麦屋があってよく行ったりしてたわ。なんだか世話好きでモノをあげたがるおばちゃんがいて、なんか知らないけど大きい扇子だとか障子だとか貰ったりして困ったこともあった。あと鴨川。川端二条とか河原町五条とか意外と長いこと鴨川沿いに住んでたってこともあるけど、自転車でぶらーっと先斗町あたりを眺めながら走ってみたりして気持ちよかったな。酔っぱらって河原で寝てたこともあるし。
でもなんかお気に入りっていうと川とか池とか水廻り多いねー。それこそアツのいう盆地の猛暑から少しでも逃げようとする自然の摂理なんだろか。京都では数少ない、風のよく抜ける場所だしね。

アツ:ああ、そういやそうかも。水辺好きだよねえ。まあ確かに暑いからってのもあるだろうけど、水辺ってなんか感傷的っていうか叙情的な気分になるじゃない? 特に京都だからって訳ではないんだけど。でも京都ってそう言うセンチメンタルが似合う気がする。私だけかな、そう思うの。
まあそれに関係するのかもしれないけれど、「京都」にあるのはどういうわけか前向きな力ではないような気がします。何かしら後ろから引っ張る力。それは歴史の重さとか郷愁とか保守的とか言うことかもしれないけれど、町自体にそう言うベクトルがある。人も町並みも、守るものの大きさに、頑なになってる気がするんだよね。勿論それに反発して異様に革新的になろうとする動きもあるんだけれど。
だからかもしれないけれど、京都のことを考えるにつけ何か思考が後ろ向きになるんですよ。これって私たちがよそ者だから? 地元の人たちにすりゃ「そんなことあるかい!」って感じなんだろうけど。まあ京都に住んでいる間はあんまり感じたことが無かったって事は確かなんだけどね。

リーダー:基本的に「歴史都市」ってのはそういうもんなんじゃないろうか。奈良とか鎌倉とかもそうだけど、やっぱ守備専門なんですよね、基本的に。
アツの言うとおり引っ張られるものが多すぎて、何かする度考える度にいちいち郷愁にはまらないといけないっつーか。ほんで、その郷愁にはまり過ぎていることに気が付いたりした時、逆転の力が働いてみたりしてね。・・・郷愁で終わったのが祝祭1200年の一連のイベントで、逆転の力が京都タワーだとか京都駅だとかに残ってるような気がするんだけど、どうだろ。
まあそれでも京都はうまく行ってる方かなあとは思いますよ。後ろ向きの力に反発する力が働くというだけでも。やっぱ歴史への郷愁だけじゃ都市は成り立たないんですよね。都市のアイデンティティを郷愁におもねるのは結構だけど、結局そればっかになっちゃうと歴史の重みが都市の歩みを邪魔をするわけで、そうなったら最後、奈良とか高山みたいになるのもまた見えているわけでさあ。
ほんで僕らが京都のことを思うと後ろ向きになるってのは、見事郷愁にはまっているというわけなんですよ。これってもう立派なよそ者になったっていうことなんじゃない? 逆に僕らが京都に「京都はかくあるべきだ」っていうイメージを押しつけようとし始めているというか・・・。

アツ:・・・リーダー、随分丸くなったよねえ。学生の頃のピリピリするような辛さが嘘みたい。こういう話題にはまず噛みついてた。その事だけでも充分、私たちが京都から遠いところに来てしまったんだなあっていう郷愁を感じるよ。
確かに私たち「よそ者」がやいのやいの言ってイメージを押し付けてるってのは事実。でもそれって逆に考えると、それだけ「京都」に価値があるってことを皆が認めているからですよね。常勝の辛さって言うの? ジャイアンツと一緒よね。まあ迷惑かもしれないけれど、でも京都にはそれを受け止める器の大きさがあると思う。甘受するでも全否定するでもなく。何よりも町にも人にもプライドがあるから。いい意味でも悪い意味でも、自信を持ってるでしょ。今じゃもう笑い話みたいだけど、フランス輸入の橋が架かりそうになったとき(*1)にもちゃんとノーって言ったし。自分たちで取捨選択が出来るってことは、それだけの自信があるってことだよね。あんまり認める人はいないけど、私個人的には京都タワーってある意味凄い京都っぽくて好きだなあ。京都駅から一歩出て空を見上げたとき、暗闇に浮かび上がる象牙の塔はなかなかの絶景。
プライドと自信のある町。だからこそ私たちは京都に惹かれるのかもしれない。特に若い頃はラディカルなものに対する憧憬と反発心が強いから余計にさ。

リーダー:そーなんだよね、京都は恵まれてる。京都ホテルや京都駅の高層化で景観論争が巻き起こった時も、実際洛中は大揉めだったけど、それ以上に洛外で様々な立場から京都の景観とは何かってことが議論されてた。さっきも出た奈良や鎌倉ってのも度々景観を巡って論争が沸き立つけど、京都はその比にならない注目度なんだよね。中身はともあれ対外的に認められてる「価値」が異常に高いんかなあ、期待もすごいされているし。
しかも面白いのが、外が沸き立てば沸き立つほど、中にいる京都人たちは醒めていくというところがあることなんだよね。僕が京都の大学に行こう! って決めたのは景観論争というお家騒動を兎にも角にも見てみたい! って思ったからだったんだけど、いざ来てみるとかなりみんな醒めていて、東京の方で流れている本やテレビの情報ってのがいかに「東京の眼」っていうアテにならないもので書かれてるかを知りましたよ。とにかくね、京都人の当時の反応の多くは、「しゃーないですわ」ってのが多かったと思うよ。仏教会もその頃にはおとなしくなってて通常通りに拝観できるようになってたし(*2)。あれから8年近く経って京都ホテルも京都駅も全てできてしまった今、ますますこの「しゃーないですわ」度は強まる一方ですよ。
プライドが高いから、みんなが騒いでくれないと腹が立つ。でも、プライドが高いから、みんなが騒ぐとイヤになる。最後はもうどーでもえーでー好きにしーやーみたいな感じで突然放棄して、結局あの時あんなに騒いだのは一体なんだったの? って感じになる。そして、いつの間にか京都にとけ込んでいく。これって受け止める器の大きさ・・・ってことなんかな。よく言えば「ちょっとやそっとじゃ変らへん」という迫力も感じるし、悪く言えば「まあ出来てしもうたんやし」仕方がないっていうやる気のなさを感じたりもする。他人任せっていうか固執しないっていうか・・・ゆとりがあるんかな。
だからね、鴨川のシラク芸術橋は洛外にまで反響を及ぼすような大きなうねりにはならなかったから、京都がきちんとノー! って言ったようなフウに見えるわけで、もしアレが大騒ぎになっていったらたぶんまた途中で「誰かが決めてくれはる」ってことになったと思うよ。大体あの橋の反対運動の先頭に立っていたのはキーンさんでしょ。キーンさんいうたら僕らの大学で一時造園を教えてくれてたヨーロッパの人・・・国名忘れた・・・でさ、元を質せば京都どころか日本の外の人ですからね。

アツ:なる程ね、さすが本業、詳しいね。っていうかリーダー、丸くなったと思ったのは単に気のせいだったみたい。やっぱり噛んで来た。
でもさあ、そんなこんな言ったって、やっぱ住人なんてそんなもんなんじゃない? っていうか人間なんてさ。それこそ生活のダイナミズムだし、結局そう言うもんでしょう。文句言ってても京都駅利用しないと新幹線乗れないわけだし。
京都をより「京都」たらしめているのは京都の外のひと、或いは内部にいる一部のひとのコンプレックスと憧れなのかもね。ホレ、京都には学生や文化人多いし。皆別の土地にちゃんと故郷とか現住所とかがあるから、好き勝手にあーだこーだ言えると。何か思いっきし私たちのことですねえ。

リーダー:まーそれを言っちゃあそーゆーことだよ。結局は関係ないからね、自分らのセンチメンタルを放言して押しつけることが存分に可能なわけよね。これって外の人間だから思うのかも知れないけど、また京都っていうまち自体がそれを望んでいるようだし。またそのセンチメンタルにこたえることができるだけの歴史の町並みだとか生活だとかの資産があるよね。こんなに語れる街はないよ、もう。語ったら寒いまちばっかだもんね、もう。逆にいつまでセンチメンタルでいくんだ? って聞きたくなることも多かったりしてさ。
まーそれで、京都にはあーだこーだって語るのが仕事とでもいうべき文化人やら学生やらのインテリ連中がたくさんおるわけで、そうなったら京都の生粋人はどこへ行ったの?って感じだけどね。いやほんまどこ行ったんだ?

アツ:家でプロ野球見てはる。今日も巨人が勝ちます。てのはいいとして、京都ってやっぱ昔から、それこそ戦国時代ぐらいからずっと、よそ者に干渉され続けてきたわけじゃない。やれ上洛だとかさ。んでそんな状況下でずーっと、京都の人たちは「京都」のコケンを必死になって守ろうとしてきたと。だから外部からどうこう言われることなんてある意味慣れっこなんじゃないかな。
っていうか、どうやら外部からの干渉を期待しているフシがある。待ち受けて、まんまと網にかかってやってきたそれらの横槍に対する反発のパワーを発奮材料にして、「京都」の秩序を再確認してるって言うか。仮に外部からの圧力によって、京都の人たちも実はやせ我慢していた事がちっと便利になったとしても、それはそれで儲けもんかな、ぐらいに。とりあえず文句だけは言ってみたりして。
ちょっと穿ち過ぎかなあ。いや、でもホラ、リーダーの嫌いないわゆる「京都人」のタイプって、そんなの多いじゃん。やんわり返しながら執拗に責め続けるっつーか。決して自分の損にはしないっつーかさ。

リーダー:そーなんよね。言いたいことあるんならはよ言え! って感じの人多いもん。人を褒め上げながら落とすというか、あんま人の話聞かないっていうか、自分の話しかしないっていうか。京都人はO型体質なんやろかね。まーそれはともかく、ずっと京都に籠もってる人と話をしてたらほんま身がもたんね。なんぼキレてもキレきれない。
関西人自体がそうかも知れないけど、他人への干渉もかなり激しいしね。
「余計なお世話かも知れへんけど、リーダーって■■なとこはええと思うわぁ、せやけど●●は全然あかんやんなぁ」
早いとこ言うたらいいのにね、「リーダーはあかん」って。
アツは結構京都人の友達多かったと思うけど、そういうのなかった?

アツ:不思議なことに女友達は殆ど地方出身者。京女は一人か二人くらいしかいない。そのかわり男の子は殆ど京都人。洛中の子も何人かいるけど、別に普段はコレといって「京都人」だなーこいつって思ったことはないかなあ。でもふとした時にプライドが割と高いかも。将来は立派な京都のおっちゃんになりそうな人もいる。あと甘えたがりね。あっこれは別に京都人に限ったことじゃねえか。オホホ。
若い人にはあんまりいないんだけど、タクシー運転手のおっさんに田舎者扱いされたことはありましたよ。こっち来たてでね、いたく傷ついたのを覚えてるよ。それ以来行き先を告げるときは極力地元民を装ってた。インチキ関西弁を駆使して。今考えると馬鹿みたいだけど。タクシー運転手だって地方出身者多いのにねえ。
まあ私たち地方出身者からすれば、京都って所は憧れの町ですからね。でも東京に対するような卑屈さはない。素直に、「京都っていいなあ!」って思えるし、公言できる。

リーダー:東京に卑屈になるのは君がすっかり関西の人間になってってことよ。もう福島には帰れないね、あなたは。・・・でもアツは猛烈巨人ファンでしょ、そのへんはいいの?
まーそれはおいといて、東京と京都は全然違う憧れのまなざしを注がれるまちだと思うのね。東京はなんか別の国でも見るかのような憧れで、いわば「異文化」のモノや人に対する憧れを集めてるわけ。ほんで京都はもうちょっと分かりやすい、ゆうたら「日本」的世界を覗くようなセンチメンタルに近い憧れで、場所や時間の魅力に対する憧れを集めている・・・みたいなね。
どっちにしても、完全に別れるところだろうね、東京派か京都派かってのは。僕は渋谷の人波を歩くだけで憂鬱になりそうな人ですし、第一巨人なんてキライですからね、東京派なんて信じられませんよ。

アツ:アハハ~ンだ、京都には結構巨人ファンが多いんですよーだ。関西=京都って図式はちょっと違うんだもんねー。プーン。っていうかジャイアンツ優勝おめでとう!
でもね、私は絶対に「関西人」にはなれないし、なろうとは思いませんね。だからって東京の方が好きって訳じゃないよ。もちろん場所も人も京都が好き。でもそれはあくまで「よそ者」としての「好き」なのね。なんつーか、愛と恋とは違うじゃない? 私は、京都に恋し続けていたいわけよ。今までも、これからも。そう在りたいと思ってる。
っつーかさあ、関西の東京に対するコンプレックスも度が過ぎるとむかつく! まあこれが出るころにはとっくに日本シリーズで勝利してるだろうけどさあ、昨夜、まさに昨夜ですよ! 今世紀最後のミラクルが日本中の巨人ファンを熱く熱く震えさせたのよ。あの劇的なリーグ優勝(*3)! ところがどうよ、今朝のこっちのスポーツ新聞。マジ酷い扱い。関西人心狭すぎ! そりゃあシドニー女子マラソンの金メダルは凄いことだし、まあこうなるだろうって予想はしてたけどさ。何かここまで来て関西の意地とか何とかそんな事言ってるのって、ほんっとケツの穴小せえよなあ。まあ何でも許せますけどね、今は。ボエ~。
前にも書いたけどね、京都と巨人は似てるのさ。オレンジ色の夕焼けが似合う町。歴史と伝統、期待されてるところ、たまに期待外れなところ、政治的なところ、プライドとそれ相応の実力、それ故に妬まれるところ、外部からのプレッシャー、でも強いところ! だから好き。それでいいじゃん!
おっ、ジャビット君!(走り去る)

リーダー:おいおいどこ行くねん! 銀座パレード? またええとこで逃げやがって、いつもそうじゃねえか!
しかし昨日の君の祝勝酩酊の君の電話はなかなかのもんやったね。もうほとんどオヤジ状態! 何はともあれ優勝おめでとう。
まあそれはともかく、自分も京都は好きだけど、関西人なんてもんになりたいって思ったことは一度もないね。僕もやっぱよそ者として、京都のお客さんとして、京都を楽しみ続けれたらって思う。楽しませてほしいしね、これからも。
あと喜びに水を差す関西人の東京コンプレックスはしゃーないでしょう、もう。あれは性分、それこそ生きる糧な部分でもあるわけでさ。まあでも「地域」ってのをこれだけ意識している地域ってのはもう関西が最後かなあって気がするから、許していこうよ。新聞の偏りとかメディアの偏りとか言うんだったら東京のメディアの方がよっぽど酷いしね。ただ阪神王国では巨人報道ではとてつもなく酷い仕打ちがなされるというわけで。でも今回のは高橋尚子にぜんぶやられてちょっと野球好きとしては腹が立った。
何はともあれ、京都はよそ者に好き放題いろんなこと言わせんのが得意なまちってことやね。やっぱ強いわ。強すぎるわ。そら惚れるわな。
まーでも金任せの補強はしないけどね、アツオさん!
・・・ってアツオさんホントに消えた? またビール? おいもう目を覚ませ!

アツ:(オレンジ色に染まったライトスタンドより)えー? 呼んだー?
金任せの補強? 何言ってんのそれは企業努力ってもんでしょうに。日刊スポーツで落合博満も言ってるぜ! 金を惜しまないのがプロの心意気よ! 京都だって同じ、勝っても負けてもいずれ官軍なんだからさ、どうせやるなら強気なほうが気持ちいい。ファンとして、そう在って欲しい。
じゃあまた来シーズンに! ほらほらリーダーも、夕日に向って両手を上げて! 行くぜv2!
(2000/8/1~9/26)

(*1)確かシラク大統領が来日した時、桝本京都市長に姉妹都市としてセーヌ川にかかる芸術橋を鴨川にもかけてはどうかと言われ、何の思想もない市長はウィと答えて先斗町から祇園にかけて歩行者専用橋をかけることになった。しかし、結局反対運動がまきおこって白紙撤回となった。
(*2)京都ホテルの建設が明らかになった94年頃、京都の名刹で構成する京都仏教会は「京都ホテル系施設に宿泊の方は拝観禁止」というややこしいことをしていた。その前には古都税とかの導入で全面拝観停止といったこともあった。
(*3)2000年9月24日、対中日戦、於東京ドーム。0-4で迎えた9回裏、一死満塁から江藤が満塁HRで同点、続く二岡がライトスタンドへ決勝打。誰も予想しえなかった劇的なサヨナラ勝ちで巨人が4年ぶり29度目のリーグ優勝を決めた。

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京都・佐世保・小布施 まとめる前に

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どうにもこうにもこの一ヶ月、結局バタバタとあちこちへ。
今年は春に金沢を旅して、以来あまり旅に出ていなかったんだけど、一気にいきましたな。
とはいえ佐世保と小布施は仕事関係。
詳しくはまた明日以降アップしてまいります。




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それにしてもですね。最近mixi日記をやめてブログを再開しつつあるわけですが、
やはり以前ほどの勢いでは書けない自分がおりますよ。
んで、忘れてしまいそうなので、いずれ書くであろうことを以下に。
書きたいことリスト
1.小布施旅日記
2.佐世保旅日記
3.京都旅日記
4.頭がかたい
5.風の谷のナウシカブーム到来中
6.イオンをありがたがる人々[obusession]
7.堀川アートミーティング
8.高知ランドスケープシリーズ
9.高知の銭湯訪問シリーズ
10.田舎の私鉄がおもろいシリーズ(長野電鉄、伊予鉄道)
11.ぷらっとこうちの崩壊[web1.2]
12.金沢21世紀美術館と地中美術館、そしてMIMOCA[美術館2.0]
13.四万十川・仁淀川・物部川 高知の川三ツ
14.高知でおいしい珈琲は飲めるのか
15.夜は賑わい、昼は寂れて その理由を考える
こんなところか。




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【京都の旅】神戸へ、そして高知へ

一時過ぎに三宮着。駅の下でa氏に合流し、CAPを目指して歩き出す。。。

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とその前に中華屋で食事。氏によると神戸は南京町よりもその外の方が(今回行ったのは元町駅の近くのガード下沿いで、鯉川筋近く)名店が多く、チェーン店が入る余地がないとのこと。お店の名前はど忘れしてしまったのだが、店員はみんな中国人らしくて中国語が飛び交う。しかもかなり大声で喋っているので結構気になる(笑)
注文したのはラーメンと餃子の定食。出てきた餃子はかなりジャンボで、へたをしたら餃子とご飯だけで十分な晩飯になるかも知れない。。。ラーメンは薄味のおいら好みの味。臭みが無くてスープもうまい。A氏の酢豚もあっさりとしていて豚太郎とかで食べる酢豚とは当然大違いなのだ。

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そして六甲アイランドで仕事をしてきたC氏とCAP前で合流。神戸のアートNPOといえばCAPなのだが、一体どんなところかと思ったらかつてブラジルへの移民者が出航するまでの一時滞在用の施設跡を転用したもの。中にはいると大きなギャラリースペースと小さなインフォコーナーがあって、食堂跡を転用したと思しきカフェで数人の若い人がお話をしている。2階から上は作家のレジデンススペースみたいのになっていて、いくつかの部屋では実際に作家が滞在制作を行っていた。中にはずっと笛を吹いている人もいたりして、なんともいえぬ不思議なオーラ。ひとけは今日はあまりなくて、思ったより寂しい感じ。またイベントのある時とかにゆっくり来てみた方がいいのかも知れない。
ただ屋上からの神戸の風景はなかなか良かった。あまり神戸をこうした高さから見たことがないからかも知れないけれど、海に沿って街が細長く広がっているさまがよくわかる。そして、活断層的な地形も。
その後ブックカフェやアメリカの絵本古書専門店などをちょこちょことまわるうち、バス出発時刻まであと一時間を切ってしまう。そしたらなんか急に力が抜けてきたのか猛烈な眠気が襲ってきて、体に力が入らなくなってくる。というわけでややグロッキーになりながらも17時前、三宮駅前から高知行きバスに乗車。C氏、a氏、今回はホントにどうもありがとうです。またのご来高をお待ちしております。
高速バスの座席は一列目窓側1A。全体的に空いているんだけど、1Bになぜか運転手の一挙一動を厳しい・・・というか怖い目つきで見ているおじさんがすわっている。そして三宮を出てすぐ高速に入るところでバスが右折で出遅れると、運転席の後ろから「なんでいかへんねん」みたいなことをすごい小さな声で云う。運転手は「えっ?えっ?」となんだか焦っている様子。
それをみたおいら、こいつもしかしてちょっと危険系のバスマニアちゃうんかと思い出しはじめてしまう。どうやら荷物も少ないし、運転手にはなんかくだまいているし、目つきも怖いし・・・
それでなんだかずっとドキドキしている間にも寝てしまい、いつのまにか徳島入り。右を見ると相変わらずおじさんは前を凝視。そして料金所を通るたびに上から運転席を覗いてみたりする。こわいよこの人。
そうこうしているうちに上板SAヘ到着。運転手のアナウンスで「3分遅れているので休憩は7分で・・」みたいなことを告げるとこわい人は「何分おくれてんねん・・・」みたいなことを運転手に吐き捨てて?真っ先にバスを降りた。こえー。おいらダミだこういう人が隣におると。
まあそれでトイレに行って帰ってくると、なんだか運転手と話をしていたりする。運転手はなんか謝ったり申し訳なさそうにしたり。おいおいやっぱりなんか文句たれてるよ・・・とか思ってよく見てみると、さっきまで着ていなかった上着をこわい人が着用している。胸にはJR四国のロゴ。おい上司かよ!もしくは添乗教育かよ!てゆか日勤?
そんな風景。
まーでもあんまりお客の立場からするといい感じはせんですねこれは。JRの人ならそれを分かるようにして座っていて欲しいものです。運転手にボソボソと話しかける客がいたらちょっと怖いですもん。
やっと心の平静を取り戻したところで、行きしに半分まで読んでいたF氏の修士論文に再び没頭。詳しくは書かないけれど、かなり面白い!伝統って何?伝承って何?今回京都で考えたいろいろのことともどこかで結びつきながら見えてくる。
21時前、高知着。3泊4日の小旅行、やっとの終わりである。。。
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