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東京小旅2010-2011+関西

2010年から2011年にかけては、やったら東京へ行くばかりで、

あんまり旅らしい旅はしなかったのだった。

まあわかったのが、

商売人でもない限り、東京は年に1-2回行けば充分なのだということなのであった

(3回目は本当に行きたい所も用事もなくて、それが幸いして東北へ行けた)。

小旅総覧09-10の続きです

 


2010.11.4-6 オールライト工房3兄妹ご案内による東京活版巡り

初日は昼便で東京入り。渋谷の宿入りしてすぐに嫁は世田谷美術館などへ行き、おいらは三鷹の山田文具店などを訪問。夜は表参道で土佐和紙プロダクツの設置で相談中のお店など訪問。夜は妹真奈の放送作家で婚約者の四駆郎さんと初会食。
翌日は8月のイチハラヒロコ展で初めてお会いしたオールライト工房の高田3兄妹のご案内で、東京の活版関連のスポットを一日中ご案内いただいた。
江戸川橋の佐々木活字店では古い鋳造機からテープを読み込んで一気に文字を鋳造する大きな機械などを見学。それからどんどん地下鉄と徒歩を継ぎながら、親子で活版印刷機を回している清澄白河の東海印刷、銀座の中村活字、千駄木のPAPIER LABO、そして最後に鵜の木のオールライト工房を見学。かなり足の痛い一日だったけど、東京でもその灯がいつまで続くか分からない活版印刷を、どうやって次へつないでいくかを考えさせられる一日なのだった。
3日目は銀座のアンテナショップへ。地下一階の土佐和紙商品はいまひとつでため息。1階も四万十ドラマと馬路の物がやたらと目立つ格好で、それがかえって隣の沖縄と比べた時になんとなく高知県全体の商品力の弱さが引き立つ感じがして、これもまたため息。まあ始まったばかりで商品の数も少なかったりするのでなんともいえないけど、こういうお店って開店直後のイメージが結構重要な気もするだけに気がかりなのだった。
ちなみにアンテナショップにはウチもその後置いて貰うことになるが、売上げは芳しくはない。なかなかやっぱり物を売るというのは難しいのだ、ということを思い知らされることになる。理想と現実・・・

 

2011.3.7-9 東京ヒノキカグデビュー

東日本大震災直前の東京ひとり訪問。初日は東京ビッグサイトで行われる展示会に大正町森林組合が出展するので、その展示の手伝いへ出動。夜はスーベニアプロジェクトの小池田夫妻と初対面めし。TOSAWASHI PRODUCTSを軸に商品開発や販売計画を立てていこうというお話で、ついついいろいろ盛り上がって終電間際に。
2日目は目黒区美術館で「包む」展、庭園美術館で「20世紀のポスター」展、さらに飯田橋の印刷博物館、八重洲の雑貨店、蔵前の「カキモリ」へ。足はプルプル。夜は夏頃にイギリスに留学するべく準備中だという富士通のコンサル友達と根津で久しぶりに飲む。
3日目は渋谷。オンリーフリーペーパーを初訪問し、静かに話が盛り上がる。どうやって稼ぐかほんま課題ですな。ぜひ続けて欲しいだけに。。。それから久しぶりに渋谷中をウロウロしてみるも特に収穫はなく(この昼過ぎに東北で東日本大震災の前震)、午後は再びビッグサイトへ。
空港まではバス。その車中、こんなところで地震来たらいやだなあとか、この狭い街で地震来たらほんま危ないなあとか思っていたら、2日後にそれが本当のことになった。
この11日は、組合のメンバーも有明からでれなくなり、物産開発でたまにお手伝いさせてもらっているM君もちょうど東京入りしていて当日は東京脱出ができなくなったりした。

 

 

2011.5.7-10 東京・仙台

妹の結婚式。ライセンス司会のなか、やっぱりちょっと変わった結婚式なのであった。
ビデオメッセージはココリコなど吉本芸人が続々と登場。
こっちの仕事とは全く性格の違う仕事なんだなあと改めて思う。
2人が出会うきっかけとなったのは、よさこいで最近人気の「かなばる」でのこと。
従って、披露宴も二次会も、四駆郎氏がかなばるのダンスを激しく踊った。
どうも竹村家系統の結婚式では新郎が踊る羽目になるらしい(おいらもyummyと踊った)。

結婚式の翌日3日目ははじめての仙台へ。
牛タンを食べたいというのと、やはり一度は見ておきたいということと。
しかし今考えると、地震から2ヶ月後という結構早い時期で、よく余震に会わなかったものだと。
仙台の記事は「仙台小旅」「石巻・福島。」へ。
2011.7.17-19 関西強行軍

前日は四万十市で@sakanayamaさんと@shin9さんと飲み。
翌日から久しぶりの松山経由関西小旅。
嫁は芦屋の姉宅に先乗り。
おいらは松山でyummydanceの「ドロップス」を鑑賞してから、全速で芦屋に向かうも、途中姫路の少し手前でダウン。
昔ならもっと走れたはずなのに、3時少し前になるとやっぱりどうにもならない模様。
結局四万十〜松山の疲れも溜まってたらしくドップリSAで寝てしまい、芦屋に着いたのは昼過ぎ。
それから京都に入って「かねよ」で昼飯を取り、恵文社やガケ書房、裏具など毎度の訪問先を訪ねる。
ちなみに夜は寺町のスタンドと六曜社など。
祇園祭が終わった直後だったのだが、まだ囃子が新京極に出ていたりしてうれしい。
最終日は大阪で活版印刷に取り組む明晃印刷へ。
イケイケドンドンなまさに大阪商人で、東京で活版に取り組むメンバーとはまた違った迫力。
帰路は台風の嵐の中をいつ橋が止まるかヒヤヒヤしながら、明石鳴門経由で四国入り。
が、高松道に入ってしばらくすると嘘のように風も雨も止み、夕焼けが広がり出した。
なんでだ、おい。目の前に台風あんのに。

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小旅総覧09-10

旅好き。だけど最近は記録に滅法残さなくなってしまってることを悔やみ中。

なのでこの2年の間、どこへ行ったか備忘録。

今年はなぜか東京と京都がやたらと多い。

 

 

2010.7.23-25 松山~広島
松山でyummydanceの撮影、三津で美味しい丼を食べてからフェリーで広島へ移動し、夜は旧沢マンメンバーで広島飲み。翌日はあちょーの結婚式に出て、夜は小料亭。最終日は宮島へ。帰路、大豊~南国通行止で土佐町経由で帰宅

2010.6.22-24 東京~京都
夜行列車サンライズ瀬戸で東京入り。案の定興奮して寝付けない。
初日、東京ではTOSAWASHI PRODUCTSの営業。三鷹の山田文具店、吉祥寺のサブロ、高円寺の道具屋、目白のポポタムなど。久しぶりに吉祥寺のサンロードではよく見たら25年前とぜんぜん変わってない看板を発見。
夜は池袋で大宮在住の夫妻の結婚式関連ツールの打ち合わせ。翌日は京都へ移動しイチハラヒロコさんと京都駅で打ち合わせ、終了後徒歩で河原町まで移動し、六角のかねよで夕飯。


2010.5.7-9 東京~鎌倉~茅ヶ崎
初日は横浜の築地活字で「文字のできるまで」を見せてもらう。昼からは銀座や八重洲あたりをウロウロ。夜は有楽町で焼鳥、銀座のど真ん中で銭湯堪能。翌日は錦糸町での吉岡さとるさんの写真展を見てから、鎌倉へ移動。鶴岡八幡宮など。夕方には茅ヶ崎に移動し、祖父と嫁初対面。
最終日は祖母の墓参りへ。空港へ向かおうと駅に入ったらJRが全線ストップしていて難渋。戸塚までタクシーで移動したところでJRが再開し、なんとか出発に間に合う。




 2010.3.6-7 芦屋~京都

美術館の河村学芸員と現地集合でイチハラヒロコさんと打ち合わせ。
夜はMeetsでみつけた「よし田」というお惣菜屋さんで晩飯。めちゃうま。翌日は漬物屋さんや「裏具」、「かねよ」など。



2009.10.13-25 Paris,Mainz,Freiburg,Muenchen
日本制覇してから!と思ってたけどついに初海外。思いのほか面白すぎ、2年に1度はどっかへいきたいと夢見るようになる。

2009.9.12-13? 芦屋~大阪~神戸
11月からの使える和紙展に備え、道具や参考品探しに大阪へ。帰りに神戸のIKEAに寄り思いのほかコーフン。

2009.5.16-5.17 倉敷~松山
松山でのyummydanceの「耳打ちせずにいられないことが」観覧にいく前に、遠回りして倉敷へ。三宅商店でメシ。倉敷は表通りよりも裏通りがはるかにいいことを知る。結構マニアックな店も多くて面白い。夜は松山入りし観覧、その後の懇親会にも出席することになり泊まることに。mama!milk清水さんやトオヤマタケオさんら楽団員も見に来ていて、いろいろお話。めっちゃいい人や~。
翌日は松山城でのイベントへ。全体的に、こういうクラフトやアート、エコ系のイベントの質は高知が異常にハイレベルだということを改めて理解。

2009.5.1-5.4 島根~鳥取
おいらのもーひとつの田舎、島根への小旅。出雲大社、松江城、お堀巡り、島根県美など。子どもの頃いくつ食べられるかが夏休みの絵日記のサブテーマにもなってた「八雲庵」の割子蕎麦も10年ぶりくらいに賞味。夜は新天地というビルのてれすこという店などハシゴ。翌日は安来の旧宅跡と飯島の本家へ。商店街ではちょうどお祭りをやっていた。また、こども県展で特選を取った絵を描いた清水寺の五重塔にもたぶん20年以上ぶりに登る。
米子では最近観光地化しているらしい駄菓子屋さんや皆生温泉の浜辺などに立ち寄る。帰りの高速は渋滞。疲れたの
で湯原温泉でイップク。久しぶりに射的なぞも。



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大阪小旅3 「新世界→飛田新地」

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 空堀を後にして、お次は新世界アーツパーク。ここは建物の中をジェットコースターが走り回るテーマパークとして一時期評判?だった「フェスティバルゲート」の空きスペースにアート系のNPO(映像系ギャラリーのremo、ライブハウス?のBRIDGE、詩の資料室cocoroom、ダンス系シアターのArt Theater db、レコードショップspica recordなど)が事務所やギャラリーを構えているところ。ART NPO TACOができたらまた色々と実務とかで相談しにいきたいなとか勝手に思っているんだけど、今日はあくまで下見。活動状況をちょっとこの目でみておこうかと。。。

 それにしても、まずはフェスティバルゲートの無惨なことよ。確か10年位前に来たときは、ビルの中はほとんどテナントで埋めつくされ、お客さんで賑わっていたはずだけど、生き残っているテナントはほとんどない。あるのはARTNPO系の事務所ばかり。観覧車などのアトラクションもジェットコースター以外は全て運行停止になっているらしく、まるで生殺しの廃墟。とりあえず、この廃墟っぷりを見るだけでも結構面白いかも知れない。。。そして、お隣の世界の大温泉の賑わいっぷりとの落差も・・・アーツパークの方も、全国的に名の知れたdb以外は、思ったよりひっそり。雨降りの土曜日の夕方ちょっと前ということ、展示替えの期間らしい・・・といったこともあるのかも知れないけど、(世田谷や京都芸術センター、CAPのように)もう少し賑わっているのを想定していただけに、ちょっとがっくし。。。

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 なんかちょっとがっかりしたので、ひさしぶりに新世界へ。相変わらずの人・人・人。ここは若い人もバリバリの労働者も、みんなが等しく「街を楽しめる街」。12年前に来たときはひっそりしたもんだったスマートボールも大人気。相変わらず大昔の羽モノを置いたパチンコ屋さんの健在の模様。そしてジャンジャン横丁の将棋・囲碁場や、立ち飲み屋さん、串屋さんも健在。
 ・・・いいねえ。一人じゃなかったらもっと楽しむんだけどなあ。おいら、なんかこういうところで一人だとようお店に入れません。なんかつまらないというか。なんか感動を誰かと共有したいというか。。。一人では、感動や楽しみは共有できませんからな。うーむ残念。まあそれでも新世界が相変わらず「新世界」だったということになんだか変な一安心。またこなければ!

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 日もだいぶ暮れてきた。この時間帯に新世界までやってきて、日本最大の遊郭「飛田新地」を見物しない手はない。とりあえずお金もその気もないけど、飛田のその迫力と妖艶さをここまで来て体験しないわけにはいかないのだ。
 飛田新地は、ジャンジャン横丁を抜けてから西成のアーケード街に入り、だいたい歩いて10分くらいのところにある。正直、ここだけ雰囲気が違う。街を行き交うのは男ばかりで、その合間をどうみてもちょっと怖そうな車が行き交う。通りにはずらりと「旅館」が並び、その玄関にはいわゆる「やりてばばあ」とよばれる呼び込みのオバチャンが道行く人に「にいちゃん、にいちゃん、まあみてって! まあみて、かわいいよ!」と声をかける。そして、そのすぐ奥の玄関口には、明るい蛍光灯で美白効果か?というぐらいに照らし出された「女の子」が座っている。基本は下着に近いような服だけど、なかにはセーラー服を着ていたり、水着を着ていたり。そして、客と顔が合う度に決まって首を10度傾けてにこりと笑う。
 むー。なんとも色っぽい。てゆか、すごい。ここは平成の日本ですよ。安野モヨコの「さくらん」にある意味近い世界ですよ。顔見せで、客は気に入った女娼を買うと。そして、その女子を「品定め」して男子が玄関をあがっていくその様は、なんだか異常に生々しい。
 また、飛田を歩いていて面白かったのが、どの道も同じように旅館が並んでいて、自分がどこを歩いているのかわからなくなるということだった。とりあえず全部の通りは歩いてみようと思っていると、気が付けば何度も同じ店の前を歩いていることになる。まるで、入り込んだら抜けることのできない「迷宮」。
 30分くらい飛田を見物しまわったところで、今度は梅田へ一気に北上。バスの出発まであと3時間くらいあるので、この間に最大のお楽しみ・本屋巡り。・・・が、正直結構疲れていて、あまり動く気なし・・・讃岐うどん屋で酎ハイひっかけたり、駆け足でなんだかバブリーなハービスエントをぐるっと回ったり。
 てゆか、梅田でかすぎ・・・!
 21時45分、東梅田発の宿毛行バスに乗車。明日は朝5時に須崎に着くので早寝しよう!と思ったら、隣で「あゆ」を爆音で聞いてる大馬鹿者がいて、寝れない・・・・・!




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大阪小旅2 「空堀巡り」

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 結局K氏とは30分くらいのはずが2時間以上のお話に。もしこれでN氏がいたりしたらホントに終わらなかったかも知れない。。。まだまだ話はしたいぐらいだけど、仕事の邪魔をするわけにもいかぬ・・・ということでそろそろ退場。
 時は既に3時過ぎ。今度は事務所から少し東へ行ったところの空堀商店街へ。この商店街には、古い長屋を改築して新たに複合型の商店に仕立てた「練」「惣」「萌」があり、大阪でのリノベーションの本拠地みたいな感じになっているところだ。

 まずはじめに訪れたのが「」(写真左)。地下鉄の長堀鶴見緑地線からみると、駅を出てすぐ小さな坂をあがったところにある、まさに空堀商店街の入口にある。
 「練」には、それほど広くはない敷地内に14もの店舗が所狭しと入居している。ちょっと変わった和風の雑貨屋、カフェ、メガネ店、アンティークショップ、貸自転車店などなど。高松の北浜アリーをコンパクトにまとめたような感じで、狭い分北浜よりもさらに細かい建物のディティールや店舗間の空間構成、庭などの部分部分に目が行き届いている感じ。
 貸自転車店なんて、なかなか商売として成り立つのかどうかわからないなあと心配になるけど、この界隈は大阪城の「空堀」の跡にあたるところらしく坂がやたらと多かったり、「練」「惣」「萌」の間はそこそこの距離があるので、意外と利用者がいるらしい。この日は雨だったので利用できなかったが。
 うーん、それにしても高知でもこんな店ができたらどんなに面白いか。いつかやりたいな・・・時代は複合ですよ、複合。それも大きいのは必要ない。そしてやたらとカネをかけるもんでもない。TTTやPLATさんの入った東はりまや地区のビルとか、はりまやアルコとか、高知でも複合店舗は事例が出てきてるけど、こんな感じで建物の魅力をフル活用した事例は少ない。
 まあ高知の場合、「建物の魅力」がある建物が次々と壊されていますからな。そしてかわりに駐車場かマンションが建っていってる。たかだか30万人たらずの人口でバカバカマンションつくって一体誰が住むのかよくわからないけど。・・・そんなんだったら複合店舗つくらせてくれっちゅーねん(金はないけど)。
 さて、「練」からほんの少し南へ下がると、空堀商店街。まさに下町の商店街といった風情で、狭いアーケード内には八百屋に魚屋、喫茶に占い屋(!)、スーパー、本屋・・・がびっしりと続く。アーケード内で上町台地に上がるため、歩いていると結構な高低差も。吉祥寺、京都、安来、高知と様々な町で暮らしてきたけど、こういう「坂のあるアーケード」はいまだ体験したことがなくてなんだか不思議。いや、当たり前というか、全くもってなんてことのない風景なんですけどね。
 しばらく歩くと、お次は「(写真右)」。こちらは「練」にくらべると相当こぶりだが、長屋が坂に合わせて段になっているのがちょっとした特徴になっている。しかし、お店的にはちょっとおいら的には興味をそそられるものは特にない。ややマダム系?
 雨が強くなったり霧雨みたいになったりを繰り返す。おいら、もともとは出かけたら絶対ハレだったんだけど、最近はなんだか雨のことが多い。徐々に雨男化している・・・?なんてことを考えながら、最後の「萌」へ。

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 「萌」の隣には、中ぶりの真新しい公園が。マンションの山間のこんな公園で育つ子どもは、一体どんな大人になるのだろう。自分みたいな大人か?
 さて、「萌」には、ギャラリーの他天然酵母パンの店やマッサージ店、アンティーク雑貨店などなど。ただしなぜかあまり開いているお店が少なくて、お客さんもわずかに数名。こちらは他の2つに比べるとややエコ系の人向きか?
 さて、これらの3店舗、それぞれ似たようなコンセプトでつくられているが、意外にもどれもこれもがちょっとずつ違う雰囲気、客層を持っていた。それぞれの距離は徒歩10分圏内。そして、これらの店と店の間には銭湯の跡や長屋群など古い街並みが残り、生活の匂いのプンプン漂う商店街や意趣をこらした小さなお店がぽつぽつと点在する。まさかこんなのんびりとした場所が、心斎橋から歩いて15分そこそこの一角にあるとは。心斎橋やなんばのけたたましさが嘘のようだ。




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大阪小旅1 「考えること」

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 「けんちくの手帖」が終わったのが夜中の12時20分。そこから歩いて5分のカプセルホテル大東洋に直行し、長い一日も終了。ホントは天王寺の安宿に泊まりたかったのだが、もしやのこともあると思って近場にしておいて正解だった。もしこれが天王寺だったら、ちとだるすぎ。
 翌日は、大東洋を出てまっすぐ村上ファンドで大騒ぎ中の阪神百貨店の無印良品を目指す。

 その道すがら、旧阪急梅田駅のコンコースへ。大阪でも特にフォトジェニックで、ゴージャス大阪らしいステンドグラスや列柱のあった空間だけど、阪急百貨店の改築でまるごとなくなることになってしまった。写真は、その最後に残った部分。阪急百貨店も、中のパニック状況はともかく、心斎橋のそごうや難波の高島屋と共に風格ある建物の百貨店だっただけに、なくなってしまうのは寂しい限りだ。
日々雑記今日の阪急梅田コンコース
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 朝食は四つ橋線西梅田駅のマクドナルド。先々月あたりに「スーパーサイズミー」を見て以来、食べる気をなくしていたマクドだが、大阪で朝食を取るときはだいたいマクドか西梅田のスタバになってしまう。まあ今日はたくさん歩くし、別にカロリーあってもいいか・・・などと言い訳しつつ注文。
 その間も、まあ次から次へとサラリーマンみたいな人や学生みたいな人がハンバーガーを購入していく。食べる所は立ち食いコーナー。通路の片隅でバーガーを頬張りながら道行く人をしばらく注視。
 なんだかなー、やっぱり人が多い。梅田はいつきてもそうだけど、東西南北各方面から人が湧き出すようにやってきては縦横に消えていく。ちょっと怖くなるねこの感じは。。。

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 東梅田から地下鉄で3駅、四つ橋のカフェで昨日の会でもたくさんお話をしていたY氏、N氏と合流。彼らは堺市や家島で自発的なまちづくりプロジェクトに関わっていて、その話を聞いたり、成果の本を購入したり。ちなみにこの本、「高知遺産」でやらなかった「次への提案」や「街の哲学」を徹底的に追及した本で、あわせて5500円。貧乏タレのおいらには少々イタイが、これは買っておかない手はない。たぶんこれからも、「高知遺産」軸でお付き合い願うことになりそうなお二人である。まだまだたくさん話をしたいんだけど、今日は1時間程度。
 しかしこの本の制作プロセスを聞くと、とにかく「とことん突き詰める」ために、それはもうとことん議論と学習を重ねていることが印象的だった。それは、正直高知では考えられないくらい、深く、長い戦い。たったひとつの言葉の奥深さを知るために、あらゆる人物が語ってきた「言葉」を調べ上げてみたり、何度も何度もスタディーを重ねてはやり直してみたり。そして、嫌われてでも「いいもの」をつくろうという気概がリーダーにはあるし、スタッフも「嫌いだけど」参加しなくて誰がやる!くらいの気構えがある。
 この姿をみていて思ったのは、高知では、どのような場面においても「まず実行」ありきで、その手前にあるべき「調べる」「考える」ということが欠けていることが多いんじゃないかということだった。議論が敬遠されていたり、もしくは議論があまり深まっていない(ことが傍目にみていてわかるイベントや企画が多い・・・!)。
 このことは昨日の会でも話が出たんだけど、高知では旧い建物はどんどん壊されていっても全然OK!みたいな、「後ろを振り返らない」ある意味前向きな特性がある。そして、この特性は、考えるよりも先に行動することに価値がある、「先をとにかく見たいやりたい!」という前向きな特性と重なっていくように思える。とにかく前向き、「えいじゃか」「おもろいやか」だけで全てが進んでしまうこのおおらかさ。
 この特性は、かつて土佐の地から自由民権運動が生まれた一つの理由なのかも・・・とか思ったりするけど、あの時代は「話」を敬遠していたわけじゃないだろう。むしろ土佐の自由民権家は異常なほどの勉強家で、議論家だった。そうなると、今の高知の状況は・・・なんてことを思ってしまう。
 ま、行動しない土地よりははるかにマシ。行動力があるということそれ自体は現代高知の最大のいいところ。そこにもう少し議論が加われば、お互いもっと勉強するだろうし、もっと面白くなる・・・そんな気がする。
 
 その次は、長堀橋の設計事務所へ。こちらは、以前おいらが勤めていたランドスケープの事務所(六本木ヒルズのランドスケープを担当)から独立して生まれた会社で、5年目だけど一気に伸びている会社だ。前の事務所時代、おいらが手下となって働いていたN氏と、K氏が共同社長を務めている。
 かつての手下時代の話を書いておくと、おいらは当時N氏と建築のI氏とチームをつくって働いていた。担当業務は埼玉新都心のケヤキを120本以上植えた超モダンな「けやきひろば」の設計や西梅田のビルの谷間の設計などで、おいらはAutoCADを使っての図面いじりと、CANVASというIllustratorの廉価版みたいなソフトを使ってのプレゼン資料の作成をやっていた。
 今思えば、この両氏からは「見せる資料」をいかにつくるかということへの異常なこだわりを教わった。どうでもいい書類でもとにかく「かっこいい」とN氏がいうまで資料は作り直し。たぶん、ここでこういう仕事をしていなかったら、今のような公私の仕事にはつながっていないような気がする。
 なにはともあれ、長堀橋までトコトコ歩いて事務所を目指す。途中クリスタ長堀という地下街を歩く。ここはおいらがまだ心斎橋で働いていた時代に鳴り物入りでできた第三セクターなんだけど、当時からしょぼくて、最近はついに更生法だったかの適用を受けたとか。大阪はとにかく役人の天下り天国で、それゆえに経営感覚のない施設だらけになってしまったらしい。商売の都なのに、日本で一番商売がうまくいってないんだから、なんだか変な感じである。
 なにはともあれ事務所着。出迎えてくれたのはK氏。N氏は造園学会で不在、かつて同じ事務所で「バイト軍団」を形成したT氏も建築士の勉強で不在だったが、8年ぶりの再会である。K氏はランドスケープやインテリアの設計を中軸にしながら、甘えを許さないコンサルとしての筋を通した商店街の活性化に取り組んだり、大阪市の改革チームの座長を務めたり、その他も書ききれないほどのプロジェクトに取り組んでいる。なんだかとても幅広い活動。詳しい話は書かないけど、とにかく楽しみながら本気で仕事をしているなあと実感。。。
 それにしても、さっき会ったばかりのY氏やN氏もそうだけど、ランドスケープの視点から見ると、建築や土木からは見えない何かが見えてくる時があるような気がする。行政や住民の表と裏、都市や地域のアイデンティティなどなど・・・。「高知遺産」を評されるとき、よくおいらが地域計画の仕事をしていることもあって「都市計画とかコンサルの視点が生きている」といわれるんだけど、むしろ風景や景観を扱うランドスケープにおいらのデザインとか思想の原点があるのだとすれば、そっちの方が大きいのかも知れない。
 ただ、残念なのは、高知ではランドスケープの需要がそんなになかった、ということか(笑) はりまや橋公園を見たら誰でもわかるように、コンセプトなき要望だけが詰まったダメダメ公園が多いのが実情ですからね。また、あの公園が「いい」と思っている行政マンの多さときたらもう(絶望的)
(つづく)




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