瀬戸内芸術祭

昨日はいつもお世話になってるK印刷さんとタケムラ家で瀬戸内芸術祭へ。

正直そんなに期待していたわけではない(北川フラムが嫌いなもので)けど、
下馬評で良いと聞いていた女木島よりも男木島がかなり面白かった。
女木島は、よくも悪くもお芸術な感じで、なんか疲れた。
いちばん面白かったのは鬼が島の洞窟。
キッチュな鬼像が洞窟内のあちこちにいて、
むしろこっちのほーがあーとなんじゃねーかとすら。
小学校は建物のつくりは面白かったけど、作品がなんか疲れる。
少し考えさせられるというか。
きっと美術館をゆっくり何時間も見ることができる人にはお勧め。
おいらはルーブルですら1時間で出てしまうよーな人間なので、
ちょっと無理でした。
んで、男木島。こちらは島の構造からして、うれしいかんじ。
だいぶ前に行った沖の島と似た感じの島で、
船からすぐ前の急斜面に小さな集落が張り付く。
で、その集落内の家や路地にたくさんの作品がならぶ。
なかでも44の大岩オスカール、47の音の風景、52のうちわの骨の家
54の雨の路地、55の海と空と石垣の街は印象的だった。
たぶん女木島の作品群は、周辺環境と無関係な作品がどっちかとゆーと多くて、
男木島は環境に寄り添うような作品が多かったってのもあるんだと思うけど、
島のランドスケープや、路地を曲がる度に飛び込んでくる海の眺めとか
そういうのもまた男木島が良かったなーと思わせる大きな理由のような気がする。
直島はどーにも大混雑らしいけど、
いいと今日Twitterで聞いたのは、豊島。
2002年頃に産廃処理の視察みたいなので行ったことがあるけど、
もしいけたらいってみたいと思うのであった。

広島な夏。

もう一ヶ月くらい前になるけど、ほぼ10年ぶりに広島へ行った。
数年前まで同じ沢マンの屋根の下、暮らしていた友人元112号の結婚式。
高知からは大家さん一家のほか、タケムラ家(18号、17号)ほかsumica家(11号)、ukiki家などが参加。広島なのにちょっと高知くさい、結婚式なのだった。
112号は、7年くらいまえに沢マンにふらりとやってきた。

女子なのにめっぽう空手が強くて、当時沢マン住人が呼んだ肩書きは「あちょー」。
その後実際に広島から沢マンに移住してきて、ドMなおいらほか数人がよく「てごうて」は本気のケツキックをお見舞いされたりしていた。
だけどやさしい。
当時のログを見ると空手家なのにほんわか系で面白い、的な記述。いまもむかしも強くて弱くて、弱くて強い、なんかそんなフシギな人物なのだ。
当時の沢マン住人みんなの相談相手でもあり、その逆もまたしかり。沢マンを離れてからは特に定期連絡をしているわけではないけれど、それでもなんかいまもむかしも特別な人物のひとりなのだ。
とゆーわけで、おめでたう。
結婚式は昼すぎに終わったので、夕方から街に出直し。
もちろん広島焼。
さすがB級グルメの王様。うますぎ。
晩飯は笹木というお店へ。
広島の地酒をやりつつ小料理をいただく。
店員さんの心遣いがものすごく行き届いていて、
笑顔にいやされた。
また行きたいと思う店をみつけた、という感じ。

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沖の島小旅5 「10月に泳ぐ」

 前日の晩は、昼寝が効いたのか他のみんなよりも眠気の来襲が遅く、「もののけ姫」のアニメブックを完読。おもろいねーやっぱり。そして、乙事主は何を言っているのかわからんかったけど、こんなことを言いよったがやねーと一人感心。その後は11hが和ベッドに移動したことで2人分になった布団を思い切り占領して爆睡。

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 翌朝目覚めると、昨日の鯖が焼かれて出てきた。刺身もうまいが焼いてもうまい、感動の味。毎日こんなおいしいものが食べれたるなんて、やっぱり贅沢ですよ。いいなあ。

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沖の島小旅4 「島の闘い」

  もうなんか、この島にきて2、3日目のような錯覚を覚えているんですけど。
 眠りからさめれば、そこは戦場。
 いよいよ神輿を神社に上げる番。聞いていた時間よりもだいぶ遅く、5時30分のスタート。
 今度は朝と違い今度は若い人が多い。しかもなんか一人ひとり結構ごつい。なので今回は脇役だ。11wが後綱、17kとおいらが前綱。 ラッキーとか思っていたら、これが地獄でした、はい。

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沖の島小旅3 「島の昼寝」

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 くたくたの身のまま、帰宅。特に11wは心底疲れてしまったらしく、肩の痛みを訴えている。背が高いからね彼は。特に神輿が肩に食い込んだらしい。
 まあなにはともあれ午後はきまいと3人で弱音を吐く。
 その言葉だけが頼り。結局は都会育ちというか体力自慢ではないおいらどもにとって、下りですら大変だった神輿を担ぎ上げるなんてことはどう考えても不可能なことと感じられた。もはや、無謀というか。ましてや石段ですから。
 17家に着くと、祭りに誘ってくれたおじさんが来ていて、担いだかと聞く。しかし疲れきったおいらどもの顔を見て何かを察したらしく、
「午後もあげんといかんけん、絶対にいきよ」と強く云う。

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沖の島小旅2 「島の朝」

 イルカの群れから離れて数分。
 右舷には姫島(無人島)、左舷に沖の島がみえてくる。沖の島でまず見えてくる集落は母島(もしま)。江戸時代の土予国境紛争のあった時代には伊予領だったという集落だ(当時は母島/弘瀬間での婚姻も認められていなかったとか)。
 豊後水道のはじっこにあたるからか、このあたり、特に波がきつい。ゴツンゴツンと波を越えて行く。

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沖の島小旅1 「島への道」

 高知の西端、宿毛湾の沖合に浮かぶ孤島・沖の島(宿毛市)。この週末は、沢マンの17号(17hと17k)、11号夫妻(11hと11w)と共にこの沖の島へと小旅に行って参りやした。
 沖の島の中心集落弘瀬は、17kのお母さんのふるさとで、今回の小旅は弘瀬の荒倉神社の秋祭りで17k母、17k祖母が一時帰島するのにあわせてお邪魔しようというものです。
 もともと沖の島はすごい行きたいところでした。高知に戻ってきて約8年、県内で行ったことのない集落はあんまりないんではないかというくらいウロウロしてきたのですが、沖の島、鵜来島などの島だけはその中で完全に抜け落ちていたのです。まあこれは、沖の島に入るには朝夕2往復の船に乗るしかなくて、行くには前日に宿毛入りしておかないといけないというのが大きかったわけですが。。。

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