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パリ小旅[4日目]びくびく

一年遅れで旅日記を再開。やっぱドイツまで旅日記もたどり着きたい。いつになるかわからんけど。

さて旅も3日目。この3日で、ずいぶん荷物をためこんだ。なので朝一番で郵便局に出向き、日本へ荷物を諸々発送。無事届くのかよくわからんけど、届いてもらわないとヒジョーに困る。7kgの制限を超えないように、目の前で荷物を出し入れしたりしながら調整。嫁は郵便グッズを購入するべく窓口と奮闘。要は「なんでそんなもんがいるんだ?わからん」ということらしい。

さて、1日目は朝から晩まで自転車と徒歩で16キロ、2日目は朝から晩まで10キロを踏破。この夏ぐらいから急に体重増加の傾向にあるせいか、なんかだるい。それでも家訓は「旅はボロボロ」。行くしかない。というわけで今日もチャリを借りようと(パスポートは諦めて)再びBIKE TOURSへ向かうも、誰もいない。たぶん日中はツアーに出ているのでスタッフを置いていないんだろうと思うけど、残念。

まあしかたがないので、結局ホテルから歩いて1分のForum des Hallsにチャリ屋があることをいまさらながら旅本で発見し、同じ道を再び戻る・・・も、こちらも「冬期休業」の看板が。冬期ってまだ10月なんすけど。

もうこれはチャリを期待しても時間の無駄だってことで、メトロに乗り込んでモンマルトル方面へ向かう。メトロ乗車もかれこれ3日目、なんだ聞いていたより安心やんとか思いつつ、4号線からBarbes Rochecouartで乗り換え2号線へ。

が、どーもこの2号線はそれまで乗っていたラインとは雰囲気が違う。なんか、ちょっとだけ天王寺あたりのちょっとだけ不穏な空気感。これまでどこの路線でもいたアジア人の姿は消え、全体的に大きな黒人さん主体で、慣れない風景だけにちょっと怖い。しかも山手線並みにギューギューで身動きも取りづらいときてる。別に誰か周囲で悪企みをしてるようにも思わないけど、ちょっとこれまでと雰囲気が違いすぎて明らかに怖い。乗車していたのはたかだか3駅だけど、パリに来て以来ずっと前掛けにしてたカバンから手が離せない感じだった。

後から調べてみると、パリはこれまで訪ねて来た南~西よりも、北~東の方が治安が悪いらしく、所得格差もすごいらしい。確かに空港からLes Hallsに向かう間も北駅やその界隈を通過してきたんだけど、なんかちょっとだけ荒れた感じはしていた(ちなみに今晩から最後の2日は北駅周辺に泊まる)。なので、そのあたりを走るメトロはどれもちょっとアブないのだとか。

で、Blancheで降りたらそこはモンマルトルの麓だ。ちょっと上がるとアメリの舞台になったカフェがあるも超満員で、その他小さい道になんか結構鈴なりの人だかりが続く感じで、なんかだるい。鎌倉か清水坂あたりをウロウロしているとだるいのと同じで、下町的な店も多いけどそれ以上に土産モン屋が目立つ感じで、想像していたよりもあまり面白くない感じだ。なので、初めてまともに見たアールヌーボーなメトロの出入り口にもそれほど盛り上がらず、なんか今ひとつの気分のままサクレクール寺院のたもとのケーブルカーへ乗車。

ちなみにこのケーブルカーもメトロの回数券カルネを使うことができて便利だった。まあたった1-2分のために回数券一枚(1ユーロちょっと)ってのも勿体ないんだけど、いちいち小銭を用意したりするような手間が省けるのは動きやすいし使いやすい。高知とかでも参考になりそうな話だ。

ここまでは旅のあとまもなくに書いてたんだけど、ここで頓挫。ここからは2010年9月、すなわち旅から約1年での記憶になるので、パパーッと書くことにする。

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でまあなんとかサクレクール寺院に到着。寺院の前の階段では、やたら陽気な音楽が流れていて、しかもビートルズだったかなんだかを生演奏していて、ミョーにアメリカンな空間になっていた。まあそれはそれでいいんだけど、アメリorのだめな感じを期待しているだけに、ちょっと残念。しばし街を眺めて過ごす。

しかし地平線の向こうに山が見えないってのはやっぱりフシギ。街を超えると畑が延々と続いている感じで、この感覚はなんかないなあと思ったのだった。

寺院を下りるとまるで原宿の竹下通りのような感じ。ここでメトロの路線図の下敷きみたいのをゲット。一回クリシー通りまで出て、ブランシュの駅近くにある「三つ編みおばさん」の店を目指す。

が、朝から何度もきていた通り雨、ここにきて少し激しくなってきて、ビガール駅あたりに着いた頃には特に雨脚が強くなってきて、軒下で雨やどり。あたりを見回すとちょっとだけ歌舞伎町な感じで、ポルノショップや劇場っぽいのがあったりする。パリで一番のピンクタウンらしくて、なんか雑然猥雑としているんだけど、それでもまだ微妙にオシャレに見えるというのがなんか面白い。まあ夜とか来たら、たぶん娼婦とかいたりするんだろうけど。で、「三つ編みおばさんの店」へ。ここは日本人スタッフも在籍しているというチョコレートのお店で、嫁は大量のお土産をここでゲットした。なんつかほんまおばちゃんなんだけどキュート。日本のおばちゃんだったらちょっとムカとくるかもなあ。

さて、ブランシュ駅から再びメトロ。が、入ってくる電車の車内は、見るからになんかチョット治安悪そーな感じで、思わず躊躇する。朝のメトロもちょっと変な感じだったけど、明らかにここは悪い感じ。スリも多い路線だというので、こりゃ危ないということで2本パス。

もし3本目も変だったらタクシーかバスで移動することも考えようと思ってたら、3本目は普通だったので乗車し、2号線→13号線→サンラザール乗換→14号線でシャトレ駅まで移動。14号線はエラい飛ばすなーと思ってWikiで調べてみたら、ほとんどの路線が100年の歴史を持つメトロの中で唯一最近できた路線だとゆー。なので道路の下を走るわけでもなく、ガンガン地下を飛ばして走ることができるのだ。車内もかっこいいけど、イマイチ撮影するのは危険な感じでぼーっと車内を眺めて過ごす。この間1時間、珍しく一切写真も撮っていない。で、気を取り直してポンピデューのあたりの商店街をウロウロする。ここらへんは昨日の夜もうろついてたのでだいぶ地理観が付いてきて、また少しは度胸も付いてきて、カフェでサンドイッチを食べ、書店で本を何冊も買い込み、おもちゃ屋さんで変なサイコロとかを買ったりして一気に荷物を増やす。実は今晩からホテルを変えるので、ここらへんをウロウロするのも最後っぽいので一気に歯止めがなくなってしまった感じだ。

新しいホテルは北駅の近くのALANEというホテルで、タクシーで移動。最初の3日を過ごしたPRINCE HOTEL FORUMに比べると新しくて、またちょっとだけ広い。フロントの女性はこれまた美人で、英語もフランス語もよくわからずモゴモゴしてると大笑いしたりしはじめたり。

で、早速周辺探索へ。

・・・・が、これがホントに怖かった。特に何も考えず、駅の南にあるパサージュ・デュ・デジールを見たくて今朝乗車した4号線の真上にあたる大通りを歩いて行くと、明らかにこれまでとは違う雰囲気。

なんか、全体的に黒人街。白人もこれまで散々目立っていたアジア人もほとんど見当たらず、やたらと黒人が多い。あちこち窓ガラスも割れ、あちこちでまるで怒っているかのよーに携帯で電話をしている人がおり、美容室を覗けば店内に黒人がひしめきあい、なんかある意味初めてまともに「異国に来た」と感じさせられる街並が続くのだ。でもとにかく引き返すわけにもいかず(結局また怖い思いをするだけだし)、パサージュも見えてきたので強行突入。ここはインド系の雰囲気が強いパサージュなんだけど、引き続きなんか強烈。日当りも悪い感じで、なんかちょっとお店に入るにはせめて英語が堪能でないと怒られそうな感じ。とにかく嫁も明らかにひきつった顔をしているので、早足で抜ける。

まだまだちょっと怖い感じは続いていて、ちょっと天王寺の裏道的な感じ。さっきよりはだいぶましとはいえ、引き続きカメラなんて撮れるはずもなく、もーとにかく一回宿に戻ろう腹も減ったし!ということで北上。

途中モノプリもあったので買い物をするも、これまたこれまでのモノプリとはぜんぜん違う感じで、お惣菜とかもなんかちょっと日本人には難しそうなものばかり並んでる。結局ハムとかだけ買ってレジに並ぶも、レジの人がこれまたムスっとしていて、早口で「○▼!」とかいうもんだからビビってしまう。

とゆうわけで宿に戻り、結局嫁はここでダウン。それでおいらは夜の再探索へ。駅周辺は別に危険な香りがするエリアもなく(ただし一本ずれると危ない感じのところもチラホラ)、また書店とか時間潰しができる店があるわけでもなく、1時間くらい散策して結局戻り、ハム食って寝た。

これまでに3日間は特に怖い思いもしてなかったけど、今日はなんか違う1日だった。ミョーに危険、ミョーに怖い。せめて英語はしゃべれるようになろうよ。そう思わせられる一日だったのだ。

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パリ小旅[3日目]チュンチュン


今日は美術館めぐり。が、いちおーART NPOの理事を務めながら、実は正直それほどパリの美術館巡りにゃ興味が無かったりする。

たとえば誰かと一緒に美術館に行ったりすると、おいらはとにかくパーッと見てしまう。一点一点の前で立ち止まるだなんて、よほど好きな作家でないかぎりほとんどない。ましてやルーブルやオルセーなんていう規模になってしまうと、それはもう地獄とでもいうべきものだとすら思っていた。なにより、本屋でお腹が緩むように、美術館を歩いていると足のどっかの小骨がパキパキと鳴りだす。それが気になって仕方が無い。

まーでも「パリ行きました」「ほんとー!ルーブルは行った?」だなんてもし聞かれて「行ってません」だなんて言うと、まず誰もが顔をしかめるだろうから行っておく、というわけで。

・・・が、まーやっぱり行って良かった。だいたいヨーダイがタケムラは多いので、注意が必要なのだ。



 さて、ホテルで出発時に2日間有効のミュージアムパスをゲット。これがあればまー大抵のミュージアムは入り放題なのだ。あー、また自転車じゃないけど、なんでこの程度のことが高知でできんかなあ。文化財団系列だけででも、こういうわかりやすいことやったらえいのにとイラつく。一応四国のミュージアム88カードラリーみたいのもやってるけど、名前を聞いただけで既にちょっとわかりにくい。ホームページもこれまたわかりにくいし。

そう、こういうのはただ単に「ミュージアムパス」でいいのだ。システム系は簡単明解であることが何より重要ですよ。分かりにくい構造を表に出しちゃ絶対誰も使わない。まあこれまた高知はそういう意味で「分かりにくい」ことが多いわけですけど。

で、奥様の足の調子が悪いので、chatlet駅からメトロでLouvre Ruvoli駅へ。ちなみにこのLouvre駅、内装がなんか他の駅とは明らかに異なる美術館調だ。もちろん全部レプリカにしても、こういうのはなんか気分が盛り上がることは盛り上がるねえ。結構破損してたりするのはおいといて。 

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で、ルーブル美術館へ突入。なんか機関銃持った軍隊が3人くらい歩いていたり、犬を連れて散歩している爺さんがいたり、のどかなんだか恐ろしいんだかよくわからん。機関銃とか、日本じゃまずみないもんね。もしここで突然おいらが奇声を上げてなんか変なビンでも片手に走り出したら蜂の巣になることもできるのだと思うと、それはそれで不思議。まあたぶんその前に取り押さえられて首をグイッと掴まれてなんか訳のわからん言葉で怒られるのがオチなんだろうけど。 
それにしてもまあでかいこと。ルーブルの中庭に県立美術館の建物を丸めたら全部入ってしまうんじゃないのというぐらいにでかい。ここにあちこちからかき集めた美術品があんのか。でもそのわりになんかセキュリティ甘いよーな気も。窓ガラスいっぱいあるし、パリンと割ったら彫刻一個くらい取れるんじゃないかと。 
日本で美術館というと、まず窓がない。自然光で見せる美術館が異常に少ない。品川の原美術館や丸亀の猪熊ぐらいしか、でっかいところでは自然光を見たことがないような気がする。それゆえ、このあけっぴろげ感はなんか不思議だ。 

 
で、簡単なセキュリティチェックを済ませて、いよいよ館内へ。朝一番だというのにもー結構たくさんのヒトがウロウロしていて、この段階で少しめんどい。が、そんなこと言ってたら怒られちゃうので、何カ国版あんのよっていうくらいたくさんの言語が揃えられたマップの中から日本語版を探しだして、まずはほぼ一目散にミロのヴィーナスへ。 

 
いやー、しかしやっぱりきれいね。写真撮ってもまるでどっかの素材集のようにキレイに撮れます。自然光だから、ますますきれいに見えます。ついつい鉛筆と画板を持ってデッサンしたくなるような感じです。 
てか、美術館内写真OK、っていうのもうれしい。日本だとカメラ持ってるだけで係員が付いて来たりすることあるもんねえ(一回震災で崩壊する前の兵庫県立美術館で誰かがフラッシュをたいて、まるで犯人のようにおこられたトラウマがある)。 

美術館は静寂であるもの。厳かであるもの。 

おいらが美術館に長期滞在しないのは、そういうルールが原因なのかも知れない。そういえば、大学の卒業制作は美術館を遊園地化する「amuseum」というタイトルの作品だった。原則撮影OKで遊べて触れる作品ばかりを揃えた美術館と、映像や演劇、映画など様々なアート活動のための制作・公開の仕組みを揃えた超バブリーなミュージアムという計画で、敷地はかるぽーとから土佐橋までの西側一帯。建物にも一切平行なところがなく、ほとんどの建物を地中に埋めて上は公園にしちゃうという希有壮大なスケールだったのだが、当然それは全く実現することなく15年の月日が流れてしまっている。 

 
ルーブルには、もう一個見たいのがあった。その名も、サモトラケのニケ。これは美大受験をしたヒトなら誰でも知ってるであろう、一番でっかい石膏像になってる像。なんかまたこの像が階段を上がったところにあって、見せ方が超憎い。そこに高い天窓から自然光が降りて来て神々しいったらありゃしない。 
その前後にも様々な像がいろいろ。東京の予備校で一年間みっちり描き続けた石膏像の原型もあちこちにいて、なんか久しぶりの再会のような懐かしい気持ちにもなる。中には、お前は滝川クリステルかみたいなかわいいきれいな像もあったりして。 
 
で、信じれないくらい早くルーブルを退出し、小さな凱旋門の近くのPAULというパン屋さんでいくつかパンをゲットしてお昼にする。こういう小さなお店のレジはだいたいが黒人さんが多いんだけど、昨日や一昨日のスーパーでもまごついてるとちょっとムッとした顔を正直に見せてくれるので泣きたくなる。特にここの店員さんはかなりイラレで、最終的には後ろにいたフランス人の子(たぶん中学生???)にフランス語を英訳してもらってなんとかクロワッサンやタルトを購入した。で、すぐ近くのベンチでメシ。 
基本的にパリの鳩はふてぶてしい。なんか太ってるし、とにかく数が多いこと夥しい。そのことは、昨日のチャリでも十分に分かっていた。 
だけど、雀までふてぶてしいとは知らなかった。そして、もはや手乗りしてきそうなくらい近くに寄って来る雀も初めて見た。パンを食べてると、次から次へと寄って来る。ひどい奴になると地面に落ちたパンとかじゃなく、手に持ってるパン本体に狙いを定めて飛びかかって来る奴までいる。そして、振り払ってものかない。最後は机の上に雀が10羽近く、机の下に鳩が30羽近く集合して大変なことになった。 

 
気を取り直して、また歩く。のだめが孫ルイに付き合わされたとき、ボートが流れてパンツ丸見せで池ポチャしたチュイルリー公園。フランス式の公園つか庭園てやつで、超グリッドな感じで木々が並ぶ。木々の間の通路を歩けば、めまぐるしく、だけど整然と風景が流れる。手入れも行き届いていて、ゆったりと歩けるのがうれしい。 
 
街のど真ん中にこういう舗装もされていないでっかい森があると、自然とヒトは集まってくる。高知城や丸の内緑地、そして当然中央公園が高知ではこのかわりになっていて、夕方になると結構たくさんのヒトが歩いているけど、もう少しランドスケープの観点から緑地の整理や休憩ポイントの整備、サインの整備を行なえば(なんでもかんでも龍馬のロゴつけたりせずに)、長い目でみてもっと愛される場所になるなあと常々思うんだけど、残念ながらそういう感じにはいまのところなっていない。 
そして、公園から南へいくと、オルセーにつながるレオポール・セダール・サンゴール橋へ至る。ここはかつて90年代に京都市長が先斗町と祇園を結ぶ橋を架けたいとか言いだして、その見本にした橋だった(と思う)。で、猛烈な大反対を受けて頓挫。いくらパリ市と姉妹都市だからといって、パリのシンボル的な橋を京都のどまんなかにもってくんのはどーかしてる。当時は京都ホテルや京都駅の建て替えで景観論争たけなわの時代で、この論争の中で唯一立ち上がることのなかったプロジェクトだ。 
まあでもやっぱりつくらなくて良かったかも。床材は全部たぶんイペという木材を使っているんだけど、それが鉄骨に置かれているだけでなんか怖い。日本、それも京都のようなところだったら数年で全部腐ってしまいそうだ。作るはいいでも管理が面倒。そんな橋におそらくなっていたに違いない。 
で、この橋のたもとでは、老人がトランペットを吹いていた。絵になる。 

で、この橋のたもとの河畔では、老人が犬を散歩させていた。絵になる。 

いちいち絵になる。外人だからかね? 

 
オルセー。ここは出発前に誰もかれもからお薦めされた、曰く「日本人好きする美術館」。確かに入ってる作家もセザンヌにゴッホ、ゴーギャンにミレーなどなど、日本の美術教科書に出て来る西洋画家のオンパレードだ。サイズも手頃だし、込み具合もルーブルより少しましかも知れない。 
が、やっぱり教科書でさんざんみた画家の本物を見ても、スイマセン、別にあまり感動せんのですよ・・・まあこんだけの名画をホントに触れる距離でみれるというのは超シアワセなはずなんだけど、なんだけど、なんだけど・・・結局、ココで一番漉きだったのはCuno Amiet とかいう画家の絵。原研哉の無印良品シリーズとも相通ずる構図で、なんか惹かれる。色も好き。 

 
再びオルセーを信じられないくらい早い時間で退出して、出てすぐのタバコ屋で飲み物をゲット。ここの冷蔵庫、木造でかわいい。おじさんは無愛想だけど。 
しばし休憩(この段階で2人とも足がかなり厳しいことになってる)してから、RERでChamp de Mars Tour Eiffel駅へ移動。メトロと違い、2階建ての列車で、車幅も広い。こちら側のRERは、北に向かうRERと違って高級住宅地方面行きだからか、なんか乗ってても安心感があるのは気のせいか。 

駅を上がると、日仏会館みたいのがあってそこにちょっと立ち寄ってみる。結構厳しいセキュリティチェックがあるけど、黒人の警備員がなんか優しくてニコニコしてるので安心。 
で、たったそれだけの笑顔でホクホクしつつ、エッフェル塔へ向かっていると、向こうから中近東系の身なりをした女性がなんかほにゃほにゃ言いながら近づいて来る。で、この英文を読めと。 
読んでみると、なんかどっかのアフリカの国かなんかで難民がいるのでそれを助けるために募金せいみたいなことが書いてあって、募金してくれ募金してくれ募金してくれ募金してくれ募金してくれ募金してくれ募金してくれと手を差し出して来る。 
ここで気弱で優しいおいらはついつい1ユーロ渡してしまう。奥様はこういう行為に対してきちんと怪しむので「やめちょきや、こんなくでこんなヒト、おかしいやろ」とか言ってるけど、優しいおいらは「まあ1ユーロくらい・・・それににげれんやろ、めんどいし」とかいうて渡してしまう。 
だけどやっぱりおかしいわいなあとか思いつつ、エッフェル塔の下あたりまでくると、似たようなのがゴロゴロ。途端に腹が立つ。1ユーロ返せ。 
この旅では、この後もポンピドゥーのあたりでも引っかかりかけ、ICE
で北駅を出る直前でも列車内で引っかかりかけそうになるなど、なぜかおいらばかりが標的にされ続け、ひっかかり続けた。モンマルトルのミサンガ売りは見事な身のこなしでミサンガ装着を免れたけど、パリ初心者はホニャホニャ女に要注意だ。 

で、エッフェル塔は登ろうかと思いある列にならんでみたんだけど、窓口で聞いてみるとこれは徒歩で登る人向けの窓口だとゆー。で、エレベーターで行くならあっちじゃと言うからそっちをみたら、まあビッグサンダーマウンテン並みの大行列。当然2秒で諦めて、対岸の広場へと向かった。 
しばし雨。対岸の広場は、のだめ実写版で上野樹里がヤキグリ食べてたりする名シーンの場所。でもやっぱテレビと実際の印象って、なんか結構違うんですな・・・ 

まあそれにしてもなんとまあでかい塔なんでしょうか。 
こんなんを100年以上前に作ったってのはスゴいですな。基礎とか見てたらなんか石積みっぽかったりするから耐震性とかどうなんよという感じだけど、それが決して変に色あせることなく今にあるってのがすごい。 
 

さて、ここから再びOPERAへ。天蓋がものすごいことになってるデパートGALERIES LAGAYETへ。これデパートすかとツッコミが必ず必要な美しさ。 
まあパリのデパートはあちこち天蓋があるんだけど、わしら程度の身分つか経済力ならここがオススメ。だけどこの天蓋をゆっくりと見渡せるような場所はほとんど皆無なので要注意だ。ここの文具コーナーでは、イロイロ資材を買い込む。日本と違い、商品の管理もなんか甘くて、パッケージが結構ビリビリ行ってたりするのが多い。 
 
で、表に出ると目の前にユニクロが。オペラの真ん前にユニクロ。なんかやっちゃいけねえことやってる感じだけど、これがまた凄まじいヒトだかりで、次から次へと人が吸い込まれて行く。 
で、 
ユニ
クロ

の新しいロゴ、なんかおいらは余り好きじゃなかったんだけど、こうしてパリで見るととっても目立つ。ものすごく記号的で異国的で、なんかアトムのよーな科学的な感じまでしてくる。店内に入ってみると「JAPAN TECHNOLOGY FROM JAPAN TOKYO」などと書いてある電飾があちこちに走っていて、パリの街中で超猛烈な違和感を放ってなんか変なワクワク感を催させる。ちなみにレジは30分待ちか1時間待ちか、というぐらいの長蛇で、ヒートテックを買っておこうかと思ったけどこれまた2秒で諦めた。 
んで、ユニクロから少し歩いたところにある雑貨屋さんペリゴへ。ここは生活雑貨がイロイロ揃ったお店で、奥様が行ってみたいという。 
入ってみると、すぐに一人の店員さんがニコニコしながら近づいて来る。「Japonais?」 
んだ、と応えると、これまたかわいい笑顔でニホンダイスキと。んで、自分の眉をさして「MAYU」としゃべりだす。う~ん、かわいい。 
この子、お客さんで日本の人がきたら、ちょっとずつ日本語を教えてもらっているらしくて、うちらはTSUMEとかFUKURAHAGIとか、ちょっとマニアックなところを20分くらいにわたって教えてみる。そして、数字とかも14くらいまでサラーと言えたりして、まあとにかくすごい。 
そしてその一方、フランス語はおろか英語すら超カタコトな我々は何をしているのだろうかとちょっと残念な気持ちになる。そう、せめて英語くらいもう少し勉強しておけば良かった。たぶん、もっともっとお話できるのに。 
 
再びOPERAの正面へ。まあここがやっぱり一番パリっぽいですな。車がめちゃくちゃになって走っているのってアジアの風景だと思ってたけど、パリも凄まじい。あちこちでクラクション鳴りまくりで、あちこちでなんでぶつからんの?という距離ですれ違う。どの車も別にピカピカに磨かれてたりなんかしなくて、むしろボロボロ。傷の付いたベンツなんて初めて見ましたよ。 

 
そして夜。ホテルで一服の後、ポンピドゥーセンターへ。ミュージアム系ではここが一番行きたかったところで、大学時代以来の夢ひとつよーやく叶ったりだ。 
んで、建物の外に付いたチューブエスカレータを登って行くと、エッフェル塔が遠く向こうに見える。街全体が黄色い光で、これはもうなんだかとっても暖かい。東京の夜空は白いけど、ここは赤い。街の景観って言う意味じゃ、やっぱりこれはパリに圧倒的軍配があがるねえ。ひとこと、きれいだもん。 
ちなみに写真を拡大したらわかるけど、この時のエッフェル塔はただのライトアップじゃなくて塔全体がキラキラ光っていた。毎正時になると5分だけこうなるらしいんだけど、間近でみたらどんな感じなんだろうか。そら遊びすぎだろーっていう感じがしますけんど。 
ポンピドゥーの中は、デュシャンをはじめもーそれはそれは現代美術の見本市。展示室の配置も面白くて、次の部屋はなにがあるの?と期待をさせてくれる。なんか小さいギャラリーが連なっているような感じといった方がいいかも知れない。9時頃

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パリ小旅[2日目]チャリチャリ


まだ夜明け前の6時過ぎ、目が覚める。日が出るのは8時前だから、まだまだ暗い。しかし朝は朝。向かいのアパルトマンではおばさんがボーッと外を見ながらタバコを一服していたり、なんかよくわからん店が早くもシャッターを開けていたり。

というわけで、9時前には宿を出発。今日はレンタサイクルを借りて一日じゅうパリを走り回って土地勘を得る。メトロやバスでいきなり右も左も分からずに動くよりも、体で覚えた方がよっぽど早い。ましてや、パリ滞在はわずかに4日。ふだんの旅よりもさらに効率的に、さらに幅広く、さらにねっとりと動き回りたい。

世界に冠たる観光都市でもあるパリでは、2007年から市がレンタサイクルVélibを運営している。市内1500カ所以上にサイクルポートを設置し、2万台以上のチャリンコを24時間いつでも借りることができる恐るべしサービスだ。しかもこのVelibのスタートにあわせて自転車専用レーンの整備やセーヌ河岸道路の日曜日開放など、交通政策全体も改めているから、なかなかスピード感がある。

日本でこういうことをしようと思ったら、多分国交省に県警、県庁、市役所がそれぞれいろんなことを言いだして、絶対に前に進まない。いちど高知でベロタクシーができないかどうか思って問い合わせてみたときも、条例が云々とか、県警が許さない可能性高しとかで、3分で面倒になって諦めた。ましてや高知だと「公共交通政策」が皆無なので、やろうと思ったら100年はかかるだろう。利便性の最低条件でもあるバス路線のナンバリング程度でもできないわけですからねえ。

でも、帯屋街の東と西にこういうサイクルポートがあったら、結構便利だろうねえ。観光客にとってももちろんだけど、車やバス、電車とかで街まで出て、東から西へ買い物に歩く。またそのまま帰って来るのは面倒だから、チャリで戻ると。そのチャリは鏡川大橋の下に置いてるチャリとかを使って、サイクルポートの管理は高知女子大のエスコーターズに委託。それで片方のポートが空になったら移してもらうとかしたら、それはそれで面白い。

まあパリでやってるからといってVelibを日本でやる必要はないわけだけど、単純にこういう政策は分かりやすいので感心する。

高知でもエスコーターズVelibみたいなことをうまく電車やバス繋げば、その利用率アップにもつながるんではないか???(パークアンドライドは車⇆電車だけじゃない)。
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が、このVelib、ICチップ付きのクレジットカードじゃないと借りれないのが残念なところ。うちらは一枚もそんな最先端カードを持ってないので、あえなく断念して市役所の近くのレンタサイクル屋「BIKE ABOUT TOURS」からチャリを借りることにした。 
バイクレンタル料は一日15ユーロ。だいたい2000円ですな。ただちょっとビックリしたのがパスポートとの引き換えだったこと。超陽気なスタッフに「This cycle is my life,passport is your life」みたいな感じで言われて、ついついフツーに信用して渡してしまったが、あとで奥さんに「気軽に渡すような代物ではない」と小言されるハメになる。まあここのレンタサイクルのお客さんはみんなそうしてるんだろうから問題はないんだろうけど、そういうのが気にならない人でVelibを使えない人にはこのお店、オススメです。 

 

されどやっぱりチャリは気持ちがいい。右側通行で路面を走らないといかんのも「慣れないと危険」とか聞いてたけど、あちこちに当然チャリ走らせている人がいるのでそれほど怖くない。でもホントにスレスレで車が走って行くときがあるので、事故になった大変そうだ。 
さて、今回のチャリは「パリを知る」がテーマ。まずはマレ地区のピカソ美術館へ。ここはmietteの奈々ちゃん他多くの友達がオススメしてくれたミュージアム。 
・・・が、館の前まで到達すると固く閉ざされた門の前に、なんだか小さな人だかり。まさか・・・と思っていると、2012年くらいまで改装工事で閉館なんだと。。。ただでさえパスポート預ける事件で凹み気味のところにさらに一押しだ。 
上の写真は二人の会話もなく西へと進む路地で撮った写真。 

 

まあでも気にしていてもしゃーないので、なくなったら大使館に駆け込むことにして、サイクリングを続行。途中なぜか「愛」の字の刻まれた歩行者ボタンがあったり、ちょいとした商店街があったりしてるうちに回復し、とにかくペダルを漕ぎ続ける。やがていつの間にかオペラに着き、サントトリニテ教会を経てマドレーヌ、コンコルド広場へ。全く前知識なしで来た街なので、地図はいつでも出せるように右にも左にも突っ込んで、学習学習。 
 
そこからさらにセーヌを渡り、河畔をしばらく走ってオルセーの裏道へ。ここらへんもなんか清水坂のような「I♥PARIS」みたいなTシャツ屋があったり、超洒落た本屋さんがあったり、大学や寺院があったりと面白いスポットが点在している。 
 

んで、ここらへんでやっとお昼だ。再びマレに戻って、パッと入れそうな店に入ると中国人の店。エビチリとか餃子とか適当に選んで食べるがなかなかウマい。ちなみに注文は「This! one!」でなんとかなる(なんとかしてくれる)。 
んで、店先の公園で一服していると、老人がこっちに近寄って来る。どーもそこらへんで拾ったタバコに火をくれという感じ。火をつけたげると、そのあとも振り返ってはニコニコしながら去っていった。 
ここらへんから、ようやく少しずつフランス語慣れしてくる。とりあえずBonjourとMerci、Pardonを使えばなんとかなるということ。とりあえず片言の英語でもなんとかなるということ。そして、Japonais?と聞かれたらウィと応えること。そしたらパリ人たちは日本人慣れしてるから「コンニチワ」とか「モシモシ」とかいうてくれること。 
まあそれでもコミュニケーションが見事成立してるわけではないのでいかんけど、とりあえず昨日着いた空港での両替失敗、空港からホテルまでのタクシーでの見事な静寂と緊張、そんな失敗はもうしない。 
マレでは、ところどころにある雑貨屋さんやオリジナルのファイルや文具をいろいろ置いてるPapier+
、その向かいの小さな文具店Melodies Graphiquesなどをウロウロ。Melody…では一時店内が日本人だらけになってしまい、変な空気に。んで、買い物をする日本人カップルを見ていると、お勘定をしてありがとうというべきところで「Bonjour」と間違え、すぐに「あ!」と気づくも「Merci」と応えて訳のわからんことになっていた(その後の2日間で自分も何度もコレを連発。身に付いていない言葉はこれだから困る)。 
ちなみにこの日に走った経路は青のライン。そこそこ走って4時にチャリを返却。一回ホテルに戻って夜にはメトロに挑戦である。 

より大きな地図で PARIS CYCLE を表示 
 

ちなみにこの日に走った経路は青のライン。そこそこ走って4時にチャリを返却。一回ホテルに戻って夜にはメトロに挑戦である。メトロにしてもバスにしても、ヨーロッパの仕組みは日本に比べてなんかおおらかだ。区間毎の料金制ではなくゾーン毎の料金制でわかりやすい。改札もオール自動改札で、出口駅でも自動改札は通るけど回収はない。不正しようと思ったらなんとでもなりそうな仕組みだ。 
が、そんなメトロに乗る前に障壁がひとつ。変な棒をコロコロ転がして選択する自販機になんか慣れなくて10分ばかり悪戦苦闘、買いたいのは10枚つづりの回数券であるCarnet(カルネ)なんだけど、どこをどうやればそうなるのかがいまいちつかみにくい。しかも空港のロワッシーと同じで小銭しか使えんし! まあそれでもやっぱりどうにかなるんですな。ある瞬間にああこれかい!と理解できたら話は早い、あっさりと買えました。 
んで、自動改札を通過する客の様子を観察したうえで、いよいよメトロ突入。1900年頃にほぼ全線が開通したというだけあって、とにかく何もかもレトロだ。天井も低く、照明も決して明るくはない。車両も小振りで長堀鶴見緑地線のようなサイズだ。 
そして決定的に日本と違うのは、駅名板に次駅表示が無く、コンコースのサインにも路線番号と終着駅しか表示されていないということだ。つまり、高知駅に行っても「1番線高松/2番線窪川」としか書いてないようなもので、途中の後免に行きたくてもそれが高松方面だということを知らないと辿り着けないわけだ。 
んで、行き先はオペラ駅。とりあえず今日昼も行ってるし、夜のオペラも見ておきたい。ただそれだけ。 
でも、オペラに着いたら欲が出る。エッフェル塔や特に行く予定にしていない凱旋門もちょっとは見ておこうということでコンコルド駅へ向かい、そこからシャンゼリゼ通りをとことこと歩く。 
だけど、シャンゼリゼ通りって全線なんかスゴいブランド通りなんかと思ったら、東半分は公園の中を通る道なんですな。そんなことも調べずに降りたので、果てしなく長い公園の中を抜ける道をひたすら凱旋門に向かって歩くハメに。ほいたら途中雑誌ELLEの歴代表紙を道沿いに並べたところもあったりして(いいネタのタネもあったのでここでは写真出さない)、20分くらいでなんかそれらしい区域に到着。 
もうクタクタ。さらにここで奥様が足を挫いたので、メトロで至急ホテルへと戻って今日の旅路はおしまいおしまい、である。 

タケムラ家家訓「旅はボロボロ」 指数 70 

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パリ小旅[1日目]永い永い


なんせ13時間は永い。たぶん手足はガクガク、アタマの中は煙でイッパイになってしまいそうだ。
そんなことを考えて、一応ニコレットのガムも買っておいた。それから、空港で一気に三本まとめ吸いして、ニコチン濃度をこれでもかという位にあげておいた。あとは、もうできるだけ考えない。ただひたすら、機内のゲームや映画に集中しよう。タバコ吸いたいなんて決して思わないように、タバコのことをムクムクと考えだしたらどーか外でも眺めてスッキリしよう。
おいらにとって、海外旅行の最大の弊害にすらなっていたタバコ禁煙問題。正直12時間とか13時間とか、そんな永い永い時間を耐えられるよーな自信はなかったのだ。海外渡航済喫煙者に聞けば意外とすんなり耐えられるという「ウマい話」もなんか信じれないし。


が、意外とすんなり耐えられた。むしろ座席の余りの窮屈さの方にアタマが行って、座席モニタの地図やゲーム、そしてもちろん機内食にアタマが行って、行きはニコレットを一回噛んだだけで済んだ。なんか3000円近く出してニコレット買ったのがバカみたいである。
 
それはそーと、飛行ルートが映し出されるモニタは実に興奮する。ロシア上空ではシベリア辺りが少し見えただけで後はずーっと曇り。晴れだしたのはヘルシンキのちょっと手前あたりだったんだけど、日本とは全然ちがった様相の陸地がみえるたび、ホントに海外ってあるんだねえ~となんか思ってしまう。
特にドイツ上空に入ってからは、ダラダラずーっと緩やかな丘地形がひろがる。少しの谷間に小さな集落があり、そんな集落がパラパラと点在。たまに大きな街があると、そこから放射状に道路や鉄道がのびて、シナプスのように小さな集落やまた次の街を結んでどこまでも広がってゆく。その間に広がる田園や森も、桁違いに広い。
日本は小さい国とかよくいわれるけど、面積でいうたら欧州の主要各国よりもでかい。だけどその8割近くは険しい山。だから人口密度でも世界有数ということになる。都市部がマンションだらけになっているのも頷けるし、東京や大阪がそれこそどこまでも広がる摩天楼のようになっているのも仕方が無い。
で、ヨーロッパ。飛んでみたら国境どこよっていう感じだし、街はなんかゴチャゴチャしてるけどその間の距離感が途轍も無い。どっちがいいとかいうんじゃなくて、なんかこら感覚が違うわいなあと思う。
さて、そんなこんなで13時間、ようやくパリへ到着したのが午後5時前。成田を出たのが11時だったから、まだ6時間しか経ってないことになる。iPhoneの機内モードを解除して画面を見ると、日本時間で深夜の1時過ぎ。今頃もーみんな寝てるんかと思ったら、なんか不思議だ。


着いたのはシャルル・ドゴール空港第一ターミナル。大学時代、「パリ空港の人々」という映画でその近未来なチューブ型エスカレーターに惹かれたことがあったターミナルだ。入国手続を済ませてとりあえず他のジャポネが向かう方向に付いていくと、この近未来チューブがあらわれた。
が、全然近未来じゃねえ。なんか止まってるし、なんかボロいし(しかも微妙に坂である)。空港っていうたら羽田とか関空とか、きれいなのが当たり前になってたけど、とりあえず全体的にボロいし小さい。拡張前の羽田や関空開港前の伊丹のような感じだ。

そして、荷物受取場での荷物の出てきかたも荒々しい。出て来るとこのすぐ側で待っていたら、スーツケースが他の荷物にググーッと挟まれて、ポンッと跳ねてコンベアの外に飛び出すわ、たぶんスーツケースに結びつけていたのであろうスカーフが取れて、それがコンベアのゴムの隙間にスッと吸い込まれていくわ、どっかのアニメのよーなシーンが続く。
で、ようやく手続一式を終え、まずは一服。ニコレットが残っているのか、フラフラっとくる。でも、よう13時間も頑張ったと言いながら、2本吸う。

ところで、ここのターミナルビルは丸い。丸いからなんか迷いやすい。直線だと位置関係が把握できるけど、丸いと視野の広がりがないから、その分自分の位置を見失う感じがある。ターミナルとしてはちょっと失敗なんかなあとも思うけど、その一方円周上をバスやタクシーの道路がグルグルと取り囲んでいるので、出口とバス乗り場との間が異常に短いという点は利点だ。ドゴールのarrivalゲートとバス乗り場の距離感ときたら、高知空港のarrivalゲートからバス乗り場までとほぼ同じような距離感だ。成田や羽田でアホみたいに歩かされることを思うと、かなり便利。
が、やっぱ暗い。なんか新宿というよりも上野あたりのボロいターミナルに来てるみたいな感じで、とにかく暗い。
ここからパリ市内までは、オペラまで直行するロワッシーバスがいいと聞いていたので、乗り場へと行ってみる。が、カードは使えずユーロも小銭オンリー。両替所に行っても多分「小銭に変えるのあかん」的なことをホニャホニャと言われて終わり(理解度10%程度)。嗚呼これからの10日間をどうやって生きて行くのだろうと一瞬不安にかられざるを得ない。 
まあそれでもなんとかなるもので、ロワッシーは早々に諦めてタクシーで移動。パリをぐるりと囲む高速を越えてからは半端ではない渋滞に巻き込まれる。北駅を越えてさらに旧市街地エリアに入って行くと、渋滞に加えそれぞれなんか自由に走る車の荒波に揉まれるように、それでも速度はある程度出しながら走って行く。 
ホテルに着いたのは結局空港から1時間半くらいしてから。車を降りれば、まさに初めてのおパリ。廻りも見事外人ばかり。ああ、ここではうちらが外人だ。そんなどーでもいいことにも少し感心しつつ、日本人が経営しているというポンピドゥーセンターの近くの小さなホテルへようやく到着する。 
が、あいにくこの日は日本人は不在。当然まごまごしてるうちらをみて、スタッフが「Can you speak English?」と。こっちはあいにく英語も忘れてるので「a little」と情けない笑顔と共にプリーズ。いろいろと説明を受けるも約30%の理解度だ。 

 

タケムラ家の家訓は「旅はボロボロ」。旅をするならボロ雑巾のようになるまで歩く。6年くらい前には大阪を歩きすぎて両足の筋が切れたこともある。その旨を奥様に改めて伝え、日本時間でいえば4時前だというのに近隣散策へ。ポンピドゥーは歩いて5分、セーヌ川へもそっから歩いて5分。1時間くらいだらっと歩いて、近くの店でなんとかサンドイッチ(といっても温かい、ハムとかベーコンとかをパンで挟んで焼いたもの)を買い、ようやく永い永い一日目が終わったのであった。 

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