まだ二十代も初めの頃、はじめて私が入院した時の同室人は、背中一杯の刺青をいれた極道さんと看護学生に恋した韓国人留学生だった。
隣のベッドは極道だったのだが、それを知ったのは入院翌日の朝、着替えの際に刺青がまるッと見えたからだ。それで思いっきり動揺した私をみて「すみませんね、みっともないもんをお見せして。でも大丈夫やから」とドスの効いた声で詫びをいれてきてくれた。ああやはり任侠を行く人は礼儀が正しいとか思いつつ夜を迎えると寝言は絶叫スタイルの「殺すぞおおお!」。現役バリバリのヤクザを感じた途端、もしこんな京都は東山のほとりで抗争なんぞに巻き込まれたらどうしようなんていう心配が頭をよぎって眠れなくなった。
喫煙室ではよく一緒になり、病院のすぐ近くにある美術大学をまだ出たてで大阪の会社で働いていること、数日後に内視鏡検査が控えていることを伝えると、(内視鏡は)若い君みたいな子には大変かもしれんけどまあ頑張りや、それよりタバコ一本くれやなんていう励ましと恐喝を同時にお見舞いしてくれたりもした。
結局一週間もしないうちに彼は点滴を外して姿を消し、それっきりその部屋には戻っては来なかったのだが、極道の人とこうも濃密に話す機会なんてそうそうあるわけでもなく、今思えば刺青痛くないのかとかどこの組の人なのかとか、指あるのかとか根掘り葉掘りを聞いておけば良かったと些かの後悔を今に残しているのである。
韓国人留学生は京大生でしかも博士課程だった。しかしその割に日本語がそれほど得意なわけでもなく、私も韓国語がわかるわけもなく、そもそも彼とこちらの間には極道のベッドが彼の失踪後もしばらく残されていたので会話を交わすような機会もなく、やがて彼がひと足先に病院を出る日が明日に迫ってきた。
彼が何の病でそこにいたのかは定かではないが、その日も彼担当の看護学生がやってきてカーテンがシュッと締められ清拭が始まると、ボク明日退院です‥もっとあなたと会いたい‥あなたどうですか会いましょうきっとまた‥などと少々圧強めの愛の告白がスタートし、私は本を読んでるどころではなくなり気配をすっと消してカーテン越しのトークに耳をそばだてた。
しかし、看護学生は慣れたことなのかなんなのかはわかる由もないが、ハイハイまた会えたらええですねなんて感じでしれっといなし、とっとと清拭を終えてパタンと扉を閉めて出て行ってしまった。もう詳しくは覚えていないが、残された留学生は「切ないものですね」なんてことを私に向けてなのか独り言なのかつぶやき深く溜息をついた。翌日朝、彼は退院するのだがそこに看護学生が来ることはなく、彼女は来てないのですか?とベテランの看護師に聞く彼のその後ろ姿はあまりにも寂しいものだった。
その病院はキリスト系の病院で、鄙びた病棟から少し離れたところにある礼拝堂を覗けば讃美歌が聞こえてきた。ホスピスもあったから、ある深夜に病棟がずいぶん騒々しいなと思ったら翌朝喫煙室の横の通路から泣き伏す家族と共に老婆と思しき亡骸が運び出されてもいった。だいたい今思えば病院になんで喫煙所があるんだなんてことも思うがそれがまだまだ世間に雑多を残していた90年代らしいところかも知れない。

そしていま2025年の今日、私は病室にいる。京都以来のことだからほぼ30年ぶりだ。入院理由は口内炎が猛烈にひどくなっり食事もままならなくなったという自分でも信じられない理由(ちなみに30年前はたぶんO157)なのだが、実際信じられないくらい痛いので入院させてくれてマジありがとうというやつである。
小さな窓の向こうには鄙びた病棟と東山の松の木の影だけが映り、ひゅうひゅうと隙間風が入る鉄のサッシが小さな地震でも驚くほどの轟音を響かせていた京都の病院とはまるで違い、この病棟の窓辺からは遠くまで街が見え、そこに行き交う人や車の流れ、ショッピングセンターに次々と吸い込まれてゆく人の波をいつまでも見ていることができる。口がこんなだからいけないけどレストランやパンが美味しいというカフェもあるんだそうだ。
同室人は、脳梗塞などの後遺症が残り、言語や足腰に多少の不自由があるという、父親世代のおじいさんたちだ。あるおじいさんは本格的なリハビリ前で言語も動作も覚束ないが、もともと職人さんらしく早く仕事に復帰したい、だからリハビリ頑張らないといかん‥不明瞭な言語ながらも唸っているのがわかった。もうひとりのおじいさんは世話をしてくれる看護師さんや薬剤師さんにいつでもありがとねと言って感謝をし、毎日のように奥さんや大阪にいるらしい息子家族にほぼ丸聞こえの電話をし、最後は同じようにありがとねと感謝を告げて会話を終えるのが常だった。
この病室には、京都の時のような物語はない。ただ私はヒイヒイいいながらお粥を口にし高熱にうなされながら、これからの毎日を普通に逞しく生きていくための準備をこなすおじいさんたちの姿を見ただけの5日間だった。
だけど、なんだかほっこりとしている。
口の中にはまだ巨大な口内炎が残っているけど、なんとか治りそうな気配がついてきたことから、まもなく退院する。
(2025.9.29)